第81話 魔王に八つ当たりされました
なんだか最近、まおーちゃんの様子が変わってきた気がします。
毎朝まおーちゃんと一緒に食事する前にとりあえず抱きつくのですが、はじめは私の体に電気を流すなりして抵抗していたまおーちゃんが、今では攻撃してこないようになりました。さすがに「離れろ」とは怒鳴られるのですが。ちなみにこの話をメイにしたところ、「普通に対応に疲れたか慣れただけじゃないの?」と言われました。
夕食で同じ大皿から食事を取ろうとして、まおーちゃんと箸がぶつかったことがあります。「ご、ごめんね」と私は謝ったのですが、まおーちゃんは「う、うむ‥」と、なぜか嬉しそうな顔をしています。メイには「気のせいじゃないの?」と言われました。
魔王城に来てからの私とまおーちゃんの接点は食事の時くらいしかなかったのですが、最近は夜寝る時にまおーちゃんが私たちの部屋のドアをノックしてこそっと開けて「おやすみ‥」と言ってくるようになりました。これにはさすがのメイも「あの魔王がわざわざこの部屋まで来るなんてありえないことよ、私たち、魔王に目をつけられたの!?怖いわ‥‥」と言っていました。
そしてこれは今日の夕食が終わった直後、私が忘れ物に気づいて慌てて食事室に戻ったときです。私がドアを勢いよく開けると、まおーちゃんがぴくっと全身を使って激しく反応していました。
まおーちゃんは、椅子に座っていました。お誕生日席ではなく、私の座っていた椅子に。
「な、何をしにきた!?」
まおーちゃんが慌てて椅子から立ち上がります。あまりの勢いに、椅子が後ろへ倒れます。それを見た私は。
「どーして慌ててるの?忘れ物を取りに来ただけだけど」
「あ、ああ‥これのことか?も、持っていけ‥‥」
まおーちゃんは、私の席のテーブル上に置きっぱなしだった緑色のハンカチを投げてよこします。
「あっ、ありがとう?」
なんだかその場に微妙な空気が流れます。気まずい感じがします。
私は何事もなかったように食事室を出て自分の部屋へ戻って、お風呂に行って戻ってから、ペットの中に潜り込みます。いつもは宙に浮いてふわふわしながら寝るところでしたが、今日は自分1人きりになりたい気分だったので布団の中に身を隠します。私の顔は真っ赤です。
(ま、まおーちゃんが、私の席に座っていた‥私の席に‥こ、これって‥‥?)
私はレズビアンとしてまおーちゃんに幾度もアプローとしているのですが、いざまおーちゃんのほうからそういう行動をされると、恥ずかしいです。ものすごく恥ずかしいです。
そうやって布団の中で顔を何度もぶんぶん振って暴れている私のベッドに乗って、私の尻を思いっきり蹴り上げた人がいます。
「いた、いったあああ!!!だ、誰!?」
驚いた私は布団から飛び出ます。私の尻を蹴った人は目の前にいて‥‥まおーちゃん?
