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第73話 魔王と再会しました(1)

一方の私は1時間くらい前から岩に座って釣り針を垂らしているのですが、いっこうに反応がありません。


「エサが悪いのかな‥?」


水面を見てため息をついていると、横から声が聞こえます。


「貴様、久しぶりだな」


久しぶりに聞く声です。聞いた瞬間、直感します。それは、私がここ数日間失っていたもの。私が今求めていたもの。

私はとっさに振り向きます。そこに立っていた声の主はやはり――まおーちゃんでした。

エスティク魔法学校で5日間を過ごしたあのまおーちゃんです。

私がはじめて召喚したときと同じように、黒いマントを付け、黒を基調にした禍々しさを思わせる衣装を着ていました。

何より、その私を見つめる表情が懐かしけで、旧友に会うように緊張していて。


「まおーちゃん!!」


釣り竿を宙に浮かして、私はまおーちゃんへ飛び込みます。


「貴様、いきなり抱きつくな」


まおーちゃんはそうは言いますが抵抗しないで、逆に私の背中に手を回します。私はまおーちゃんを抱きながらひざを落として、えんえんと泣き始めます。


「まおーちゃん‥」

「どうした、泣いておるのか」

「まおーちゃんがいなくて‥私、寂しかった」


まおーちゃんもしゃがんで、私の頭をなでます。


「貴様は牢から脱走したと聞いた。よくここまで来れた」

「ずっとずっと‥大変だったんだから‥っ、くすん」


私はまおーちゃんの肩を、自分の涙で湿らせます。服が高級な素材だったかどうかはもう関係ありません。とにかく涙を流したかったのです。

亡命の旅で、どんなに寂しくてもずっとずっと手に入れることのできなかったもの。私にとって、どんな宝石や宝物よりも必要で、かけかえのないもの。

まおーちゃんが、温かい手で私の背中をなでます。

ずっとずっと会えなかったまおーちゃんを、こんなに近くで見ることができる。

それだけでも、あの学校で過ごした5日間がどれだけ私にとって大切な時間だったのかが思い起こされます。

まおーちゃんの体温に触れて、私はしばしの間泣き続けていました。


「ひっく、ひっく‥‥」


涙の量が減ります。自分がたくさん泣いて落ち着いてきたのが分かります。私はまおーちゃんを抱く手を緩めて、少しずつ離れます。それから、まおーちゃんの顔をじっと見ます。

その笑顔は私をやさしく包容していて、手から伝わる体温は私を安心させます。


「‥まおーちゃん、来てくれてよかった」

「妾もな」


まおーちゃんは私の頭を撫でると、立ち上がります。


「釣りをしてたのだろう?続けろ。妾も貴様と話したいことがある」

「わかった、まおーちゃん」


まおーちゃんって言ってみたかっただけです。それほどに、まおーちゃんが自分の近くにいるというだけで興奮して、でも全身の緊張がほぐれていきます。

私はまた岩場に登って、中に浮かした釣り竿を手にとって釣りを再開します。


「それで、話って何?」

「‥まじめな話だ。ウィスタリア王国のクァッチ3世はどうだったか?」

「本当にひどかったよ」

「ほう、別れたときと言っていることが変わっておるな」


まおーちゃんは私に合わせて、川の水面を見ます。


「私、まおーちゃんのことが大好きなのに、あの王様は勝手に私を抱いてきて‥‥」

「貴様も似たようなことをやってるけどな」

「一家の家族たちを残酷な刑で殺して、王様は処刑を見ながら酒を飲んで楽しんでた」

「‥‥‥‥」

「あとは、大きなミキサーを見せられて‥‥デグルの話にあったあのミキサーだよ。私、もう二度と王様に関わりたくないって思っちゃった」

「そうか」


私はもう少しで涙が出そうなのを押さえていました。捕まって、拷問されて、牢に入れられたのもつらかったけど、何より王様や国のことを信じていたのに裏切られた悔しさがこみ上げてきます。

