第59話 ナトリに捕まりました
私たちはイクヒノを出発して、ギフに向かいました。
坂道、山道が増えてきます。険しい崖に挟まれた道もありました。樹々の間を抜けて、ギフのすぐ近くまでたどり着いた頃には夕方になっていました。
「あれ?」
崖に挟まれるように、関所があります。柵の向こうに、中央に大きい穴のあいた3階建ての建物があります。関所の周りにはほぼ壁のように崖がそびえ立っていて、すり抜けることはできないようです。この関所を通らないと、ギフには入れないようです。‥でも、上空ならすり抜けられますね。
「空飛んですり抜けようと思うけど、みんなどーする?」
そう私が聞いた矢先に、関所の柵がひらいて、中から何人もの兵士が私たちを囲みます。
「空を飛ぼう」
ラジカが言ったので、私はみんなに浮遊の魔法をかけようとします。ちょうどその時、兵士たちの間をかき分けて、1人の腕を組んだ少女が姿を現しました。ライトグリーンの髪の毛。三編みのポニーテール。きりっとしまった瞳。学校の制服ではなく、肩に鉄でできた装備をつけ、胸にも鉄の板のようなものをつけています。鉄のスカートもついていて、武装しているようです。
その少女は、突然の登場にぽかんとしている私を、勝ち誇ったように指差します。
「おい、テスペルク!お前、牢屋から脱走して指名手配されたんだってな?このナトリがテスペルクを捕まえて、功をあげてやる。残念だがテスペルクの旅もここまでだ!」
ナトリでした。
「わっ、ナトリちゃんじゃん、久しぶりー!こんなところで何してるの?何でここにいるの?」
「お前を捕まえるために、親に呼ばれてエスティクから早馬で来たんだ。この関所はナトリの実家でもある」
「ねーねー、私たち、魔族の国に行きたいの。お願いだからここを通して、ねっ?」
私が友達に言うようなノリで言うと、ナトリは私を指差す手を下げて、怒鳴るように言います。
「ナトリはテスペルクに失望している。このナトリのライバルとしてふさわしいと思っていたが、どうやら見当違いのようだ。罪人になるだけでなく、脱走までするとはな」
「あ、あの、ナトリちゃん‥?」
「こいつを引っ捕らえろ!」
兵士たちが私たちに近付いてきます。
「ナトリちゃん‥!」
「アリサ様、逃げよう」
「ラジカちゃん?で、でもナトリちゃんが‥‥」
「アリサ、今どういう状況かわかってるの?あのナトリっていう人は敵よ、敵!」
「で、でもナトリちゃん‥‥」
そうやって私たちが兵士に距離を詰められている時。
「待ちなさい」
柵から1組の男女が出てきます。顔立ちや身長、高そうな服を着ているところから、ナトリの両親でしょうか。獣人で、ナトリと同じように、狐に似た耳やしっぽを生やしています。
「‥どうしたの、ママ、パパ?」
ナトリが振り返って聞きます。私たちを取り囲む兵士も立ち止まって、ナトリの両親に視線を集めます。
母は言います。
「この人たちを歓迎してあげなさい」
「で、でも、ママ!こいつらは罪人で!」
「いいから、もてなしてやりなさい」
「う‥ううっ、分かったよ、ママ‥‥」
ナトリはかくんと肩を落として、唇を尖らせて返事します。それから私をぴんと指差して叫びます。
「いいか!ナトリはお前らを許したわけじゃないからな!」
◆ ◆ ◆
関所の建物の3階は、ナトリとその家族たちの居住スペースのようです。そこは普通の屋敷の一室のようで、窓から見える風景が殺風景なことを除けば、壁画もありますし、ベッドも、立派なテーブルもあります。誕生日席に座るナトリを挟むように、私、メイ、ラジカとナトリの父はそのテーブルに座りました。
「おなかがおすきでしょう。料理を持たせてきます」
ナトリの母は、部屋から出ていってしまいます。
「アリサもアリサよ、何で素直に従ってるの?罠だったらどうすんの?」
隣のメイが苛立った顔で私に迫ってきます。メイもラジカも、ナトリの両親に誘われ関所の建物に入るのは反対だったのです。
