第82話 魔王と遊園地に行きました(1)
私たちが魔王城に来る前まで、ハギスは毎日まおーちゃんと2人で食事をとっていました。ハギスはまおーちゃんの弟の長女で、姪にあたります。まおーちゃんの弟・ハクが亡くなったため、まだ結婚していないまおーちゃんにとってハギスは第一王位継承者にあたります。
そういった事情もあってまおーちゃんはハギスを大切にしていました。ハギスもまおーちゃんのことが好きで、毎日まおーちゃんと一緒に食事できたり、休みの日にもまおーちゃんと一緒に(お忍びで)出かけられることに喜びを感じていました。
ですが私たちが魔王城に来てからは、まおーちゃんは私たちを食事に招待するようになり、ハギスは自分の影が薄くなっているのではと焦りを募らせていました。実際、まおーちゃんと私たち、まおーちゃんとハギスという組み合わせで話をすることはあるのですが、ハギスが私たちと話すようなことは以前決闘を仕掛けた時以外はあまりなく、食事の時の口数も減ってきて、自分は食事の輪から取り残されているのではと思うようになっていました。
そして、休日の朝の食卓での会話がこれです。
「今日は休日だが、貴様らは何か予定があるか?」
そうまおーちゃんが言うと、私は「はいはーい!」と手を挙げて
「まおーちゃんとデートします!」
「妾は承知しておらぬぞ?」
まおーちゃんが冷静に突っ込むので私は「ぷーぷー」と言いながら、サラダのレタスを口に入れます。
「‥とはいえ、貴様らもこの町は初めてだろう。行ってみるがいい、妾が案内してやろう」
まおーちゃんのその発言を聞くやいなや、ハギスはがたんと席を立って、ぱんぱんテーブルを叩きます。
「やだなのー!姉さんはウチだけのものなのー!外国人はさっさとこの場を立ち去りやがれなの!」
そうやって叫び喚くものですからさすがのまおーちゃんも口をつぐみます。ハギスは私たちを指差します。
「大体、お前らがここに来るまでは姉さんはウチだけの姉さんだったなの!お前ら、どうしてウチと姉さんのプライベートに土足であがってくるの?なの!ウチはお前らが嫌いなの!」
「えーっ、この前勝負したと思うけど‥」
「それはお前が姉さんと結婚するかどうかの勝負なの。それとこれは別なの。お前ら、さっさと立ち去りやがれなの。ウチと姉さん2人だけの時間を返せなの!」
ハギスが散々喚くのを聞いてまおーちゃんも事情が理解できたらしく、ハギスに声をかけます。
「‥今日の王都観光にはハギスも来い。どうだ、遊園地にでも行くか?」
「わーい、やったなの!姉さんと遊園地なの!」
遊園地が大好きらしく、ハギスはころっと態度を変えて万歳しますが、再び私たちに一言。
「お前らはウチと姉さんのファミリーラブラブイチャイチャを指をくわえて見ていやがれなの。家族の仲は誰にも邪魔できないなの!」
「はぁ‥‥」
まおーちゃんは、やれやれとため息をつきます。
というわけで、なんだかんだ、私たちはまおーちゃんとハギスと一緒に遊園地へ行くことになりました。
◆ ◆ ◆
遊園地までは距離があります。まおーちゃんは衆目を集めないよう、深緑のフードローブに身を包みます。一見すると怪しい人ですが、町を警備する人たちはあらかじめ事情を知っているから大丈夫らしいです。
この世界にもバスというものがあるらしく、私たちはバスターミナルまでの道を歩いています。あっ、私は浮いています。
「姉さんはすごいなの。じんせー?ぜんせー?って言うのかな、立派な政治をしてこの国のみんなから好かれているなの。お前らとは違うなの」
ハギスが腰に手を当てて、いばりながら私たちに言いふらします。
「‥なんかさっきから、ハギスが敵意むき出しで怖いんだけど‥‥」
メイが言うのを、ラジカは背中をなでて「大丈夫」と言ってやります。
まおーちゃんがハギスに話しかけます。
「ハギス」
「どうしたなの、姉さん?」
「今日はこやつらと仲良くしろ」
「あいつらは姉さんに集く悪い虫なの。ウチが払ってやるなの」
