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第72話 魔王と釣り人

それでも2人の家臣は、まおーちゃんを止めようという考えをまだ持っていました。2人はお互いに相談し合った結果、もう一度まおーちゃんに直談判することにしました。

翌日、ヌヒビエへ出立する準備を始めたまおーちゃんの部屋をノックして、直接呼び出します。


「直接ここまで参った無礼をお許しください。しかし、魔王様の部下になる者であれば魔王様直々にヌヒビエまで訪れなくとも、私ともが代わりに連れてまいりましょう」

「重臣に値するかは我々が判断いたします。魔王様もお忙しいでしょうから、この城にいて公務をなさってください」


パジャマからよそゆきの服に着替え終わったまおーちゃんは、ふふっと笑ってから返事します。


「気遣ってくれて嬉しく思う。だが、デグルはまた、妾が長年求めた人材とも言っておる。妾が直接訪れないと失礼ではないか?」

「そんな、一国の王が、たかが田舎の川で釣りをしている素性も知らぬ人に無礼も何もございません。本来は我々家臣が、魔王様の手を煩わせずに処理すべき問題でございます」

「確かに普通の人であればそうかもしれない。だが、あのデグルという老人は信用できる。その老人がわざわざ妾のところまで来て伝えた重大な占いだ。あの釣り人には、それだけの価値があるということだろう。これ以上ここで話しても仕方ない、妾は行くぞ」


まおーちゃんはそう言って、荷物を持って足早にその場を離れていってしまいます。


「お待ち下さい、魔王様!」


2人の家臣もその後を追います。

結局、ヌヒビエへ行くことになりました。ケルベロス、マシュー将軍は、馬車を守るように馬に乗って進みます。その馬車は4人席ですが、まおーちゃん1人だけが乗っています。残った席は、釣り人のための予約席です。

何人かの護衛や予備の馬と一緒に、魔王一行はヌヒビエへ向かいます。


なにより、自分が長年求めてきたハラスに対抗できる人材であり、自分の結婚相手でもあります。どんな人なのかと、まおーちゃんは道中で何度も馬車の窓から身を乗り出してケルベロスに尋ねます。まだ会ったわけではないのでケルベロスも答えられず、適当にお茶を濁していました。一行の中で、まおーちゃん1人だけがウキウキしているのは誰の目にも明らかです。


「妾が長年探し求めていた天下の大臣であり、妾のよきパートナーでもある‥一体どのような男だろうな。あっ、ケーキは持ってきただろうな?」

「はい、魔王様の大好物をお持ちしておりますが腐るので、帰り道の分は現地調達しましょう」

「うむ、それがよい」


ケルベロスとマシュー将軍はお互いの顔を見合って、ため息をつきます。


「‥‥魔王様、あまり期待しすぎると、後で後悔しますよ」

「後悔することはないだろう。何より、あのデグルの占いだ」


ヌヒビエという場所は、王都ウェンギスからハデゲ王国の国境までの道の中央近くに位置していて、森林を観光地として利用している小さな村です。宿屋や飲食店など旅人にとって最低限の設備はありますが、500人規模の集落にすぎません。まおーちゃんたちは途中の町で一泊して、翌日午前にヌヒビエへ到着します。言葉とおりの田舎です。集落全体は森に包まれており、民家のほかは畑くらいしか見当たりません。


「魔王様がわざわざここまで来られたのなら、もうそれだけで釣り人にとっては身に余る幸福でしょう。私が迎えてここに連れて参ります」


ケルベロスはあくまでそう言ってくるので、まおーちゃんはまた断ります。


「いや、妾が早く会いたい‥‥のではなくて、こんな距離でも家臣を遣わせるのでは失礼にあたるだろう。ここまで来ておいて最後の最後で失敗というのは妾は嫌だ」

「‥‥左様でございますか‥‥」


ケルベロスとマシュー将軍は、すでに諦め顔です。


「せめて昼食をとってからゆっくりお探しになったほうが」


そう進言もしましたが、まおーちゃんは


「いや、食事の時間も惜しい」


と言って、馬車から1人飛び出して、森の中へ突っ込んでいってしまいました。ケルベロスやマシュー将軍、何人かの従者が慌てて徒歩で追いかけます。やがて昼食の時間になると、まおーちゃんは従者をしたがえて肩を落として村へ戻ってきました。


