第56話 私は救世主らしいです
「救世主‥私が?」
私は思わず、自分の顔を指差します。
「いいか‥テスペルクさん。この国の王は女に溺れ、政治を顧みず、賢臣を処刑し、悪臣をのさばらせ、国を乱している。思い当たりはないかね?」
「あります。すごくあります」
私も王様に残酷な刑を見せつけられたりしました。あれは人のやることではありません。
「この国はかろうじて体裁を保っているが、それはハラスという先代の王からの重臣がまだ残っているからだ。ハラスは国を第一に考え王に尽くす最後の忠臣だ。しかし他の忠臣がことごとく粛清された今、ハラス1人には残念ながらこの国を立て直すほどの力はない」
「‥‥‥‥」
「王が乱れ、諫臣忠臣も失った今、この国は徐々に統治機能を失い、無法地帯になり始めている。重税が課され、重い刑罰や労役、酷吏が民を苦しめ、悪人や賊が跳梁跋扈し、あと数年もすれば誰もがまともに生活できなくなるだろう。これは国の姿ではない。それで‥‥寝ているのかね?」
司祭に肩を揺らされ、私ははっと目を覚まします。
「あっ、ごめんなさい、難しい話をされると眠くなっちゃって‥‥」
教会がなんだか学校と似た雰囲気だったので眠くなってしまいました。中途半端に薄暗いのも、眠気を手伝っていたのでしょう。
「はぁ‥分かった。結論から話そう」
司祭は大きくため息をついてから、今度は祭壇のほうを見ます。
「この国は正義を見失っている。それを正し、民の安寧を取り戻すために、この国は一度滅亡しなければならない」
「本気で言ってるんですか?」
メイが身を乗り出します。
「‥うむ。この国は、直に滅びるだろう」
「そんな、1000年以上続いたこのウィスタリア王国が!?」
「ああ。これまでにも悪政を行った王はいた。それでも国が滅ばなかったのは、王が限度を知っていたからだ。今の王は、それよりもひどい。暴政は外交にも及び周囲の国を怒らせ、大きな時代のうねりを作りつつある。立ち直るのは不可能だろう」
そして、ぽんと私の肩を叩きます。
「テスペルクさんは、すでにもう1人の救世主と出会っている。君がその人と再び交わる時、この国は滅び、万民を救う新たな世界が開かれるだろう。それが私のもとへきた神託だ」
きょとんとする私の顔ににこやかに視線を注ぎ込み、その司祭は何度もうなずきます。
「‥私が、救世主?そ‥そのもう1人って、誰ですか?」
「そこまでは神託になかったが、君なら分かるだろう。この国の国民のことを、よろしく頼む」
そう言って、司祭は祭壇に戻っていきます。
「あ、あの!」
司祭を呼び止めて、私は右腕を掲げて尋ねました。
「こ、この腕輪、大変素敵なんですが、もっときれいなのはありますか?」
司祭は振り返り、その首輪をひと目見てから、もう一度私のところへ近寄ります。そして、私の腕輪に触れます。バリンと、腕輪が壊れてしまいました。
「あ、ああ、きれいだったのに、どうして壊しちゃうんですか」
「この腕輪は拘束具だ。君にはふさわしくない」
「で、でも‥」
私が言うと、司祭は「ふふっ」と笑って、また祭壇に戻ります。
「君たちは一刻も早くこの町を出たほうがいい」
◆ ◆ ◆
ホニームを出て、イクヒノの町へ向かう道を歩いています。
ウィスタリア王国は王都周辺に平野が広がっていますが、そろそろそれを抜ける頃です。坂道の上り下りが増えてきます。
「歩くの怖くないの?怖くないならいいけど」
頭の後ろに腕を組んだラジカが、メイに尋ねます。昨日のメイは体を操られて歩くのを嫌がっていましたが、今日のメイはそれよりも何か不満に思っていることがあるらしく、ずっと黙ってうつむいています。
その様子がなんとなく引っかかったので、私もメイに尋ねます。
「お姉様、何か悩みがあるのですか?」
そうして、やっとメイが口を開きます。
「‥‥やめて」
「えっ?」
