第6話 魔王と食事しました
食堂には、前世の券売機のような魔道具が置かれています。お金を入れて押したボタンに応じて注文券が発行され、それを厨房の窓口にいるおばさんに渡します。すると注文通りの品の載せられた皿が出てくるシステムになっています。
正直、こういうシステムは前世にもありましたし、魔法使いっぽさがないと思います。大体、どうして手で料理するのでしょうか?この世界でもすべての人が魔法を使えるわけではなく、食堂のおばさんたちは魔法を使わず物理で料理を作っているのです。なんともつまらない光景です。
この学校を卒業してひとり暮らしすることになったら、毎日魔法で料理してみるのが夢です。もちろん、夕方になったら自動で包丁が動いて、私が帰ってくる頃にはテーブルの上に完成済の料理が置かれているのが理想でしょう。ついてに食材も、畑を作って魔法で耕して、なんなら光も日光ではなく魔法で照らして。可能な限り魔法を使って食べ物を育てましょう。
そんな夢をまおーちゃんに語ったのですが、「貴様、その夢は絶対人に語るな。頭のおかしい人と思われる」と言われました。なぜでしょう。
普通は入浴を終えてから食堂に向かうのですが、この日はニナに一緒に食べようと誘われたので、ニナの指定通り、食堂のラストオーダーぎりぎりの時間に食堂に向かいました。
「ごめんね〜、先輩から断れない用事を頼まれちゃって、でもどうしてもアリサちゃんと一緒に食べたかったから!私の都合に付き合わせてごめんね!」
「ううん、大丈夫だよ」
時間が遅いこともあり、ニナの目論見通り、食堂に残っている生徒はわずかでした。
(人の多い時間帯に魔王が来て騒ぎになっても困るし、これくらいの時間帯が正解かな‥‥?アリサちゃん、騙してごめんねー‥‥)
と、ニナは心の中で私に謝っていたのでした。
「この女は貴様の友人なのだな?」
まおーちゃんが、私を睨みつけるように尋ねました。
「そーだよ」
「なら、妾がこの女を人質にすれば、貴様は妾に隷属するか?」
その一言で、ニナはぴくんと氷のように固まりました。
「えー、隷属なんて言わないでよ、私は‥‥」
「ね、ねえ、ふた、二人とも、メニュー選ばないかな?」
私の言葉を遮って、ニナが震える声で言いました。
「そうだね、じゃあ先にまおーちゃんから選びなよ」
「おう、貴様も少しは立場をわきまえているようだな」
まおーちゃんは券売機のボタンを見始めます。
(ふん、カレーにラーメン?どれもこれも庶民が食べるような低俗なメニューばかりだな‥‥妾の城では一流の料理人がフルコースを作ってくれると言うのに‥‥これも今日一日限りの屈辱だと思って耐えるか‥‥)
「それなら妾はこのカルボナーラと、‥‥‥‥ん?」
まおーちゃんの視線が、券売機の隅っこにぴたりと固定されます。
「ん、まおーちゃん、どーしたの?」
私の呼びかけに、まおーちゃんはしばらく固まって何か考えているようでした。
(くっ、なぜこんなところにこのメニューが‥‥?いや、落ち着け、妾。こいつに弱みを握られては‥‥)
「いや、なんでもない」
そう言って、まおーちゃんはボタンを押して券を受け取りました。
私たちは食事を持って、食堂の隅っこの席に座りました。私とまおーちゃんが並んで座って、ニナは向かい側の席です。
「うむ‥味は‥やや下じゃな。まあ、こんなところに味を期待しても仕方あるまい」
ナフキンをつけたまおーちゃんはそう言いながら、上品に食べ物を口へ運んでいます。時々ナフキンで口をふいていて、その仕草がものすごくお嬢様、お姫様という感じでした。
「‥‥なんじゃ、2人とも妾のことをじろじろ見おって」
まおーちゃんの言葉と同時に、ニナは慌てるようにぱくぱく食べ始めました。一方、私は普通にまおーちゃんに返事してあげました。
「ううん、まおーちゃん食べ方が上品だなって思って」
「当たり前じゃ。妾を誰だと思っておる。魔王とはすなわち、魔族の国の女王だ。子供の頃からしっかりした教育を受けている」
「ねーねー、まおーちゃん、どんなところに住んでるの?」
「城じゃ。‥‥ううん、やはり安い調味料を使っておるな。これが庶民向けの味というやつか。悪くはないが、余韻が残らないのう」
「普段、どんなものを食べてるの?」
「一流のシェフが作ったフルコースじゃ」
「ええーっ、まおーちゃんってすごいねー!」
ニナが呆れたように私に声をかけます。
「ねえ‥魔王は、魔族の中で一番偉い人だよ、国のトップだよ‥‥?」
まおーちゃんもそれに反応して、
「魔族にもいろいろな国がある。妾の国はその中の1つでしかないのだがな、一応、連邦王国の長をやっておる。連邦加盟国は妾を共通の女王として戴くのじゃ。厳密には他の魔族の国の王も魔王と言うのだが、人間が魔王と言うならほぼ妾のことだ」
「へえー‥‥」
まおーちゃんが難しいことを言ったので、私は分かっているふりをして目をぱちぱちさせます。ニナは理解できたようで、うなずいています。うーん、私、魔法以外のことは分からないんですよね。
「どうした、貴様も早く食べんか」
「分かった!いただきまーす!」
夢中で食べている私を、ニナは心配そうに見ている様子です。
「‥ねえ」
ニナが私を呼び止めました。
「どーしたの、ニナちゃん?」
「アリサ、平気そうにしてるけど、本当に魔王のこと、怖くないの?」
「ん?」
私は真顔で首を傾げました。
「怖くないけど?かわいいじゃん」
「そう‥なんだ」
ニナは、まおーちゃんから目をそむけるように、視線をななめに動かしました。まおーちゃんは特に何も気にしないで食べ進めている様子です。
その日の夜。寮の部屋にて。
「貴様の部屋をはじめて見たときから嫌な予感はしていたが‥ベッドはないのか?」
部屋の中心でふわふわ浮いている私に、まおーちゃんは半目で聞いてきました。
「え、ベッドで寝たいの?変わってるね〜」
「変わってるのは貴様じゃ!どうやって寝るつもりなのだ?」
「普通に、空中に浮いて、魔法で温かい空気の塊を作って体を包んでるよ?」
「あ、ああ‥寝ている間も魔法を使い続けるとは見事じゃのう‥‥」
まおーちゃんのセリフは、棒読み気味でした。
「誰かからベッドを借りることはできないのか?」
「うーん、それなら私持ってるよ」
「持ってるなら最初から言わんかい!!」
「だって〜」
私は虚空に手を掲げます。すると、そこにぼうっと光が現れて、すぐにベッドへ形を変えます。
「いらないものは異次元空間にまとめて入れてるよ!アイテムボックスって言うんだっけ?」
「アイテムボックスは貴様のような子供には扱えない高級の魔法だが‥突っ込むのも野暮だな」
そう言ってまおーちゃんは、地面にどすんと鎮座したベッドに入りました。