第55話 宿屋で捕まりました(2)
次の日の朝。私は目が覚めると、なぜか薄暗い檻の中にいました。あれ、ここは宿屋ではないのでしょうか。
周りを見ると、ラジカとメイが、硬い床で横になって寝ています。私も床の上で寝ていたので、背中が痛いですし、全身も妙に重いです。
そして、手には白く光る輪が、手錠のようにはめられています。両方の手首にも、首輪がいくつかついています。これは何でしょうか?
私はふわりと浮き上がって、檻の外を覗きます。廊下を隔てた先にも、斜向いにも、横にも、檻が広がっています。確信しました。ここは牢屋です。私たちは捕まったのです。
「ラジカ、ラジカ、起きて」
私の声にラジカは「う〜ん‥」と目をこすりながら起き上がります。
「ん‥ん!?」
ラジカも辺りの様子を見回して、事態に気づいたようです。なぜかラジカには、私がされているような手錠がついていません。ラジカは立ち上がってメイを起こそうと体に手を乗せましたが、ふと何か考えたのかその手をぴたりと止めて、逆に起こさないように背中におんぶしてあげます。私もメイに浮遊の魔法をかけて、体重を軽くしてあげます。
「寝ている間に捕まったみたい。逃げる?」
「もちろん。‥それにしても、この手についてるの邪魔だね、何だろ〜」
私はそう言って、何気ない顔で、強化の魔法をかけて両腕を引き離します。手錠がぽきっと壊れます。あれ、なんだかさっきより体が軽くなったような気がします。腕輪も1つずつ壊します。
「‥ねえ、この腕輪、白く光ってきれいだから1つくらい持ち帰っちゃダメかな?」
私が聞くと、ラジカは呆れた様子で返します。
「‥‥それ、魔力封じの手錠と腕輪なんだけど。確か教会で作ってる」
「ふーん、そーなんだ、それでつけたらどーなるの?」
「‥‥普通なら魔法が使えなくなるんだけど」
「えっ、でも私使えるよ?」
そう言って、右腕の腕輪1本を残して、全部壊してしまいました。
「ああ‥‥い、いいや」
ラジカはため息をつきます。当然のように檻も壊して、私たちはそこから出て廊下を歩き、牢屋から出ます。
ここは地下だったようで、地上に続く螺旋階段がぽつりと置かれていました。階段の上からは、話し声が漏れてきます。
「テスペルクにあんな拘束で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
「魔王並の魔力を持っているというが、果たして地元の教会レベルのもので間に合うだろうか?王様が魔王をミハナに監禁した時は、国家最高級の拘束具を選んだと聞いた」
「でも、テスペルクには腕輪を多めにつけておいたし、問題ないだろう」
「すみません、何が問題ないんですか?」
「だからテスペルクの拘束具だ。うわっ!?」
廊下で話していた2人の兵士が、話の途中に横から割り込んできた私を見て驚きます。
「き、君はテスペルク!?‥‥とその付き添い?なぜ、なぜここに‥‥」
「私たち、行きたいところがあるんです。通らせてもらいますね」
「あ、ああ‥‥」
私たちは2人の兵士の間を通り過ぎます。2人も、あの拘束が解かれた以上は自分たちにできることはもうないと悟ったのか、私たちに手を出しませんでした。
私たちは、目を丸くする兵士や職員たちを尻目に、普通に裏口から建物の外へ出ました。赤レンガでできた建物、警察機関のようです。裏道を通って大通りに出ると、建物の入り口の前で誰かが兵士と話していました。
「だから、私はテスペルクさんを泊め、睡眠薬を入れて捕まえて通報したんです!どうして急に褒美がもらえなくなったんですか?このままだとうちの宿は潰れるしかないんです!税金が急に上がって、経営が苦しくなっているんです!どうか、お願いします!」
「‥ですから、たった今脱走しました。国から褒美がもらえない以上、あなたたちに渡せるものはありません」