まおーちゃんは私の座っている岩の後ろをゆっくり歩きます。


「でも、王が嫌いでも、国に愛着はあるだろう」

「ないって言えば嘘になるけど‥‥あの国はもうダメだと思う」

「ほう」


私はまおーちゃんに、亡命の旅で起きたいろいろなことを話しました。家族が連座で捕まること、色々な人が重税で苦しんでいること、町全体で集団自殺されたのを私はただ見ているしかできなかったこと、反乱の手伝いができなかったこと、ハラスの弟子と戦ったこと。


「あの国は、ハラスっていう人がいるからなんとか持ちこたえているだけだよ。王様がダメな人で、周りの家臣を次々と殺しただけでなく、他の国にも迷惑をかけて戦争まで起こしている」

「妾もあの国には困っている。だから、あの国と今後どのように関わろうか悩んでいるのだ」


まおーちゃんが質問してきたので、私は息を吸って、吐いて、釣り竿を強く握って答えます。


「あの国は、滅ぼしたほうがいいよ」

「なに!?」


まおーちゃんは私の返事に驚いたのか、私の背中を振り向きます。


「‥まおーちゃんにとって大切なものは何?」

「国民の笑顔と、平和だ」

「あの国は、国民のことを考えていないの。それだけなら外国から見れば内政問題で済むんだけど、色々な国の王様を呼び出して殺したんだよね」

「うむ」

「それで戦争を起こしたり、今もハールメント王国と国境で紛争を起こして、何人も殺している」

「そうだな」

「それに、将来ハールメント王国と戦争をするからと言って、税金を上げている。このままほっていると、あの国がここまで攻め込んでくるよ?あの国の人だけじゃなく、関係ない魔族たちまで死んじゃうよ」

「‥‥」

「あの国の王様をこれ以上放っておくと、あの国の国民がさらに苦しむだけでなく、まおーちゃんが大切にしたい平和が守れなくなるかもしれない。だから、滅ぼしたほうがいい」


場が静まり返ります。

まおーちゃんは目を閉じて、何やら考えています。私も次に言うことが思い浮かばなくて、ただ釣り竿を握っています。

水の音だけが絶えず伝わってきます。

先に口を開けたのは、まおーちゃんでした。


「貴様の言いたいことはわかった。妾もあの国に恨みがあり、個人的に復讐したいと考えていたが、それは国益にかなうものなのか考えあぐねていた。まさか滅ぼすとはな‥‥それが貴様の口から出るとは思わなかったぞ。貴様は自分の国が妾に攻め滅ぼされるのはいいのか?」

「嫌だよ。私も戦争は嫌だし、あの国には思い出の場所もたくさんある。でも、このままほっておくと、戦争するよりもひどい結果になると思う。そういう予感がしたの」


まおーちゃんが紗利を踏む軋り音が聞こえます。


「‥して、あの国を滅ぼすために、妾は何をしたらいい?」

「あの国と逆のことをやればいいの。民たちを慈しみ、人権を尊重する」

「それはすでに妾もやっておる」

「そうだね。今まで通りにしてたらいいと思うよ。今、あの国の国民たちは、圧政に苦しんでいる。まおーちゃんが、あの国民たちを救ってあげる側になればいいの。あの国の救世主になるの」

「救世主‥‥か」


まおーちゃんが、ふふっと笑います。


「いや‥笑って悪かった。よもや魔族が人間の救世主をやるとはな。我が母のしてきたことも大概だが、妾が救世主とは思い上がりも甚だしいが‥‥」

「思い上がりじゃないよ。現に、まおーちゃんはこの国をよく治めているもの。魔族の土地に入ってからは、誰もが笑い、誰もが活躍できて、楽しく過ごして、みんなまおーちゃんに感謝している。ウィスタリア王国では決して見られなかった光景なの。まおーちゃんは平和を愛し、それを害するものを憎み、仁政を300年も続けてきた。同じことを人間たちにやればいい。平和を妨げ、戦争の準備のために苦しんでいる人たちを助けてあげる。人権に国境なんて関係ない。まおーちゃんの国や周りの国の平和を維持することも大義名分として大切だけど、みんなの笑顔を取り戻すことをもう1つの大義名分にするの」

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