第68話 国境を越えました
ウィスタリア王国側の出国検問が終わった後は、ハデゲ王国側からの入国検問です。ナトリ、メイ、ラジカたちは服装や服の中に隠しているものはないか、行き先、目的などを質問されて、適当に答えます。
人間と魔族の間で使っている言語は違うのですが、ハデゲ王国側の入国検問では人間の言葉を話せる魔族がいて、スムーズに話すことができました。
「よし、通ってよい」
許可が出たので、3人は国境を越えてハデゲ王国の中に入ります。すぐに、側道の木に隠れていた私が3人の中へ飛び込みます。私たちは逃走に成功したのです。
「やったー!やっと国境を越えられた!みんなのおかげだよ!」
「一時はどうなるかと思ったけどね。アリサ様もアタシたちのために戦ってくれてありがとう」
ラジカも返事します。メイはすでに大泣きで、ラジカのおなかにしかみついています。
「ふふん、このナトリがいれば不可能はないのだ」
「ナトリはほとんど何もしてないけど」
ラジカがメイの頭をなでながらつっこみます。
「さて、ここはまだ検問から近いし、早く遠ざかろう。そして近くの町で一泊して馬車を借りよう」
ラジカの提案に、みなうなずきます。もう急ぐ必要はありません。私がみんなの脚に魔法をかけることなく、それぞれの意思で歩いていきました。
「自分で歩けるとほっとするわね。もう逃亡生活は凝り凝りよ」
メイもラジカと手をつなぎながら、安堵の息を漏らしています。
私たちはハデゲ王国の国境近くにある町へ着きました。ちなみに町の名前は魔族の言葉で書かれているので読めませんでしたが、ナトリいわく「ウルゲス」と発音するとのこと。
「魔族の言葉が読めるナトリはテスペルクよりすごいのだ」
「はいはい」
胸を張るナトリをスルーして、ラジカたちは町の中へ入ります。
「おい、テスペルク、無視するな!」
「あーはいはい」
「ラジカは黙ってろ!」
そんな掛け声が、私たちの間でかわされます。
宿屋に入るまでに、初めて見る魔族の町を一通り見て回ることにしました。ラジカとナトリが相談しあって、ハデゲ王国とハールメント連邦王国の地図を買います。魔族の町は一見すると人間の町と変わりませんが、デザインに黒や赤が多く、また窓には真っ黒な鉄格子がついていたり、道をすれ違う人たちも牛や鹿のようなツノが生えていたり、しっぽが生えていたりします。魔族のツノはまおーちゃんで見慣れたつもりでしたが、そうしたツノを持っている人達に囲まれると、自分たちはこの中では普通じゃない存在なんだという謎の緊張感がします。
「私、魔族、怖い‥」
「アタシも」
メイがラジカに抱きつきますし、ラジカも魔族が不安なのか、メイの腰に手をやっています。一方、ナトリは平気そうにしています。
「ナトリちゃんは平気なの〜?」
「ナトリは大丈夫だ。獣人だからな、人間と魔族のハーフみたいな存在なのだ」
獣人は人間と争ってはいないのですが、人間から見下されることも多く何かと不遇な存在なのです。魔族とは、魔族と人間が戦争をしていた時代は蔑まれることもありましたが、今はそこそこうまくやっていけています。このように魔族と人間両方に囲まれた時の獣人は、どちらとも平和的に対応できるので強いのです。
なんだかんだで2人は魔族のことを怖がっていましたが、国境近くの小さな町に関わらず、人間の町と違って活気があるなあと、そういう感想を持ちました。みな和やかに笑いあい、女の人は歌を歌い、子供は楽しそうに走り回っていました。逃亡生活では絶対に見られない光景でした。
「ウィスタリア王国も、こんな感じだったらなぁ‥‥」
◆ ◆ ◆
一通り歩き回って、宿屋に着きました。
「しっかし、魔法がないと脚が疲れるわね、明日は筋肉痛かもしれないわ」