なぜか顔をしかめて、仁王立ちしています。周りの人たちの視線も私に集中しています。
「えっと、な、何?もう寝る時間だけど‥‥」
「貴様!今夜は妾が魔族語を見てやる、ありがたく思え!」
まおーちゃんはなぜか高圧的です。
「えっ、ま、まおーちゃん、一体どーしたの?」
「魔族語の発音のテストをする、まずは日常の挨拶だ、朝の挨拶は何という?」
「あう、クィラモール?」
「それは昼の挨拶だろうか!朝の挨拶と言っておる!」
私が答えを間違えるといちいち身を乗り出して怒鳴ってきます。うるさいです。メイもラジカも眠れず、ベッドから身を起こして私のベッドに視線を集めます。でもまおーちゃんにいじめられるのもいいかもしれません。
「くへ、くへへ‥‥」
「魔族語にそんな言葉はないぞ!!貴様、馬鹿にしてるのか!」
私の顔は自然とにやけていたようで、まおーちゃんにピンタされます。
魔族語のテストを20分くらい延々とさせられて、間違えるたびに怒鳴られた挙げ句、
「いいか、妾は貴様のことを好きではない。た、単なる家臣としか思っておらぬからな!」
そう指さされて怒鳴られて、まおーちゃんが部屋を飛び出していったのがついさっきです。
「‥‥‥‥アリサ、魔王を怒らせたりしたの?」
メイが布団に顔をうずめて、私に聞いてきます。
「わ、私にもわからないです、食後に忘れ物取りに行った時は変に驚かれたりしましたけど」
「また変なアプローチをしたんじゃないでしょうね?例えばお風呂で抱くとか」
「今日のお風呂は私1人でしたよ!?」
私も、さっきのまおーちゃんの行動がよく分かりません。
「まおーちゃんこそ何があったんだろう、ねえラジカちゃん?」
そう言ってラジカの方を向きます。なぜかラジカは珍しくにやにや笑っています。気持ち悪いです。
「ねー、ラジカちゃんのカメレオンで調べられる?」
「調べなくてもアリサ様なら分かると思うけど」
そう言って、とっとと私に背を向けて寝てしまいます。あうう。
一体何なんでしょう。でも寝る前にまおーちゃんと一緒にいられたから、良しとしましょう。
◆ ◆ ◆
まおーちゃんは自分の部屋で、ベッドの布団にくるまっていました。
(は、恥ずかしくて八つ当たりしてしまった‥さすがに嫌われたか‥‥?)
夕食の後、みんなを先に部屋に出してから、私の体温のまだ残る椅子に迷いながらも座ってしまったのです。それを本人に見られたので思わず八つ当たりしてしまいました。
(ていうか‥妾は別にあの女のことを何とも思っていない。そう、絶対にだ‥‥)
まおーちゃんは、デグルの占いのことを思い出します。まおーちゃんが釣りをしていた私を登用する時にデグルから奏上された占いは、私とまおーちゃんが結婚するというものでした(第3章参照)。
「あ‥ありえぬ!絶対ありえぬ‥妾があやつと結ばれることは絶対ない‥‥」
アリサのことを考えれば考えるほど、アリサのことしか考えられなくなってしまいます。
アリサのことを考えると、なぜか胸の奥が痛むような、心拍数が上がるような、そういう感情がまおーちゃんを覆っています。
それの正体も分からず、まおーちゃんは一晩中悶々としていました。
◆ ◆ ◆
『オハヨウ‥?』
昨夜いろいろあったので、その次の日の朝食のときは、おそるおそるまおーちゃんに魔族語で挨拶してみます。でもなんだか発音がたどたどしい気がします。
『おはよう』
まおーちゃんがきれいな魔族語の発音で返事します。
「わあ、まおーちゃんうまーい!」
そう言って私は普通に椅子に座ります。
それを見て、まおーちゃんは固まります。
「‥どーしたの、まおーちゃん、パンが冷めちゃうよ?」
「あ、ああ‥今日は抱いてこないと思ってな」
そう言ってまおーちゃんはぎごちない手つきでパンをちぎってスープにつけます。
私が抱きついたので、パンが手を離れてスープの器に落ちてしまいます。
「抱いたほうがよかった?」
「だ、抱くな、離れろ」
久しぶりにまおーちゃんから腹パンをもらいました。痛いです。
まおーちゃんはぷいと私から顔をそらします。
「さっき、抱いてほしそうにしてたのになー」
と私が言うと、まおーちゃんは反論します。
「そんなはずがなかろう。妾は貴様に特別な感情はない。さっきも貴様を警戒していただけだ」
「ううっ‥‥いつか、まおーちゃんを振り向かせてあげるんだから!」
「精々頑張ることだな」
まおーちゃんはそう言って、スプーンで、スープの中に落ちたパンをすくいます。
今日は晴れになりそうです。清々しいほどの青空が広がっているのが、まおーちゃんの背後にある大きな窓からも伺えました。




