第67話 国境近くの町まで来ました
「‥じゃあ、早速御者のところへ行って、ここを離れよう。アリサ様も馬車の中で休まないと」
「そうだね。でも」
私はそう言って、ふわりと浮き上がって兄弟たちのほうへ移動し、2人の全身に回復魔法をかけてあげます。
「‥なっ、なぜ敵を回復する!?そんなことをしたら‥!」
ラジカが驚いて言いますが、私は首を振ります。
「もう大丈夫。この人達、悪い人じゃないから」
「攻撃してきた人はみんな敵だけど!」
「でも、この人達はさっき私に降参を勧めた時に、怪我の治療をしてくれると言ってくれたの。じゃあ、私もしてあげないと」
「それはそうだけど‥‥」
それで兄弟たちが目を覚まします。
「う‥ううっ‥」
まず兄が身を起こして、周囲の地形が変わっていることに驚きます。大量の音速を超える水鉄砲により、平坦だったはずの周囲は、険しい岩場のように変わっていました。次に、自分たちの前に、浮いて治癒魔法をかけてくれる私がいるのに気付きます。
「大丈夫ですか?」
治癒魔法をかけ終わったので、私は2人に優しく聞きます。
「ふふ‥どうやら私たちの負けのようだな。弟君よ」
「‥そうだな、兄君よ」
弟は、仰向けに身を横にしたまま答えます。
「アリサ、早く逃げて!!」
後ろからメイの叫び声がしますが、兄は笑いながら首を振ります。
「大丈夫だ。私たちは負けた。もう攻撃しない」
そう言って、弟と一緒に立ち上がります。
「礼儀正しいんですね」
私が言うと、当然というように胸を張ります。
「ハラス様は、礼を重んじ、卑怯な行いを嫌う。私たちはそんなハラス様を尊敬し、弟子入りした。そんな私たちが、師の教えを破ることはしない。なあ弟君よ」
「ああ、兄君よ。あの結界は、今でも信じられないが、興味深い技だった。私たちは敵からも謙虚に学ぶ。まだまだ私たちは弱い。勉強させていただいた」
敗北者とは思えないほど、堂々とした態度でした。
「私は考え方を変えるつもりはないが、テスペルクを我々に勝った対戦者として畏敬の意を込めて送り出したい。異存はないか、弟君よ」
「ああ、兄君よ。問題はない」
「私も大丈夫ですよ」
「ちょっとーーー!!!」
後ろからメイが突っ込みます。
「アリサ、何言ってんの!これはスポーツの試合じゃないのよ!本気の殺し合いよ!なんでそんな提案、あっさり受け入れるの?おかしいでしょ!?」
「大丈夫ですよお姉様、この人達は礼儀正しくて」
「そういう問題じゃないでしょ!!」
私とメイの掛け合いを聞いていると、兄はふふっと笑います。
「確かに私たちの考え方は世間とずれているかもしれんな」
それを聞いて、私は聞き返します。
「‥ねえ、ハラスさんって、どんな人ですか?」
「ああ‥このウィスタリア王国で一番強く、王国最後の忠臣であり守護神で、悪を大いに嫌う。それでいて、敵味方問わず礼儀正しい。仁・義・忠を貫くお方だ。私たちはハラス様を尊敬している」
「‥そうですか、すごい方なんですね、私も一言お話してみたいです」
戦いは終わりましたし、これ以上ハラスを否定する意味もないでしょう。私は2人と同じく、空を仰ぎます。雲1つない真っ青な空が広がっていました。
「‥あっ、もうすぐ昼だ、急がないとまた次の町で泊まれなくなっちゃう!」
「ハールメント王国との国境は紛争が繰り広げられていて危険だ、深夜ならまだ安全な方だろう」
兄のほうからアドバイスをもらいましたが、私は。
「いいえ、馬車で向かっているので、危険なのはちょっと‥。私たちは今はハデゲ王国のほうへ向かっているんです」
「ああ‥そういうことだったら‥‥」
兄が申し訳無さそうに言います。
