第78話 魔王へのプレゼントを買いました
それでハギスとナトリはその場でにらみ合いを始めるのですが。
「室内で魔法対決はナシよね?ちゃんとした場所があるんじゃないの?」
メイが話を振ると、ハギスはうなずきます。
「この魔王城に闘技場があるなの。そこで勝負しろなの」
「‥‥今すぐなのか?ナトリはこれから仕事があるのだ」
「仕事が終わってから勝負しやがれなの」
「分かった」
そういうやり取りがあって、勝負は午後までお預けになりました。
でも、ハギスは私をぴしっと指差して、釘を差すのを忘れませんでした。
「アリサも同席するなの。ナトリが秒で負けたらアリサにも勝負してもらうなの」
「ナトリが秒で負けることがあるか!逆にお前をすぐ負かすのだ」
「やれるもんならやってみやがれなの」
「ナトリ、あんた子供相手に‥‥」
メイは白い目でナトリを睨みます。メイの気持ちはわかりますが。ハギスはこういう見た目をしてて実年齢は50くらいなのです‥‥。魔族は長寿といいますが、魔族の子供って実際、どれだけ強いのでしょうか。
◆ ◆ ◆
言語学校は、エスティく魔法学校のようにきちんとした時間割や宿題、テストがあるわけではなく、ゆるい感じでした。本の一部をプリントアウトしたような紙を何枚かもらい、それを使って勉強していました。
「この発音は、舌の先を上にくっつけるのね‥ケゥ、ケゥ‥難しいな」
「初めてだから難しい」
「ウィっていう母音があるのね‥ええと、ケゥアイ、ガウィ、デウィ、‥‥」
私とメイとラジカはそうやって試行錯誤しながら、他の生徒も交えてお互いに教え合ったり、勉強したり、ゆるい感じでやっていました。
お昼を挟んで3〜4時間くらいで言語学校も終わり、魔王城に戻る途中で市場を通った私たちですが。
「‥‥あれ!」
私がふと1つの出店を見つけました。
「どうしたの?」
相変わらず魔族はまだ怖いようで私の腕をしっかり抱いているメイが尋ねると、私はその店を指差します。
「ほら、あれ、イヤリングのお店じゃない?まおーちゃんに何か買ってあげたいな」
「えー、一国の王が市場で売ってる安物なんてつけるわけないじゃない」
「でもまおーちゃんに似合うものならいいんじゃないですか?」
「‥‥一応見るだけよ。あたしもおしゃれには興味あるし」
メイがそう答えたので、私たちはその店に入ります。
店の中にはたくさんのイヤリングが、壁にかけられたグリッドディスプレイラック(細長い金属をグリッド状に並べて網みたいにした板)に所狭しと飾られています。青色のイヤリング、赤色の宝石のように輝くイヤリング‥‥。魔族の間で流行ってそうな、ドクロのイヤリングもあります。
「どれもきれいだね」
私はそう言って、イヤリングを片っ端から見ていますが‥‥。
「いや、イヤリングって普通に怖くない?」
さっき「おしゃれには興味ある」と言ったばかりのメイがいきなりそんなことを言い始めます。
「え、どこが怖いのですか?」
「だってイヤリングって、耳に穴を空けるんでしょ?すごく痛そうよ」
「痛いのは最初の1回だけですから」
私はそう言ってイヤリング探しを再開しますが、ふとラジカの声が後ろから聞こえてきます。
「‥‥どっちみち魔王にプレゼントするんだったら、こっちがいいんじゃない?」
そう言ってラジカが持ってきたのは、小さくよく輝く宝石のような石が数珠状に繋げられたブレスレットです。
「わあ、きれい」
私はそれを手にとって眺めます。確かにこれなら耳に穴を空ける必要もなさそうですね。まおーちゃんはそういうのを嫌がりそうにはないですが。
「安物だけど見た目は高級感あっていいんじゃない?魔王は断ると思うけど」
ラジカはそう付け加えますが、ブレスレットをなめるように見ていた私は、目をきらきらさせてラジカに迫ります。
「ねえねえ、これと同じものもう1つない?私とまおーちゃんのおそろい!えへへっ」
「‥‥それはもっと断られると思うけど」
