第62話 反乱を持ちかけられました
一方、ここはエスティク魔法学校。寮ではただ1人残されたニナが、自室で手紙を読んでいました。
私がクァッチ3世に謁見するためにエスティクを発つときに書いた置き手紙、そしてナトリが両親から呼ばれてギフまで早馬を飛ばす時に書いた置き手紙。そのどちらにも、「しばらくいなくなります。すぐ戻るから心配しないでください」ということが書かれています。
「はぁ‥‥」
ニナは手紙の他に机の上にもう1枚ある紙、私の指名手配書を眺めます。
アリサ・ハン・テスペルク。賞金1億ルビ。生死問わず。
「一体何やったの、アリサは‥‥ナトリも何があったのよ‥‥」
ラジカもまおーちゃんも、ここ数日姿を見ていません。まおーちゃんの取り巻きが、自分以外全員いなくなってしまったのです。ニナは妙な胸騒ぎがします。
その時、ドアのノックがします。「書留です」という声が聞こえてきたので、ニナは「はーい」と返事してドアを開け、手紙を受け取ります。
机に戻ってその便箋を開けます。
「‥‥‥‥ハラス様?」
ニナは、ハラスから届いた手紙を読み始めます。
◆ ◆ ◆
さて、クイズです。私たちは今、ギフの町で何をしているでしょう?
エスティクに次いで王国4番目の都市といわれるギフは山に囲まれていて、あちこちに坂道や階段があります。そのわりには人口も多く、特産物もあり、けっこう栄えています。重要な都市はそのぶん、警備も厳しいわけです。
私たちは町の中で、兵士たちに囲まれていました。
「アリサ、早く逃げないと!」
メイが慌てだしますが、私もラジカもナトリも落ち着いています。というのも、兵士たちの様子がおかしいのです。
デ・グ・ニーノやナトリの関所で囲まれるときは、兵士たちがみな武器を構えて、私たちを円状に囲んでいました。ギフの兵士たちは武器はあるけど私たちに向けたりせず、しかも決まった形に整列していません。まるで、私たちがここにいたからなんとなく集まったみたいな感じなのです。
「は、早く逃げて!何もたもたしてるの!?」
メイが騒ぐと、兵士の1人が話しかけます。
「静かに。私たちは、あなたを捕らえに来たわけではありません」
「え、違うの?」
「はい。私たちは、あなたをある場所に連れて行って人に会わせるよう、命令されています」
「え、いーけど‥」
私がすんなり応じると、ラジカが私を手で制します。
「‥アタシはアリサ様の付き添いのラジカだけど、アリサ様に付いてきてほしければ1つ条件があるんだよね」
「えっ、条件って何?ラジカちゃん?」
聞き返したのは兵士ではなく私でした。
「んーと、アリサ様とアタシたちに結界を張らせて欲しい。いつ槍が降ってくるか分からないし」
「そんな、大げさだよラジカちゃん」
「アリサ様こそ、気が緩みすぎ。アタシたちはあくまで逃走生活中の身」
「あ‥うん、そーだね」
兵士たちもOKの様子だったので、私の体の周りに直径2〜3メートルくらいの結界を作っておきます。ラジカやメイも結界に入ります。
「ナトリも結界に入って」
ラジカが呼びかけると、ナトリは私を指差します。
「おい、テスペルク!このナトリに結界の硬さで勝負を挑むというのか!いいだろう、このナトリも独自の結界を作って対抗し‥うわっ!?うわわっ!!」
ラジカがナトリの腕を引いて、無理やり結界の中に入れます。
「敗北だ‥テスペルクの結界に守られるなど、ナトリの敗北だ‥‥」
ナトリはそう言ってしゃがんでべそをかいています。メイがラジカに小さい声で尋ねます。
「‥‥ねえ、ナトリさんってああいう人なの?」
「‥うん、あれがいつも通り」
こうして私たちは兵士に案内されるがままに進み、1つの喫茶店に入りました。高貴なわけでもみすぼらしいわけでもなく、ごく普通の平凡なお店といった感じです。
「毒が盛られるかもしれない。出されたものは飲んだり食べたりしないように」
ラジカがそう私に耳打ちしたところで、私の前に1人の男性が現れます。痩せた背の高い感じの男で、衣装も平民の着るような粗末な服とズボンでした。
「この人が、私に会わせたい人ですか?」
「はい」
兵士の1人が即答します。といっても、何の変哲もない平民の男性が、一体私に何の用でしょうか?
