第63話 救世主はつらいです
「お、おい!!」
ラジカの言葉に反応したのは、ナトリでした。
「なぜテスペルクが救世主なんだ!?このナトリではないのか!?」
「まーまー、神託は神託だし、そこで張り合わなくていいんだわ」
喫茶店の客の中に聖職者もいたらしく、この話を聞いた僧侶らしい格好をした女性が声高に言います。
「そういえば、今日この町へ救世主が来られるという神託を聞きました。テスペルクさん、あなたこそがその救世主だったんですね!?」
「おお、救世主のことは私も聞いていましたが、あなたがそれだったんですね!?」
僧侶や男にそう迫られ、私は困った顔をします。他の客たちは、真剣な顔で手を組んで私に祈っています。
「ラジカさんの言う通り、受けるべきではないわよ」
「些事に拘らない。中途半端に助けても、逆に迷惑を掛けるだけ」
後ろからは、反対する私の仲間たちがいます。
えっと、この状況、どうしたらいいんでしょうか。
「‥でも私たち、イクヒノの町のことも見てきたし、できることがあればやりたいと思うんだけど」
私は仲間に反論する方を選びましたが、反応は冷めたもので。
「想像して。反乱を起こして王国に制圧されるまでに高々数ヶ月。ここの住民たちや領主さんはまず皆殺しになるけど?」
「それでも構いません。今の領主に反逆心を持っていることを示したいのです。それが私達にできる唯一の抵抗であり、国に対する政治的表明です」
男が反論しますが、ラジカは首を振ります。そして、もう一度私を見ます。
「アリサ様にとって、この人達を助けても助けなくても同じ、どうせみんな殺される」
「でも、結果が同じになるんだったら、何もやらないよりいいんじゃない?」
「一度助けると、みなはまたアリサ様が助けに来ないかと期待する。それでアリサ様が助けに来なければ、アリサ様はこの町を見捨てたと言われる。あらかじめ最初の1回だけと決めていたかは関係ない。民衆は理性ではなく感情で動くから。この町の歴史に、アリサ様の名前がアフターサポートもできない救世主として刻まれるだけ。王国によってプロパガンダに利用される可能性もあって、ギフだけでなく他の町も悲劇に巻き込むことになる。それこそ、助けないときより悪い結果だと思うけど?」
私はうつむきます。両手にぐっと力を入れて、肩を震わせます。
「助けたい人が目の前にいるのに、助ける方法があるのに、助けられないなんて‥‥」
「アリサ様‥‥アリサ様から言えないなら、アタシが代わりに言う。みんな、この話はなかったことにしてほしい」
領主だった男も、周りの人たちも、みな静まり返ります。喫茶店に重苦しい雰囲気が流れます。
「‥‥‥‥分かりました。私たちにはあなたに無理強いすることもできません」
元領主の男は肩を落として、にこっと笑いかけました。作り笑顔だったことは、すぐに分かりました。
「ごめんなさい‥‥お力になれず」
「いやいや、こちらも突然のお願いでしたから‥‥」
「‥‥みんな、行こう」
いつまでもこんなところにいても、逆に前の領主さんと町の人達を苦しませるだけです。そう思った私が椅子から立ち上がると、前領主の男がつなぎとめるように声をかけます。
「みなさん、魔族の国に向かっているのでしょう。よければ、国境近くまで馬車を手配いたしましょうか?もちろん御者も私の仲間です」
「本当ですか、ありがとうござ」
その私の言葉をせき止めるように口をふさいでくるのはメイでした。私はその手を剥がして、メイに怒ります。
「どうしましたか、お姉様?」
「作戦会議よ。アリサの首には賞金がかけられているの。あの人たち、反乱ができないと分かったら、今度は金目当てに襲ってくるかもしれないわ。アリサも安易に返事しないで、少しは考えなさいよ」
私たちは円陣を組んで話します。
「えー、そんな!あの人たちはいい人ですよ?」
「自分が生きるためだったら、いいも悪いもないわ。恒産無くして恒心無し、というじゃない。ラジカ、ナトリ、私に賛成よね?」
ラジカもナトリも、黙ってうなずきます。
「ほら!2人ともこう言ってる。自分の首に1億ルビがかかってることをもっと自覚しなさいよ!」
「ううっ、わ、わかりました、お姉様‥」
私は半分涙目で答えます。でもメイは一転、恥ずかしそうな顔で続けます。
「‥‥でもあたしは野宿も嫌だし、体が勝手に歩くのも気持ち悪いから嫌だし、馬車には乗りたいわ‥‥」
「テスペルクの姉よ、体が勝手に動くとは何なのだ?」