メイが宿屋の部屋の椅子に座って、ふくらはぎを揉んでいます。宿屋での手続きは、魔族の言葉が読めるナトリに任せました。ラジカも少し読めるらしいです。学校の授業でやってたのに、どうして私は居眠りばっかりしていたんでしょう。あの時は、自分には関係ないと思ったのになあ。
ラジカがいつも通りに、テーブルの上で地図を広げます。今度はハデゲ王国の地図です。ハデゲ王国は台形のような形をしていて、私たちの今いるウルゲスの町はその短辺の端にあたります。
「ここから、魔王のいるハールメント王国の王都ウェンギスまで、相当距離がある」
「どう考えてもお金足りなくなるね、節約しないと」
ギフでナトリの父からもらった魔族のお金も、そんなに潤沢にあるわけではなく、今日も含めて2日分の宿しかとれないくらいでした。これではハデゲ王国からハールメント王国に入る前に、お金がなくなってしまいます。
「うーん、逃亡生活終わったのはよかったけど、今度はお金か‥‥」
「どうする、アタシでよければ魔族の言葉ちょっと分かるし働いとく?」
「ナトリも働くのだ」
ラジカとナトリが次々と、労働意思を表明します。
「えーっそんな、みんなに悪いよ‥‥」
「悪いのは魔族の言葉を勉強してなかったアリサなんじゃない?あたしもちゃんと勉強したから少しは分かるわよ」
「うっ!」
メイにまで言われました。この中で魔族の言葉がわからないのは私だけです。ショックです。
「‥でもアリサは、働けないけどあたしたちを守ってくれるよね‥?それならあたしは別に構わないんだけど、ど‥‥」
メイが私の袖を掴む手が少し震えています。働くこと自体はいいんだけど、魔族と関わるのが怖いのですね。
「大丈夫です、お姉様‥‥とラジカちゃんは私が近くにいて守ってあげます。ナトリちゃんは大丈夫?‥‥あ、獣人だし大丈夫だね」
「見くびるなテスペルク、ナトリに不可能はないのだ」
ナトリがはははと笑います。
私たちが部屋でそういう相談をして、明日からどうするか話し合っていたところで、ドアのノック音がします。
「ナトリが対応するのだ」
私たちの中で一番魔族の言葉が上手いナトリが応対します。
「うんうん‥‥なに?おい、テスペルク」
「えっ、私?」
私もナトリのところへ行きます。
「お前はアリサ・ハン・テスペルクで間違いないかと言っている」
「はい、私がテスペルクです」
私がうなずくと、店員は横に控えている兵士と何やら話した後、ナトリに言います。
「うんうん‥‥なに、なに!?何だと!?」
「ナトリちゃん、どーしたの?」
「‥‥ハデゲ王国の王都に来いとのことだ。王様がテスペルクに会いたいと言っている」
「ええっ!?」
国中に、アリサという者がいないか触れが出ていたそうです。
翌日。漆黒の高級車みたいな馬車が用意され、私たちはそれに乗り込んで、ハデゲ王国の王都へ向かいます。王都はハールメント王国との国境近くにあるので、私たちの旅にも都合がいいです。
私たちは2日かけて、王都へ到着しました。ウィスタリア王国の王都も豪華な建物が多く素敵でしたが、ハデゲ王国の王都は、巨大な建造物こそないものの人々がお互いに笑いあい、和気あいあいとした雰囲気でした。それだけでも、ウィスタリア王国の王都そのものがハリボテだったような気がしてきます。実際、ハリボテだったかもしれません。
「ここの人たちはみんな生き生きとしてるね」
「これを見ていると、ナトリのパパの言ったとおりにしてよかったと思うのだ」
「あたしもよ。最初は死にたくなかったからアリサについて行ったけど、今ではこれでよかったと思えるわ」
ナトリとメイも、それぞれの感想を述べます。
私たちは王城へ入ります。ウィスタリア王国の王城ほど立派で巨大な城ではありませんでしたが、大きなドクロのモチーフが光っていて、黒いレンガと白いレンガが交互に積まれた城壁の所々から見えるヒビや雑草が、歴史ある建物であることを思わせました。