「ここからハデゲ王国の方面まで、人が寝泊まりできるようなところはほとんどない。野宿しても構わないのならそうすべきだが、馬車で行くなら次に泊まるべきはノミルという町だ。そこに行くまでに丸一日かかる。今から行くなら、また宿屋に泊まれないだろう」
「あっ‥‥」
「このユハでもう一回泊まるというのはどうだ?」
またこのユハの町みたいなことになるのでしょうか。私はラジカやメイたちのところへ行って相談します。
「あ、あたしは野宿は嫌よ!?」
「この時間ならユハの宿屋にも泊まれるだろうけど、確実にあの兄弟に乗り込まれる‥」
「いや、それはないんじゃないかな」
相談している最中、ナトリが指摘します。
「あの兄弟の家に泊まったほうがいいんじゃないのか?」
「な、何言ってるのナトリ!?あ、あたし、またあの帽子をかぶるの!?」
「ナトリはそれはないと思う。話を聞く限り、あの兄弟のことは信頼できる。それにテスペルク、自分の服を見てみろ」
「あっ‥」
言われて私は自分の服を見ます。回復魔法は服の血までは消してくれないので真っ赤です。これでは宿屋に泊まったところで注目を集めますし、怪しまれてしまいます。
話し合った結果、ラジカもついに諦めたのか荒ぶるメイをなんとか黙らせて、兄弟たちの家にもう一泊させてもらいました。服も洗濯してもらいました。
「お世話になりました。それでは、行ってきます」
「ああ、元気でな」
「また戦いたいならかかってこい」
「はい!」
兄弟たちに挨拶をすませて、私は馬車に乗ります。馬車はノミルの方向に向かって、山道を登り始めます。
登り始めたばかりの朝日が、私たちの馬車を後ろから照らしていました。
◆ ◆ ◆
ノミルの町では、特に何事もなく宿まで辿り着きました。
ノミルはハデゲ王国との国境ギリギリにある小さい町です。ギリギリなら今すぐ越境しちゃおうとメイが言いましたが、御者が言うには、昼間以外は国境が封鎖されているとのことです。ノミルに着く頃にはもう暗くなっていたので、越境は明日におあずけになりました。
国境まではすぐ行ける距離だとのことなので、馬車は私たちを置いて明日からギフの町へ帰途につくことになりました。ここまで送ってくださりありがとうございます。
「さて‥」
宿屋で、ラジカがテーブルの上に地図を広げます。
王都カ・バサからギグノ、デ・グ・ニーノ、ホニーム、イクヒノ、ギフ、ユハときて、ノミルです。
「予定より1〜2日遅れたけど、逃走の旅も明日国境を越えるまで」
「長かったわね」
メイが地図を見て、ほっと一息つきます。
「それにしても、この町の宿駅にはいっぱい馬車があったね」
私がふと、思っていることを口にしてみます。そうなのです。馬車をとめるときに気付いたのですが、他に多くの馬車がまた、この町へ向かってきていました。
「他にも越境したがる人がいるんだろう。ナトリみたいな境遇にいる人が、亡命したがっているのだ」
ナトリが腕を組んでうなずきます。心なしか、ノミルの町は規模が小さい割に、そこそこの人がいて盛り上がっているようにも感じました。
翌朝、私たちは早朝に宿を出ます。国境までは歩きです。
みんな、緊張していました。私が王都から逃げ出して8日目、逃走の旅ももうすぐ終わりです。でも、まだ逃走が終わったわけではありません。最後の最後まで気を緩めてはいけません。
国境では案の定、検問のための列ができています。しかし検問はまだ始まっていないようで、みな、馬車の中で寝たり、馬車を持たない人は地図や本を広げたりするなど、誰もがリラックスしていました。それが私たちの狙いです。
私は指名手配犯ですから、検問ですぐ見つかってしまいます。なので私1人だけ、誰にも気付かれないように床の高い幌馬車の下に隠れて、幌馬車の床の裏にぺったりくっついて国境を通過する作戦でいくことにしました。他の3人は徒歩での越境組として列に並びます。




