第65話 ハラスの弟子と戦いました(1)
翌日の早朝。私たちは「帽子の話をしよう」と兄弟たちに言われたので、2人についていって家を出ます。
「時間がかかりそうだから、他に同行者がいれば声をかけてくれないか」と言われました。馬車で来たこともしっかりばれていたのです。馬車の御者に挨拶して勝手に帰らないようお願いした後、私たちは町の外へ出ました。うーん、妙に礼儀正しいし気配りされているんですよね。敵?同士なのに。この違和感がどうにも拭えません。
ユハは山地の中にある都市だけあって、町の外には険しい道が続き、山々がそびえ立っています。
街道を外れ、大きく開けたところへ行きます。学校の運動場くらいの広さでしょうか。周りは岩場に囲まれています。
「ここは、私たちが日頃特訓している場所だ」
兄弟の弟のほうがそう言います。兄がメイを手招きしますが、メイは怖がって行こうとしません。
「‥‥行こう」
ラジカがメイの手を握ります。
「ち、ちょっとラジカ、あたしは行きたくなんか‥」
「行こう。アタシがついてあげる」
「で、でも、そんなことしたらラジカまで殺される‥」
「アタシはいいから」
メイの手をくいくい引っ張るので、それでメイは諦めてラジカと一緒に兄の方へ行きます。
「お前、何が目的だ?」
ナトリが息巻きます。兄はメイの肩に手を置きます。
「‥さて」
兄がメイの帽子をなでて、話し始めます。メイがぴくっと動いて逃げたそうにしていたので、ラジカはメイの手を強く握って離しません。我慢できなくなったのか、メイはラジカに抱きついて、涙目で兄を睨みます。
それを見てか見ずか、兄は続けます。
「アリサ・ハン・テスペルクよ。この帽子をとってほしければ、私たちと戦ってくれ」
「‥‥えっ、私ですか?」
私は前に一歩進みます。
「おい、罠じゃないのか!?」
後ろからナトリが叫びますが、私は首を振ります。大体わかったかもしれません。メイを人質にとっておいて、昨日の兄弟は本当に優しくしてくれたのです。布団もふかふかでしたし、食事もおいしくて、お風呂も快適で、今私たちが体調を崩してないということは毒も入っていないのでしょう。
この兄弟たちは、私と勝負したかったのです。私に相手が務まるかわかりませんが、やるしかありません。
「その代わり、私たちに負けたら君にはおとなしく出頭して罰を受けてもらおう」
「分かりました」
私は即答します。
「まっ待って、私を人質に取るような奴らよ?そいつらと戦ってまともに勝てるわけないんじゃないの!?」
メイが怒鳴りますが、そこに兄が再びメイの帽子に触れ、そして取り上げます。
「!!?」
自分の頭を何度も手で触って確認したメイは、今度はラジカの体に隠れるようにして兄の顔を覗き窺います。
「こんなものがあっては、テスペルクも平常心では戦えないだろう。そうだろう、弟君」
「うむ。これで私たちも心置きなく戦えるというものだ、兄君」
「ま、待って!じゃあどうしてそんな恐ろしい帽子をかぶせたの!?おかげであたしは一睡もできなくて‥‥」
メイがわめくと、兄はあっさりメイに頭を下げます。
「迷惑をかけたなら申し訳ない。もともと人質はとらないのが私たちのモットーだ。弟の失言により、君たちに逃亡のおそれがあるため、やむなく人質に取らせてもらった」
「は、はぁ‥‥」
予想もできなかった謝罪でメイも何がなんだかわからないらしく、生返事しかできません。
兄は頭を上げると、メイやラジカに話しかけます。
「君たちはどこか安全な場所に隠れていなさい。ここは危険だ」
そう言うので、2人は広場の端まで走って、岩に登って座ります。
「さてと‥ん?もう1人いるではないか、君も隠れたほうがいい」
兄が、今度は私の前に立っているナトリに呼びかけます。
「何を血迷ったことを!ナトリはテスペルクのライバルなのだ。お前たちがテスペルクと戦うのなら、まずナトリを倒してからにしろ!」