「えー、でもナトリちゃんは私の大切な友達だよ、そうでしょ?」
「ナトリは犯罪者の友達になった覚えはないのだ」
ナトリは腕を組んで、ぷいと顔を背けます。静まり返るラジカとメイの横で、私はテーブルから身を乗り出してナトリに呼びかけます。
「ナトリちゃん、私たちあんなに仲良かったよね?いきなりそれはきついよ」
ナトリは目を閉じて黙っています。父はナトリを見つめています。
「ほら、一緒にお出かけとかしたじゃん?ナトリちゃんは服を選ぶのが上手くて、私の服も選んでもらったりして‥ナトリちゃんと魔法でバトルしたこともあったよね?いつも私が勝ってたけど、ナトリちゃんは何回も工夫して私に勝とうとして‥そんなナトリちゃんが大好きだよ?ねえ、私たち友達だよね?」
私がナトリに言葉をぶつけると、ナトリはドンとテーブルを叩きます。
「だから、ナトリは犯罪者の友達になった覚えはないのだ!ナトリのご先祖様はかつて獣人の国に住んでいたが、昔のウィスタリア王国は他に有能な人間がいたにかかわらずご先祖様を抜擢くださり、この重要な関所の番をさせてくれた恩があるのだ」
ナトリは立ち上がって、さらにいきります。
「獣人は人間の国では立場が弱いんだ。仕事をもらうにも一苦労なんだ。ナトリたち獣人が苦労していると言うのに、お前たちは人間でありながら王国をあっさり裏切ったんだ!ナトリはそれが許せないのだ。お前らとは絶交だ、おとなしく捕まれ!」
「ナトリ、落ち着け」
父がそう言ってナトリの腕を叩いたので、ナトリは「はぁ‥‥」と言って座ります。
「もちろんこいつらは後で捕まえるよね、パパ?」
私たちを指差したナトリの質問に父は首を小さく横に振って、それから私たちに話し始めます。
「自己紹介が遅れました。私はナトリの父のヒルゴフ・ハル・ランドルトです」
「初めまして。私は学校でナトリちゃんと同級生のアリサ・ハン・テスペルクです」
「あたしはアリサの姉のメイ・ルダ・テスペルクです」
「アタシはアリサの同級生のラジカ・オレ・ナロッサ。どうもです」
私たちが自己紹介を終えて、ナトリが
「パパ、こいつら今すぐまとめて牢屋にぶち込もうよ!」
と言うのを父は無視して、続いて私に尋ねます。
「あなたたちはどこに向かって逃げているのですか?」
「はい、ハールメント王国です」
あっさり答える私に、メイが慌てて耳打ちします。
「ねえ、目的地あっさり教えていいの?逃走しづらくなったらどうするの?」
「えっ、大丈夫でしょ?ナトリちゃんのお父様だよ?」
「だから!アリサは警戒心が足りないの!」
メイが私のほっぺたをお餅のように引っ張る中、父はもう一回質問します。
「この国を捨てるのですか?」
私たちを睨むその目つきはきつく、表情は険しくなっています。それを見て私は答えるのをためらってしまいます。
「んん‥」
「どうして答えないの?有罪になって脱走するわけでしょ?あたしたちは二度とこの国に戻れないんでしょ?当たり前のことを聞いてきてるんだから、その時は答えてもいいわよ」
メイに促されて、私はうなずきます。
「はい。この国を捨てます」
父はしばし沈黙してから、また尋ねます。
「未練はありませんか?」
「‥‥ないと言えば嘘になります。この国には思い出の場所もありますし、仲のいい友達を何人も残しています。できればずっと一緒にいたかったのですが‥」
「ナトリもその1人ですか?」
父がそう言って、ナトリの肩に手を置きます。ナトリは相変わらず私たちを睨んでいます。殺気がします。私はそれで口をつくみかけましたが、少し間をおいて短く答えます。
「はい」
「ナトリはこいつらと友達になった覚えはない!さっさと捕まえてくれ、パパ!」
ナトリがまた私たちを指差して怒鳴りますが、父はその腕を下へおろすように押さえます。
ちょうどそのときドアが開いて、母と一緒に食事が運ばれてきます。使用人たちがテーブルの上にご飯を配膳していきます。




