第77話 魔王の姪に会いました
次の日の朝。すっかり泣き疲れて寝た私にとって、その朝日は清々しいほど綺麗で大きいものでした。
いつもはふわふわ浮きながら体を暖かい空気で包んで寝るのですが、ゆうべはその元気もなかったので普通にベッドで寝ていました。
今日は頑張りましょう。頑張って、つらいことを忘れましょう。魔法を使うのも嫌になるくらいつらいことって、私がそうやってくくーっと腕を伸ばしていると、横から服が投げつけられます。
「!?あ、あれ、お姉様!?」
「起きたのはアリサで最後よ。もうすぐ朝ごはんだから早く着替えてよね」
メイは昨日のことなんてもう忘れたかのように、小ざっぱりした顔です。
「わ、分かりました!」
着替えてまおーちゃんの食事室にみんなで集まります。
私はまおーちゃんのいる誕生日席のすぐ横に座って、声をかけます。
「おはよー、まおーちゃん!」
「うむ、おはよう。その‥貴様、大丈夫か?」
まおーちゃんも一晩中私のことを気にしていたのでしょうか。まおーちゃんは申し訳ないと言いたいような、複雑な表情をしています。
「大丈夫だよ。一晩寝たら落ち着いちゃった」
「そうか‥」
私はできる限り元気に答えてあげます。
「‥魔王が落ち込むとテスペルクまで落ち込むのだ。もう気にするな」
そう励ましたナトリはトーストにバターを塗って、それから「ん?」と、自分の隣にもう1人分の食事が置かれているのに気付きます。
ラジカ・メイは私の横に座っていて、ナトリは私と対面する席にいます。その隣に食事?
「もう1人、誰かが来るの?」
私が尋ねると、まおーちゃんは控えめな笑顔でうなずきます。
「うむ。貴様らに紹介したい人がいてな‥おう、来たか」
ドアが開きます。
そこには、使用人2人をバックにして、1人の女の子が仁王立ちしています。
人間でいうと10歳くらいの見た目のその子は、金髪というには光沢があまり派手でなく黄土色と言ったほうがふさわしい髪の毛を、短くツインテールにしています。黒い服の上に、鮮やかな赤色の、エプロンでしょうか‥エプロンではなくジャンパースカートを着ています。
その子はナトリの横の席に座ると、ナトリと顔を合わせます。
「ん、この人達誰なの?」
「妾の家臣とその友達だ」
まおーちゃんが私たちを紹介します。
女の子は、ひととおり私を見回してから、席から立ち上がってはきはきした声で言います。
「ウチは魔王をやってる姉さんの弟の長女のハギス・ハールメントなの。よろしくしやがれなの」
「まあ、妾の姪だ。少し口は悪いがよろしくな」
ハギスが座ると、隣のナトリから順に自己紹介します。
「ナトリ・ル・ランドルトだ。ウィスタリア王国から亡命して、今日から魔王の家臣をするのだ」
「アタシはラジカ・オレ・ナロッサ」
「あたしはメイ・ルダ・テスペルクよ。同じくウィスタリア王国から来たわ」
そして、私の番です。
「私はアリサ・ハン・テスペルクだよ。まおーちゃんの将来の結婚相手だよ♡」
「だから妾は貴様に性的な興味はない」
まおーちゃんが当たり前のように突っ込むいつも通りの流れですが、なんだかハギスの反応がおかしいです。うつむいて、全身に力を入れて震わせています。
「うん?どうした、ハギス」
まおーちゃんも不審に思ったのか声をかけます。
と、ハギスが突然机をぱんぱん叩きます。
「姉さんはウチだけのものなの!お前みたいなどこの馬の骨かわからない奴には渡さないなの!」
叫び声があまりにもうるさいので、隣のナトリは耳を抑えます。まおーちゃんが慌ててハギスの席まで行って、抱いてなでてあげます。
「よしよし、妾は貴様のものだ。妾はどこにも行かぬ」
「本当に?ほんとのほんと?」
ハギスは、さっきまでの威勢はどこへやら、猫が甘えるような声を出してきます。か、かわいい。
「父さんみたいに殺されたりしない?」
