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第64話 兄弟に捕まりました

ユハに向かう馬車の中で、私は外を眺めながらぼーっとしていました。あたりには畑や森林が広がっています。もうすぐ途中の村を通過するのでしょうか。


「どうしたテスペルク、考え事か?」


ナトリが声をかけてきます。


「うん‥ちょっとね、私は困ってる人たちに何もしてあげられないのかなって」


悔しさが紡ぐ言葉でした。実際、私はホニームで救世主と言われたのですが、そのくせ、イクヒノでは町の人が全員自殺するのを止められませんでしたし、ギフでの反乱の手伝いもできませんでした。

この逃亡生活でクァッチ3世の苛政の犠牲になった人を何人も見てきました。デ・グ・ニーノからホニームへの道で出会った貴族たち、ホニームの宿屋の店長。そしてナトリの父が言っていた人たち。

ナトリはすねたように言います。


「見上げたもんだな。このナトリを差し置いて救世主になったくせによく言う」


そう言って、椅子の背もたれに背中を預けます。


「ちょっと、ナトリ、なんてことを言うの?」


メイが抗議します。私はナトリの挙動を確認した後、再び窓の外に視線を落とします。


「ラジカから聞いた」

「えっ?」


ナトリのほうから切り出してきます。


「この世にはもう1人、救世主がいる。魔王のことだろう。テスペルクが魔王と再び交わった時、この国は滅び、万民を救う新たな世界が開かれる」

「‥‥‥‥」

「テスペルクが魔王と組む意味が分かるか?」

「分からない」


私は投げやりに答えます。ナトリはそんな私の頬を軽くつまみます。


「魔王は魔族の国のトップで、大勢の兵を動かせる立場にある。魔王が救世主になることの意味がわかるか?」

「えっ?」

「‥‥戦争だ」

「えっ!」


私はびっくりして、ナトリを振り向きます。ナトリは私をライバル扱いしているときとはまた違った、どことなく真剣な顔で、私の目を見ています。


「せ、戦争したら、みんなの生活はもっと苦しくなっちゃう‥」

「そうでもしないと救えないということなのではないか?」

「‥‥‥‥」

「世の中には話し合いで解決できないこともある。経済制裁や各規制などの手段もあるが、最終手段として暴力に訴え出なければいけない場合がある。民を救うための戦争は、過去にも例がある。ウィスタリア王国の前身となる国でも、過去にそういった内乱の例はあった」


ナトリは魔法一筋な私と違って歴史や公民、政治学をよく学んでいて、そちらの成績も私より上です。そんなナトリが言うと、説得力があるように感じられました。


「ウィスタリア王国に対して戦争を起こすことができるのは魔王だけだ。テスペルクは魔王と同等かそれより強い。そして、魔族ではなく人間だ。テスペルクには、テスペルクにしかできないことがあるはずだ」

「私にしかできないこと‥‥」


私は目をつむります。私は人間なので、魔族や魔王よりはウィスタリア王国の人と仲良くできるかもしれません。実際、魔王ヴァルギスの母で先代の魔王であるルフギスによる度重なる侵略と残虐な行為の影響で、今でも魔族のことをおそれ憎んでいる人間はまだいます。魔王が戦争するのなら、私は、そうした人たちと魔族との架け橋になるのかもしれません。

しかしこの考えは、魔王がウィスタリア王国に攻め込むことを前提にしています。

この問題を解決するには、戦争しかないのでしょうか。私の心は揺れ動きます。


◆ ◆ ◆


ギフで元領主と話していた時間もあって、ユハに到着したのは夜遅くでした。すでに馬車は宿舎におさめられています。

夜遅くなので、空いている店も、受付をしている宿屋もあまりなく、受付をしていた宿屋はどれも宿泊料が高額だったり、大人向けの宿屋だったりしました。ていうかこの世界にもそんなのってあるんだ。