「そこを何とか!お願いします!」
私たちが泊まっていた宿の店長でしょうか。兵士の脚を掴み、すがりつくように頼んでいますが、兵士はそれを振り落とします。
「‥‥悪いこと、しちゃったかな」
私はラジカにそう言います。ラジカは返事しませんでした。
「‥ここは静かに離れていこうかな」
「そうだね」
ラジカがそう短く言ったので、私たちはもう一回裏道に入って、反対側の通りに抜けます。
ここでメイが目覚めて、ぴょんとラジカの背中から下ります。最初は宿屋にいるはずの自分がなぜか外を歩いているのにうろたえた様子でしたが、事情を説明してあげると「アリサって、すごいと思ってたけどそこまでだったとは思わなかったわ‥」と驚いていました。
「それにしても、この腕輪きれいだね〜」
「どーでもいいけど、浮くのやめて。目立つから」
私はラジカに指摘されたので地面に足をつけて歩いて、右腕についた白い腕輪を日にかざしたりして、何度も眺めています。
「ねえ、この腕輪ってどこで手に入るのかな?」
「教会に行けばあるんじゃない?」
「じゃあ、行ってみよっか」
「やめ‥‥いや、いい」
ラジカは一瞬制止しかけましたが、私ならまあ大丈夫だろうと思ったのでしょう。ラジカからOKがもらえたので、私たちは教会に行くことにしました。
「田舎の大きな教会って感じね」
メイの言う通り、ウィスタリア王国第3都市であるエスティクと比べるとホニームはそれほど大きい都市ではありません。教会は汚いわけではありませんでしたが特にきれいというわけでもなく、建物の大きさもそこそこで、質素な装飾がなされています。
「おじゃましまーす‥‥」
教会の身廊に並べられているたくさんの長椅子には、誰も座っていません。ただ1人、奥の内陣の祭壇で、1人の司祭が祈りを捧げています。
私たちは椅子に座って、司祭の祈りの言葉が終わるまで待つことにしました。メイも手を組み合わせて、祈りを捧げています。私も手を合わせることにしました。
やがて司祭の言葉が終わると、私たちの座った椅子まで来て声をかけてきます。
「このへんでは見かけない人だね」
「はい」
私がうなずくと、司祭はポケットから一枚の紙切れを取り出します。光で透過していたので分かりましたが、それは私の指名手配書でした。
「アリサ・ハン・テスペルクさん」
「はい」
「君は早くこの町から離れたほうがいい。君の首には高額な賞金がかけられている」
そう言われて、私は司祭から指名手配書を受け取ります。
アリサ・ハン・テスペルク。脱獄囚。魔王と同等かそれ以上の力を持つ。生死問わず。
「うわっ、これ、1億ルビ‥‥何年も豪遊できる値段じゃん‥」
後ろから覗いたメイが、引き気味に言います。私は3億ルビ持ってるけどね。口座に入ってるし指名手配中だから引き落とせないけど。
「この町には、急に税金が引き上げられ、毎日の生活に困窮している人がたくさんいる。いや、この町だけではない。この国全体が高額な税金で困窮している。この町にこれ以上いると、君はこの町全体から命を狙われるだろう」
「あっ、私もそうやって困ってる人と昨日会いました」
「幌馬車で来た商人かね?この教会にも来たよ。あの人たちも、残念ながら成就はできないだろう。これから先、さらに税金は引き上げられる。王都の貴族たちが、平民から金を吸い上げるんだ」
しーんと、その場が静まり返ります。
「すみません」
手を挙げたのはラジカでした。
「どうしてアタシたちに逃げろって言うんですか?アンタもお金が欲しいんじゃないですか?」
「私も君たちを捕まえたい気持ちはあるんだ。ただ‥神託があったんだ」
「神託?」
ラジカが訝しげに尋ねると、司祭は私と目を合わせます。
「この国の救世主は2人いる。テスペルクさん。君は、そのうちの1人だ」