その一言で、私とラジカはぴたっと固まってしまいます。それから、お互いの顔を見合わせます。ハギスがまおーちゃんをどう思っているのかが少し分かったような気がします。
「安心しろ。妾は殺されたりしない。妾には優秀な家臣がついているからな」
「ほんとのほんと?」
「本当だ」
まおーちゃんがほっぺたをもぎゅもぎゅしてあやしています。
席に戻ったまおーちゃんは、こそっと小さな声で私に言います。
「すまぬが、ハギスは妾になついているのだ。分かったら貴様も妾に抱きつくのをやめろ、いいな?」
「むーっ、それが目的?私は断固抗議するよ!」
「‥‥策略という」
「うーっ!」
私は頬を膨らませます。まおーちゃんは顔にかすかな笑みをたたえて、残りのトーストを食べてしまいます。
◆ ◆ ◆
「気になったのだが、ハギスの父はどういう殺され方をしたのだ?」
朝食を終え、部屋に戻って言語学校へ行く支度をしている私に、ナトリが尋ねてきます。私だけでなく、近くで支度していたラジカもぴくっと動いて振り返ります。そういえばナトリは私がクァッチ3世に会いに行く直前のデグルの昔話を聞いてなかったのでした。
ハギスの父はまおーちゃんの弟ハクのことです。私とラジカはデグルから話を聞いているので具体的な内容を知っているのですが‥‥。(詳しくは第2章参照)
「え、えーっと、すごい殺され方かな、ねえラジカちゃん」
「うん。アリサ様の両親よりもひどい殺され方」
「ラジカちゃん、昨日の話聞いてたんだ‥‥」
ラジカはさも当然かのようにうなずきます。そろそろ盗聴は恥ずかしいな―って思うようになってくる私でした。
「人の殺され方とか興味ないわよ!大体、殺しにいいもひどいもないでしょ、大切なのは殺された事実でしょ!」
ナトリと同じく事情を知らないメイは、最初からそういう話を聞きたくないのでしょうか。平気そうに見えて実は両親が殺されたことをまだ引きずっているのでしょうか。怒鳴って私たちの会話を強制的に中断させます。
「そ‥そうなのだ。ナトリも興味本位で聞いて申し訳ないのだ‥‥」
ナトリも折れてしまいます。
ナトリは初めての大広間での仕事に緊張している様子で、何度も鏡を見て服装をチェックしています。
「ナトリちゃん、まおーちゃんの近くで働けていいなー。私はまおーちゃんのために亡命したのになぜか通学だもん通学通学通学、はぁー学校って何のためにあるんだろー」
私は壁にもたれてぼやきます。
「勉強するためにあるんでしょ。ほら、ボサッとしない」
メイがそんな私の脇腹を小突きます。痛いです。
さあ支度も終えて出発!となったのですが、私がドアを開けようとすると逆にドアがぱんと開きます。内開きのドアだったので私の体は思いっきり壁に叩きつけられます。痛いです。
黄土色の短いツインテールをした少女が、つんとした顔で部屋の中を探ります。
「ハギスなの。アリサはいるの?」
「は、はい、ここです‥‥」
私がドアの陰からふらふらっと顔を出すと、ハギスはぴんと私を指差します。
「アリサ・ハン・テスペルク、ウチと勝負しろなの」
「え、えっ、し、勝負?」
突然のことに私はたじろぎます。
「そうなの。勝負なの。ウチを差し置いて姉さんと結婚するなんて、抜けかけはダメなの。ウチと勝負しやがれなの」
「し、勝負って何の?」
「魔法決闘なの」
「ええっ!?」
50歳と聞いていますが、見た目は人間の10歳です。そのような小さい子から勝負と言われても‥‥やめたほうがいいんでしょうか。私は目でラジカに助けを求めますが、先に応じたのはナトリでした。
「テスペルクと勝負するなら、先にこのナトル・ル・ランドルトと勝負しろ!ナトリはこの中で、テスペルクの次に強いのだ!ナトリに勝てないようではテスペルクに勝てないのだ、はははーっはっはっ!」
手を腰につけて威張りながら笑います。
「2位でいばるってどうかと思うけど、まあイノシシの狩りはできたし強いんじゃないの?」
メイも冷静に分析します。