「そこにかけてください」
「あ、はい」
男に言われるがままに、私たちはカウンター席に座ります。
「何か頼みますか?」
「あっ‥私はあまり」
私が視線をずらして答えると、男はにっこり笑って言います。
「わかりました。私は何か頼みますね。店長さん、いつものをお願いします」
コーヒーを受け取った男はそれを一口飲んでから、カウンターに置きます。
「それで、用事って何ですか?」
私は恐る恐る尋ねます。男はふふっと笑って、続けます。
「君は、指名手配されているアリサ・ハン・テスペルクで間違いないですか?」
「は、はい」
「魔王を使い魔として召喚するほど高い魔力を持っているというのは本当ですか?」
「はい、えー‥‥魔王を使い魔として召喚はしましたけど‥‥」
私は普通に受け答えしますが、メイとラジカはまだ男のことを警戒している様子で、私の後ろから殺気を感じます。
ナトリは私の結界から外れるくらい離れた席に座ってしまったらしく、自分で結界を作って満足している様子です。
男は私の回答を吟味して、続けます。
「テスペルクさん。どうか手を貸していただきたいことがあります」
「手をって、何にですか?」
「はい。反乱です、私たちは反乱を起こそうと思っています。それに手を貸していただきたいのです。もちろん成功した場合はお礼をはずみます。ですから‥‥」
「えっ?」
いきなり突拍子もない事を言われてしまいました。反乱?反乱って、この町の支配体制が覆るということでしょうか?
「すみません、反乱ってどういうことですか?」
「失礼‥経緯からお話しなければいけませんね。まず、私は2年前まで、このギフの町の領主をやっていました」
この男は、2年前まで領主だったらしいのですが、王国4番目の大都市ということで、王都にいる重臣たちから何度も賄賂を要求されていたらしいのです。それを拒否したので、別の領主に差し替えられてしまいました。
新しい領主は、賄賂を支払うだけでなく私服も肥やすために、民に重税を課すようになりました。国税の吊り上げとのダブルパンチで、みな生活に苦しんでいるといいます。
「この町は一見うまく回っているように見えますが、それはここの住民たちが裕福だったからです。昔から積み上げてきた財産で、なんとかしのいでいるのです。今、それらの財産をことごとく徴収され、みなもう限界なのです。半年後にはその日の食事にも困るくらい落ちぶれているかもしれません。この町は大きな爆弾を抱えているのです」
「そんなことを突然言われても‥‥」
私ではなくメイが腕を組んで、ため息を付きます。
「えっ、困ってる人は助けてあげたいですよ?」
私が言いますが、メイは首を横に振ります。
「いい?仮に反乱を起こしたとして、その後はどうするの?王国はもちろん鎮圧しにくるでしょ?一方であたしたちには、ただ逃走するだけでなく、ハールメント王国へ亡命するという目的があるわけ。王国が鎮圧しに来た時に、アリサがこの場にいないとすぐ奪い返されるでしょ?」
「そこをなんとか。ギフの兵士のほとんどは、旧領主である私に同調しています。軍事力は万全です。反乱した後も、王国の主力を向けられない限り数ヶ月は持ちこたえられるでしょう」
「それだけの力があるなら、なぜ自分たちだけで反乱しないの?」
「領主の城には高度なセキュリティが施されていて、権限を持たない兵士たちでは太刀打ちできないのです。そこをテスペルクさんになんとかしていただくだけでいいんです」
男がそう言うと、喫茶店にいた他のお客たちも総立ちになります。
「!?」
それに気付いたメイが、ぴくっと動きます。
お客たちは、一斉に私に頭を下げます。
「お願いします、テスペルクさん!」
「う、うーん‥‥」
メイは頭を抱えます。私が「うーん‥‥」と迷っているのを見て、ラジカは席から立ち、私のすぐ近くまで来て言います。
「アリサ様は救世主って言われたんでしょ?」
「え、うん、そーだけど‥‥」
「じゃあ、この人達には申し訳ないけど断って?この国全体を救うという大きな目的のために、小さいことにいちいち拘ってはダメ」