ラジカは呆れつつ、もう1つのブレスレットを壁から取り外して私に渡します。
「すっごい、きれい、かっこいい!これまおーちゃんにプレゼントしよお!いいよね?いいよね?」
「別にいいけど魔王が怒ったらアリサが責任とってよね」
メイはこう言ってぶんと顔をそらした後、「でもブレスレットはいいわね、イヤリングと違って痛くないし」と言って、ブレスレットを見に行きます。
◆ ◆ ◆
「‥なに、ハギスと勝負だと?」
魔王城の大広間で仕事を一段落させたあとのまおーちゃんが家臣と雑談している時、ナトリから今朝のことを聞かされます。
まおーちゃんは片手でおでこを覆います。
「ハギス、余計なことを‥‥」
「受けてはまずかったのだ?」
「いや、受けてもいいのだが、ハギスには初対面の人に喧嘩を売るなと教育してきたはずだ。妾の教育が足りずすまない。ハギスには後で厳しく言って聞かせよう」
「ナトリも乗り気だから別にいいのだ」
「そうか‥‥」
ナトリとまおーちゃんの話が一段落したところで、別の家臣がこう言い出します。
「魔法決闘といえば、そろそろアレの時期ですな」
「ああ、決闘大会か‥」
「決闘大会とは何ですのだ?」
ナトリが尋ねると、隣の家臣がナトリに説明します。
「魔族同士で決闘をする大会です。個人戦とチーム戦があり、魔法あり剣技ありどんな方法を使ってでも相手を負かして優勝を目指す、3ヶ月に1回の催しです。現魔王様のもとで人間と戦争ができなくなった魔族たちの憂さ晴らしとして始まったものですが、最近は人間も参加していますよ」
「なるほどですのだ」
そのあとは家臣とまおーちゃんの間で決闘大会の話で盛り上がっていました。家臣のほとんどが魔族で、血の気の多い人もいるので、こういうたぐいの話は盛り上がりやすいのでしょう。
個人戦とチーム戦のほかに、100人の小隊同士で戦う戦争に近い形式のものもあるらしく、これは相手を殺してしまっても罪に問われないのだそうです。すごい大会ですね。
「せっかくだ、最近亡命した貴様らにも参加してもらおう」
まおーちゃんはにやつきながら、頬を肘でつきます。
「それには、あのテスペルクさんも含まれますか?」
マシュー将軍が聞くと、まおーちゃんはうなずきます。
「マシュー将軍とケルベロスは知っているかもしれないが、あの女は妾の次に強い。下手すれば妾より強い。せいぜい殺されないようにすることだな」
「魔王様の次に強いとは、買いかぶり過ぎではないのでしょうか?」
そうやってまおーちゃんを挑発したのはケルベロスです。
「ほう」
「私は先王の代からこの国に仕え、何百年も魔王様に忠誠を尽くしました。そんな私が、ぽっと出の子供に負けるはずがない!魔王様の次に強いのは、この私です!」
胸に手を当てて叫ぶケルベロスを見て、まおーちゃんは目をつむって考えてから答えます。
「ならば、それを証明してみせろ。貴様、前回の大会では審判だったな。別の奴にやらせよう」
それを聞いて、家臣たちがざわつき始めます。
「どうしたのだ?」
周りの様子をうかがうナトリの耳に、家臣たちの話し声が入ってきます。
「あのケルベロス様が出場するだと!?」
「何年ぶりだ?」
「今回の大会は荒れそうだな‥」
それらの話を聞いてか聞かずか、まおーちゃんは足を組んで続けます。
「いい機会だ。今回は賞金を基金の利子だけでなく国の予算からも出し、外国からも挑戦者を募ろう。なんなら妾も参加しよう」
大広間中が、どっと爆発したように盛り上がります。
「なんですと、そこまで!?魔王様は強すぎるという理由で今まで参加を自粛されてきたのではありませんか。優勝者とのエキシビションマッチも景品の1つでしたぞ、なぜ今また?」
ケルベロスの慌てるような質問に、まおーちゃんはこう返答しました。
「我々には時間がないのだ。ウィスタリア王国は我々と戦争すべく軍備を進めている。各国から優秀な人材をかき集めるのも目的としよう」