「この国を滅ぼすのをやめて。私たちテスペルク家も由緒ある家柄で、代々ウィスタリア王国に仕えてきたんでしょ?確かに今の王様は悪いところもあるかもしれないけど‥‥それでも私たち家臣が仕えるのは、王様個人ではなくこの国そのものでしょ?ご先祖様が代々守ってきたこの国でしょ?自分が尽くすべき相手を滅ぼしちゃだめよ」
私はしばらく首をひねってから答えます。
「うーん‥私、そういう難しいことはよくわからないです」
「またそうやって!魔法以外の話を聞かないのはアリサの悪い癖よ!直すべきよ!テスペルク家の一員としての誇りはないの?」
「‥‥‥‥」
ちょうど目の前に山賊が出てきて「おい、そこの女ども、金を出せ!」と脅してくるのですが、私は普通に3人全員に結界を張って山賊たちを蹴飛ばしながら通り過ぎます。
私たちの結界を押し止めることもできず荒れ狂う山賊たちをラジカが呆れ顔で観察していましたが、メイはそんな場合ではないらしく、私にさらに質問します。
「アリサ、この国のことはどう思ってるの?守りたいと思わないの?滅ぼしたいわけ?」
「私は国よりもみんなの幸せのほうが大切だと思います」
「えっ?」
「国が国として存続すればみんなが幸せに生活できるのだったらそれでいいですし、今の国を潰して別の国を作ったほうが幸せだと思ったらそうします。私にそんな大それたことはできませんけど‥‥」
まさか国を潰すかどうかとか、スケールの大きい話をさせられるとは思っていなかったので、私は笑ってしまいます。山賊たちは私たちのことをあきらめたらしく、もう周りには誰もいないので結界を解きました。気持ちのいい風が私たちを包みます。
「私にとって大切なのは国ではなく国民です。国は国民を守る組織にすぎませんから、役割を果たせないのなら滅んでいいと思います」
「アリサ、変わった考え方を持ってるのね。お父様の教育の失敗だわ、はぁ」
メイはこれ以上の会話を諦めたらしく、頭を抱え‥‥ようとして、全身が操られていて抱える腕が自分の意思で動かせないことに気付きます。
「ちょっと、いや、なに、体が勝手に動くんだけど!腕が動かせないの、いやあああ!!!」
「今更気付いたのか」
ラジカはため息をついて、周りの景色を眺めます。
「でも、私が救世主とか、国を滅ぼすとか、いきなり言われてもよくわかんないな。そもそも私に、そんなことができるのかなあ」
私がぽつりとこぼすと、ラジカが返事します。
「アリサ様、もう1人の救世主は誰だと思う?」
「えっ?確か、私もすでに会っている人だよね、誰だろう」
「魔王のことだと思うな。魔王なら国を滅ぼすことも可能」
「まおーちゃん?まおーちゃんが救世主なの?」
それを聞いてメイは顔を青くしてがたがた震えます。
「魔王が救世主だなんて、世も末よーーー!!」
「メイ、落ち着け。アリサ様、魔法を止めて」
私がみんなの体を操るのをやめると、メイはぺたんと尻餅をつきます。
「はぁはぁ‥魔族は人間を食べ物や奴隷くらいにしか思ってなくて、平気でこき使ったり食べたりするんでしょ?そんな恐ろしい奴らが人間の救世主なの?殺戮者の間違いじゃないの?ていうかあたしたち、そんな奴らのいる場所に向かってるよね?」
そんなメイの頭を、ラジカはなでてあげます。
「えー、まおーちゃんはそんなひどいこと、しないよ!」
「いいからアタシの背中に乗って」
ラジカがメイをおんぶすると、私たちはまた歩きだします。もちろんメイには浮遊の魔法をかけて体重を軽くしてあげました。
ラジカが話し始めます。
「アタシも、最初はそう思ってた。でも、アタシはアリサ様を信じる」
「そーだよ。何かあれば、私が守ってあげるから!」
「アリサ、口前だけは一人前ね‥‥」
「えー、私もちょっと強いんだから!」
「ちょっとじゃなくてかなりだけど。下手したらこの世界で一番じゃね」
「えー!ラジカちゃん、それはないよー」
私たちは、イクヒノの町のある西へ向かって歩いていきました。