まおーちゃんは立ち止まります。フードで顔を隠しているので表情は見えませんが、声のトーンからしておそらく怒っているのでしょう。
「‥仲良くなることを最初から拒絶するな。そんな態度だと、誰とも仲良くなれぬ。貴様は王族だろう?将来は様々な国の重鎮と国益のために関わらなければいけない身分だ。相手は選べぬ。これはその練習だと思え」
「う〜〜っ‥」
ハギスはなおも不満そうに、まおーちゃんを睨みます。
「‥‥こやつらと仲良くしないと、1週間おやつ抜きだ」
「そんなー!それはひどいなの!お前ら、ウチと仲良くしやがれなの!」
そうやってハギスは一転して、腕をぶんぶん振りながら私たちに命令します。
「はは、かわいいね」
私は思わず、くすっと笑ってしまいます。
「悪い子ではない。仲良くしてくれ」
まおーちゃんはフードを小さく持ち上げて、かすかな笑みをたたえた顔を私に見せます。
◆ ◆ ◆
樽に入った、そのままでも食べられるよう調理された肉の山。それが自分の父と言われた日から、ハギスは連日部屋にこもって泣き続けていました。最初の数ヶ月は食事も運ばれてきましたし、使用人たちとも話すことはできました。
しかし日がたつにつれ、父がいない事実を少しずつ認識していったのか、完全に部屋に引きこもって1人でいるようになりました。部屋のドアにも、魔法で鍵をかけます。家臣たちは無理やりドアを開けようとしますが、ハギスの王族としての強い魔力には誰もかないません。
ハギスは死ぬつもりでいました。食事も運ばれず、やせ細って今にも死にそうなハギスの部屋のドアをまおーちゃんはぶち破りました。
まおーちゃんは、痩せこけてほぼ骨だけになったハギスの体をぎゅっと抱き、頭をなでます。
「貴様は妾が守ってやる。大丈夫だ、妾はどこにも行かない」
その日からハギスはまおーちゃんを姉さんと呼んで慕うようになり、食事にも風呂にもついていきました。まおーちゃんはすっかり、ハギスにとって大切な人になっていました。
◆ ◆ ◆
「姉さんは誰にも渡さないなの。でも姉さんが言うから仕方なくお前らと仲良くしてやるなの。感謝しやがれなの」
バスの一番うしろの長椅子で、ハギスはぎゅっとまおーちゃんの手を握って、隣りにいる私たちに宣言します。
バスといってもさすがにガソリンではなく、魔法や馬の力で走っています。運転手が2人いて、1人が魔法で、1人が馬でバスを操っているのです。そのためなのか、車両は私の前世のバスの半分くらいの大きさで、乗れる人数も半分です。でも運賃は政府がある程度を補償しているらしく、私の前世のバスの価格感とあまり変わりません。
「まあまあ、そんなこと言わないで、私たちはハギスちゃんと仲良くなりたいな、ねえ2人とも?」
私はちらっと、さらに隣に座っているメイとラジカを見ます。
「あたしは‥あたしは怖い魔族は無理かも‥」
メイは、私に抱きついてもダメだと判断したのか、ラジカの腕を片手で握ります。
「アタシは別にいーけど」
ラジカまでそんなことを言ったので、メイはラジカの腕から手を離して、一人頭を抱えます。
「あたしは魔族が怖いの。あたし以外の2人は仲良くしてよね、それとあたしを守って」
「分かりました、お姉様。ねーねー、ハギスちゃんの好きな食べ物って何?」
私は気さくにハギスに話しかけます。メイがこんな様子で、ラジカも元々人見知りなので、実質的に私とハギス2人だけの会話になっていました。
「くさやなの」
「うわっ、しぶい!?」
「毎日おやつに食べてるなの。おいしくて好きなの」
「え、えーっと、それは私ちょっとついていけないかな‥‥おもちゃとか、よくする遊びとかあるの?」
「盆栽いじりなの」
「しぶいよ!!!ていうか盆栽ってこの世界にもあるんだ」
ハギスが普通に受け答えをしているのを見て一番奥のまおーちゃんは安心したのか、窓の外を見て景色を眺めます。まおーちゃんと直接話せないのはちょっと寂しいけど、でも楽しいならいいか。




