第85話 ジェットコースターに乗りました
空中ブランコの椅子は天井から細い糸でぶら下がっていて、人が乗っただけでも落ちそうです。天井を回転させて、遠心力で椅子が斜めになるタイプのものですね。
命綱という名のシートベルトはあるみたいですが。
「私は怖いから見学してるわ」
メイはラジカの袖を握りますが。
「アタシも乗りたいけど」
ラジカもこんなことを言い出したので、私はどうしようかまおーちゃんに相談します。
「どーする、ここで結界は使ってもいいんだっけ?」
「それは遊園地の運営も想定外だろう、2人ずつに分かれて乗るか」
「はいはーい!ウチが姉さんと一緒に乗るなの!」
私とまおーちゃんが2人で話しているところに、またハギスが割って入ります。
「一緒にといっても、1人椅子だぞ?並んで座れないぞ」
「姉さんと一緒に乗ることに意味があるなの!」
「うーっ、ハギスちゃんはゴーカートに乗れなかったのにいじわるー!」
「姉さんはウチだけのものなの!」
私とハギスがまた火花を散らせます。
「貴様ら、うるさい。妾はラジカと一緒に乗る、貴様らは一緒に乗っておれ」
「まおーちゃん、ひどいよー!私を選んで!」
「ウチを選びやがれなの!」
私とハギスが焦ってまおーちゃんにお願いしますが通らず、先にまおーちゃんとラジカが乗ります。ラジカのカメレオンが、ぴょんと私の肩に乗ります。映像を収録して、後で写真として印刷するらしいです。カメラマン役ですね。
まおーちゃんとラジカが戻ってきて、私とハギスの番になりました。椅子に座って、スタッフに命綱をつけてもらって、ひもを掴みます。私は万が一のことがあっても浮遊の魔法があるので全然余裕です。
「お前は精々おしっこをちびらないよう頑張れなの!」
後ろからハギスの煽り声が聞こえます。
「はいはい、頑張るよ」
そうして、くるくる回りました。怖いとかそういうのの前に、回転が速すぎてジェットコースターに乗ったような気分でした。すごいです、これ目が回ります。景色がくるくる変わります。
「さて」
ブランコも楽しかったです。戻りましょう。私が椅子から下りる時、後ろから騒がしい声が聞こえてきます。
「さわるななの!倒れるなの!うわわ、倒れるなの!」
椅子から降りたハギスが目をくるくる回して、近くにいるスタッフに体を支えられています。
「だ、大丈夫?」
「だ、大丈夫なの!ウチはこんなことでお前には負けないなの!さっさと手を離しやがれなの」
そう言ってスタッフの手から離れますが、「うわわっ!?」と悲鳴をあげながら体がふらふらっと‥‥ドーンと透明な壁にぶつかります。
「‥大丈夫?」
「お前の手は借りないなの、ふにゃ、にゃにゃ!?」
結局、私の浮遊の魔法で運んであげました。ベンチで休憩です。
「ジェットコースターがあるのだが、この様子だとハギスには無理だな」
まおーちゃんがパンフレットを見ながら、隣りに座っている私に言います。
「うん、そーだね。お姉様も怖いのは苦手だから、私とまおーちゃんとラジカの3人かな。でも3人が一度に乗るとお姉様が頼れる相手がいないから、これも2回に分けて乗ったほうがいいかな」
「だが、これは人気のアトラクションで待ち時間も長いと聞いたぞ。列に並ばないメイに誰かが付き添って、その付き添いもこれに乗りたいと言うと‥‥行列待ちを2回食らうことになり、待ち時間は倍になるだろう」
私とまおーちゃんはお互いの顔を見合わせます。
「‥やるか、貴様」
「うん、こーするしかないかな」
私とまおーちゃんの息が合いました。
こうしてジェットコースターの行列のところまで来ると、やはり長い行列ができていました。
「えっ、あたしもこれに並ぶの?嫌なんだけど」
「大丈夫です、乗る直前で何とかしてあげます、お姉様」
「そう、それならいいけど‥‥」
そう言って無理やりメイを自分たちと一緒に行列に並ばせて、自分たちの番が来る直前で。
「え、なにこれ!?」
メイにアイマスクと耳栓をつけてあげます。これで怖くないでしょう。
メイは何がなんだかわからないうちにラジカに連れられて、スタッフに椅子に座らされます。
「え、この椅子って何?待って、体が縛られてるんだけど、これ、ほんと何、待って、待って、待って!?」
「ごめんね、こーするしかなかったんです。我慢してください」
ラジカの隣りに座ったメイに、私は前の席から声をかけます。まおーちゃんは私の隣りに座っています。
「い、いやああああああ!!!!!!!」
アイマスクと耳栓でもさすがに恐怖心は拭えなかったらしく、メイは走るジェットコースターの中で、誰にも負けない大きな悲鳴を上げます。
ちなみにメイは今までジェットコースターに乗ったことなかったかもしれません。つまり初めてです。
「ああああああああああ!!!!!」
もはや断末魔になったそれをBGMにして、私たちはジェットコースターを楽しみました。
後で思うと私たちは外道だったのかもしれません。
「姉さんと楽しんでずるいなの!」
ジェットコースターも終わってアトラクションの出口へ行くと、1人待機していたハギスにどやされます。
「お前ごときに姉さんの隣は100年早いなの。姉さんの隣には誰が座ったなの‥‥お前が座ったなの!?ダメなの!ダメなの!」
ハギスは、私がまおーちゃんの隣に座ったと知ると、私の腹をぽこぽこ殴ってきます。
「だいじょーぶだよ、ハギスちゃん。私はまおーちゃんを独り占めしないよ」
そうやって、ハギスの頭をなでてあげます。ハギスが喜んで顔を上げます。
「ほ‥本当なの!?」
「うん。私とまおーちゃんが結婚したら、3人で住もうね!」
「結婚しちゃダメなの!うわあああん!!」
ハギスがまた殴ってきます。痛いです。
そんな私の頭を、メイが後ろからぼかりと勢いよく殴ってきます。ハギスより痛いです。
「痛いです、何するんですかお姉様!」
「これ、お返しね」
メイはそう言うと、「ふん!」と顔をぷいっとそらします。本気で怒っているようです。
「ごめんなさい、お姉様‥‥」
「分かったら二度とやらないでね?」
「はい‥‥」
ウィスタリア王国で目上の人は敬うよう教育されてきたので、お姉様には頭が上がりません。
「そろそろ昼にするか」
「あ、ほんとだね、もうこんな時間」
まおーちゃんの言う通り、時計はすでに13時を回っていました。
「どっかレストランにでも行こうか」
「そうだな」
私がパンフレットを広げると、まおーちゃんが私の隣に寄ってきます。そして、私とまおーちゃんはさっきと同じように2人でベンチへ‥‥。
「させないなの!」
「うわっ!?」
私とまおーちゃんの間から、ハギスがにゅっと顔を出します。
「何なのお前!さっきから隙を見て姉さんと2人仲良くパンフレットを見てるなの!ウチの姉さんを横取りするななの!」
「え、だってまおーちゃんは私の婚約相手だよ、ねーまおーちゃん?」
「‥貴様も貴様だ、勝手に既成事実を作るな」
まおーちゃんは呆れて、私からパンフレットを取って見ます。まおーちゃんは、パンフレットを指差して私に示します。
「色々な食事場所があるが、初心者にはこのレストランがおすすめだ」