「あなた、確かナトリよね。ナトリには後で説明するわ。‥あたしは、馬車に乗りつつ御者の様子や道が違っていないかを交代で見張るのがいいと思うんだけど、どう?」
「アタシも賛成」
「う〜、それでみんなが納得できるならそうします、お姉様」
作戦会議も終えて、私は元領主の男に改めて返事します。
「失礼しました、ぜひ馬車に乗せていただきたいです」
「ああ、よかった。私も、魔王に比肩する実力を持ったあなたのお手伝いができて嬉しいです。早速手配しましょう」
私たちは男と一緒に喫茶店を出て、手配してもらった馬車に乗ります。私の協力が得られないと知った兵士たちはみな、残念そうに落ち込んでいました。それを男は、「私と同じように困っている人が、この国には多くいます。私たちだけが独り占めしてはいけないということですよ」と、何度も説いていました。本当にごめんなさい。
「もしあなたが神託にあった救世主であれば、ぜひこの国を良い方向に導いてください。あなたがたの亡命の成功を祈ります」
馬車に乗る時に、男からこう挨拶されました。
「‥‥私は救世主だって他の町でも言われましたが、私なんかにつとまるのか不安で‥この町1つ助けることもできず、ごめんなさい」
深々と頭を下げると、男は笑って答えます。
「いいえ、小義を捨てて大義を得るといいます。私もあなたの決断を理解しています。お決めになったからには、こんなたった1つの町にこだわっていないで、他の町を‥‥この国全体を救ってください。どうか、お願いします」
「私が‥国全体を救う‥‥」
逆に深く頭を下げる男を見て、私は混乱してしまいます。
「ほら、さっさと乗るわよ」
後ろからメイの声がします。
「は、はい、お姉様。それでは私はこれで」
私も馬車に乗ります。馬車のドアが閉まります。
馬車はユハの町に向かって出発します。ハデゲ王国に向かうにはギフからユハへは少し遠回りになるのですが、馬車も通れるように山道が整備されているのはユハ方面なのです。
元領主とその取り巻きは、馬車が見えなくなるまで、その後ろ姿を見つめていました。
◆ ◆ ◆
最近のクァッチ3世は、王城の近くにあるハール・ダ・マジ宮という8階建ての高く立派な宮殿に籠もりきりで、王城の大広間に行く回数は減っていました。この日も、宮殿でシズカと取り巻きの家来たちと、大きなパーティーを開いて遊んでいました。
「申し上げます」
1人の兵士が、パーティーの最中に3世へ注進します。3世は少し苛立った様子で答えます。
「何だ、せっかくのパーティーの雰囲気が台無しではないか‥申してみよ」
「ははっ、王城の司祭が、至急申し上げたい神託があるとのことです」
「なんだ、それはパーティーを中断してまで聞くものなのか?」
「可及的速やかにとのことです」
「むむむ‥‥面倒だ、司祭をここへ呼べ」
「ははっ」
数時間して、3世も酔いが回ったところへ司祭が駆けつけてきます。3世は別室で、司祭の話を対面で聞いてやります。
「それで、神託とは何だ?」
「はい。信託によりますと、現在逃走中のあのアリサという女が救世主とのことです」
「‥‥‥‥ヒック」
酔いで横隔膜が痙攣したようで、しゃっくりが出てきます。それを眉をひそめながら見て、司祭は続けます。
「そして、ここからが重要です。アリサともう1人の救世主が交わりし時、この国は滅亡し、万民を救う新たな世界が開かれるとのことです」
私がホニームで聞いたのと内容は同じです。同じような神託が、各地で出てきているのでした。
「バカバカしい、あんな虫けら一匹に何ができるというのか」
「あの女は魔王と同等の力を持ち、しかも魔王と親しいと聞きます。2人が手を組む時、この国は滅亡するとの神託です。これを避けるためには、今すぐ悪政をやめ、みなのための正しい政治を‥‥」
そこまで言った時、3世は手持ちの盃を司祭に投げつけます。
「聖職者ごときが政治を語るというのか!」
「お言葉ですが、私は王城お付きの司祭でございます。神託に基づき政治の助言をするのが仕事でございます」
「黙れ。お前は、この1000年以上続いている頑健な国が滅ぶなどと口から出任せを言った!そんなことなど実際には起こり得ない。神に名を借りれば何でも言っていいわけではないぞ。何が目的か?権力か?おい、誰かこいつを縛り上げろ!」
兵士たちが出てきて、司祭の体を縛ります。
「こいつを今すぐミキサーにかけろ」
「王様!」
司祭が怒鳴りますが、3世は無視します。抵抗する司祭は兵士に引きずられ、その日のうちに殺されました。
大量の誤字報告ありがとうございます!
濁点って本当に難しいです‥‥。