「‥‥誰もいなかった。午後はもう少し上流を探そう」

「まだ突っ込むのは早いかもしれませんが、あの占いが偽物だという可能性はお考えにならないのですか」

「何を言う、ケルベロスよ。今回は時間がなかったから少ししか探せなかっただけだ。釣り人はきっといる。急いで食事を取ろう」


そう言って、村の食堂へ行くと。


「魔王様!よくここまでおいでなさいました!」

「魔王様の政治には感謝しています。おかげさまでこの村も上手くやって行けてます。ありがとうございます!」

「お疲れでしょう?この場所に何か用事ですか?」


村中の住民たちが食堂に押し寄せてきて、まおーちゃんを囲みます。あまりの人数に護衛たちが慌てて引き剥がしますが、まおーちゃんは「よい、よい」と言って、村長やその友達を同じテーブルに座らせてしまいます。


「これはこれは魔王様、この地へお越し下さりありがとうございます。私たち村人は、魔王様の仁政に感謝しております。おかげでこんな小さい村でも潤い、幸せな生活ができています。微力ながら恩返しができればと思います。私たちにできることがあれば、何なりとご用命ください」


村長が挨拶してくるものですから、まおーちゃんは即答します。


「なあ、妾はこのへんで釣りをしている人を探しているのだ」

「はぁ?」


村長は目を点にして首をかしげます。


「確かにこの近くのイルチェルヤという川で釣りをしている人はいますが」

「いいや、ホマランという川だ」

「それはもう少し向こうですね。イルチェルヤの1つ向こうの川でございます。あの川でも釣りはできますし一応河川敷もあってバーベーキューもできますが、この季節は稚魚が多く、釣りに不向きです」

「それでは、妾がさっきまで探していたのはイルチェルヤという川だったのか。貴様の話を聞いておればよかった」


まおーちゃんは、ははっと仕方なさそうに笑います。


「それで、ホマランで釣り人がいそうな場所はどこだ?」

「それなら、通常の季節であれば、さっきお話しました河川敷、特にそこに転がっている大きな岩のあたりが穴場でございます。ただ今の季節は人がいるかどうか‥‥」

「なるほど」


そのあとも村長といくらか話しながら昼食を取り、午後、あらためて従者と一緒に徒歩で森の中へ入ります。最初の川を通り過ぎて、2番目の川へ向かいます。

まおーちゃんは内心、緊張していました。デグルの占いは全面的に信用しているのですが、その男性は自分の国の運命を変える人であり、また結婚して自分の運命を変えてきます。これからの国や自分個人の運命にかかわるのです。どんな人なのかと、固唾を飲みながら考えていました。


「この川でございますね」


従者の1人が、向こうに見える橋を指差して言います。


「うむ」


まおーちゃんは心臓の高鳴りを押さえられませんでした。自分の求める人材であり、自分の人生のパートナーでもある。きっと自分にふさわしい人ではあるけれど、余計に初めて会う時に緊張してしまいます。まおーちゃんも一応、年頃の女性です。どうせ将来自分と結婚する異性なのですから、もっと綺麗に着飾った服を持ってこればよかったとも、もっと丁寧に化粧すればよかったとも後悔しました。


一行は橋から川なりに伸びる側道を進みます。木の根で転びそうなくらい、細い側道です。みなは川に落ちないよう、慎重に進んでいきます。川の水面には、村長が言っていた通り、稚魚や小さな魚くらいしかいません。

どれくらい歩いたのでしょうか。一気に、開けた空間が見えてきます。多数の石で敷き固められた、河川敷です。

まおーちゃんは心臓をパクパクさせながら、その河川敷を見渡します。大きな岩があるのを発見しました。確かにその岩に座って、川に釣り糸を垂らしている人がいるのです。

しかしその後ろ姿は、どう見ても女でした。黒髪を背中まで伸ばしていて、体は華奢です。

黒髪‥‥そういえば、エスティクで出会ったあの女の子も黒髪でした。そして、その人は自分を使い魔として召喚するほど強い力を持っていて、レズで自分に対して性的感情を持っていて、現在はウィスタリア王国の牢から脱走し指名手配されたと報告を受けていて‥‥。


「あ‥‥」


まおーちゃんはその瞬間に全てを察しました。それでもまだ、半分高揚して、半分落胆しているという状態でした。まおーちゃんは後ろに控えているケルベロスにこそっと耳打ちします。


「あの釣り人が妾の結婚相手と言いふらしたものは厳罰に処する」

「は、はぁ‥‥?」


まだ何のことだか分からないケルベロスですがそれを聞き入れて、後ろに控えている家臣たちに小声で伝えます。それを確認したまおーちゃんは、1人、その釣り人に向かって歩いていきます。

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