「まあ、逃亡生活でもともと宿屋に泊まるほうが間違いでしょ。野宿しよう」


町中の道を歩きながらラジカがあっさりそう言うと、メイは反対します。


「イヤよ!野宿って魔物がうようよいる場所で寝るってことでしょ?怖いよ」

「アリサ様の結界があるから大丈夫」

「それでも怖いものは怖いのー!」


その横でナトリは腕を組んで何かを考えている様子です。


「‥‥宿屋も野宿もダメなら、民家に泊まればいいのだ?」

「そうよ、それがいいわ!」


メイが言うと、ラジカはため息を付きます。


「メイらしくない。宿屋と違って民家は家人と顔を合わせる機会も多い。アリサ様の顔はすでに国中に知られているからすぐばれる。野宿のほうがいい」

「えーっ、でもアリサの顔を隠せばなんとかなるんじゃないの?」

「はぁ‥」


その時、私達の前を2人の男が通りかかります。あまり立派な服は着ていませんので、平民でしょうか。


「もし、女だけで夜道を歩くのは危ないぞ?」


その2人のうちの1人が声をかけてきます。薄暗いので顔はよく見えませんが、逆に言うと私の顔も見えづらいということでしょう。2人の雰囲気はよく似ています。兄弟なのかもしれません。

メイは「顔が見られるから隠しなさい」と私に耳打ちしてから私の体を手で押しのけ、前に出ます。


「すみません、私たちは旅人ですが、宿もなく困っています。泊めてくれませんか?」

「泊めてくれだと、どうする兄君」

「いいだろう、弟君よ」


本当に兄弟だったようです。私たちはお言葉に甘えて、その2人のあとについて行きました。


◆ ◆ ◆


その家は、貴族が住むような立派な家でしたが、あまり大きいものではありませんでした。貴族の中でも身分の低い方なのでしょうか。使用人も家族もほぼいなく、兄弟と使用人の3人だけで住んでいる様子です。そして兄弟はなぜかスキンヘッドでした。

明かりのついている家の玄関に入ると、私は顔を隠すようにそっぽを向きます。それを見た兄弟の弟のほうが笑って言います。


「がっはっは、君は指名手配されているアリサ・ハン・テスペルクだろう?」


私ははっと驚いて、兄弟を向きます。ナトリもメイもラジカも、その一言で構えます。


「弟君よ、今は気付かないふりをするところだろう」

「ああ、そうであった、すまない兄君よ。‥‥こうなった以上は仕方ないな。この家に泊めてやるが、君たちを国に引き渡すかどうかは俺たちが決める。‥よし、そいつにするか」


と、弟のほうがメイの腕をがしっと掴みます。


「いや、触らないで!」


メイの抵抗もむなしく、メイの頭に赤と黄色でできたサテン丸帽子のようなものがかぶせられます。


「な、なにこれ、取れない!!」

「‥この子は人質だ。君たちの1人でもこの家から逃げたりしたら、帽子がこの子の頭を強く締め付ける。それで、頭は粉々に握りつぶされて死ぬ」

「そんな‥嘘でしょ‥」


メイは顔を青ざめて、帽子を触る手を離して、そのままふらふら歩いて壁にぶつかります。


「お前‥‥!おいテスペルク、何とかできないのか?」

「おっと、魔法を使った瞬間にも作動するかもよ?」

「よくも‥‥!」


慌てる私たちを少し眺めた後で、2人は急にニコニコして言います。


「‥だが、私たちは君たちを客人として歓迎する。今夜はここで休み、帽子のことは明日話そう。なあ、兄君」

「そうだな、弟君。君たちはここで一晩ゆっくりしてくれ」

「は、はぁ‥‥」


さっきのシリアスな話との落差に私たちは豆鉄砲を食らったような顔をして、でもメイの命を質にとられてしまった以上何もできなくて、お言葉に甘えて泊まるしかできませんでした。


「う、ううう‥‥」


大部屋で夕食を食べる時のメイは涙目でした。スプーンを持つ手が震えてしまい、なかなか食べられません。


「あたし、死ぬんだわ‥ここで死ぬんだわ‥‥」

「自業自得。だから野宿にしておけと言った」


ラジカは冷静に返して、兄弟はこれ以上何もしないと見たのか毒のことも気にせず平然とご飯を食べます。冷酷にも見えます。

ご飯には兄弟も同席して、「これはうまいぞ」「これを食って力をつけろ」「今までの旅の話を聞かせて欲しい」などと話題を振ってきましたが、私たちはあまり答えられませんでした。

むしろ、メイを命の危機に晒しておいて、わざわざ私たちをもてなす意味が分からず、不気味に感じて戦慄していました。兄弟たちも途中でそれを理解してくれたようで、以後は黙って入浴や就寝などの世話をしてくれました。洗濯するから服を交換しようと言われた時は、さすがに断りましたけど。

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