「無茶を言うな。君はテスペルクより弱い」
「な、何だと!?では行くぞ!うおおおおお!!!」
ナトリは侍らせている使い魔のドラゴンの子供と一緒に兄弟のほうへ殴りかかりますが、弟がドラゴンを、兄がナトリを拳1つで地面に叩きつけます。
「くはっ!?て、テスペルク気をつけろ、こ、こいつは強い!」
ナトリが腹を抱えて、よろめき立ちます。そしてなおも荒い息を出して、兄弟を睨みます。そこにラジカが歩み寄ってきて、ゴミを見るような目で一言。
「アンタ、おふざけかと思ってたら本気だったのね。ちょーダルいんだけど。邪魔だからこっち来て?」
「な、何だと、このナトリに指図するな、外野は黙ってろ!」
ナトリはそう言いながらラジカに引きずられます。ドラゴンもそれについていきます。兄弟の前にいるのは、私1人だけになりました。
兄弟たちは身構えて、私に言います。
「私の名はクァン・デ・ヴォルト。そして弟君の名はサビン・ド。2人とも、ウィスタリア王国の忠臣・ハラス様の弟子である!」
「ハラス様の弟子‥ハラス‥って、確かウィスタリア王国最後の忠臣といわれれた神獣のことですか?」
デグルや、ホニームの司祭に言われていた話を統合します。ハラスはそんなに、ウィスタリア王国にとって重要なお方なのでしょうか。
「うむ。その神獣の特別な力の一部を授かったのが、我々弟子たちだ!弟子は、この国を守り、正義を守るためにあるのである。君はこの国にとって脅威となるため、ここで排除する」
その兄弟の言葉に、私は引っかかりを感じます。
「えっと‥‥待ってください。この国は暴政によって苦しんでいる人達がいるんです。それが正義なのでしょうか?」
おそらく、今までの私だったら絶対こんなことは言いませんでした。私は政治に関心がありませんし、学校の授業もよく聞いていませんでした。でも、この亡命の旅で色々なものを見て、どうしてもこの国は正義ではないと思わざるを得ませんでした。困っている人たちを助けてあげたい。そのためにどうすればいいのかわからないけど、今の国のあり方に正義がないことは確かです。
兄弟は私の問いに答えます。
「確かに最近の国政には思うところがないわけではないが、あくまで今の国を滅びないよう守りつつ、政治をもとに戻す。この国はまだやっていける。それが、ハラス様のお考えであり、弟子たちの共通見解でもある」
「た、確かに滅びるよりはそっちのほうが平和だと思いますが、本当にあんな王様のもとで実現できるのですか?滅ぼすしかないんじゃないですか?」
「‥‥テスペルクよ。私たちはハラス様とこの国に絶対的な忠誠を誓っている。ここから先は言葉は要らない。力で示せ。参る」
そう言ったかと思うと、兄は両手を合わせ少しずつ引き離していきます。その手と手の間に、少しずつ光が集められていきます。なにか呪文を唱えています。
いけません、攻撃されます。攻撃し返さないと、殺されてしまいます。そう思った私が足を一歩踏み出すと、視界に突然弟が飛び込んできます。
「これでも喰らえええ!!!」
弟の握りこぶしが、私の胸を襲います。その拳のスピードに合わせて私は浮遊の魔法を使って後ろへ吹き飛びます。
「アリサ!」
私が飛ばされたと思ったのでしょうか、メイが叫びます。空中に浮いて逆さまになった私は、にっこりとメイに返事します。
「大丈夫です、お姉様」
「アリサ、危ない!次が来るわ!」
その言葉と同時に、兄が手の中に込めていた魔力が放たれます。
光の鋭い槍が、反応できない速度‥音速の雷となり、私に迫ってきます。はっとして私は避けようとしますが、槍は私の肩に突き刺さります。
「う、あああっ!?」
全身に電流が走るようです。肩から血しぶきが溢れ出ます。
「アリサーーーっ!!!」
「テスペルク!!」
メイとナトリの悲痛な叫び声がこだまします。




