第54話 宿屋で捕まりました(1)
私たちが幌馬車に乗せてもらえた1日前、エスティクの兵士たちは、私が脱走したことで、魔法学校を取り調べていました。その捜査の上で最も衝撃的だったのは、私が膨大な魔力を持っており、魔王を使い魔として召喚してしまうほどだという情報でした。これでは、魔王がもう1人いるようなものです。
事態を重く見た兵隊長は王都とデ・グ・ニーノ方面に早馬を出しました。指名手配のビラが更新されていきます。
ただ、早馬がデ・グ・ニーノに着く頃には、私たちはもう発った後で、私の父と母だけが残されていました。そのため早馬はさらにホニームへ向かいました。
「王様、申し上げます!」
王城の大広間では、1人の家臣が慌てるように、クァッチ3世に注進します。
「数日前に王様に謁見したアリサという女ですが、魔王と同等かそれ以上の魔力を持っているとの報告を受けました。なんでも、魔王を使い魔として召喚したそうです」
「なに!?」
クァッチ3世は驚き、玉座から立ち上がります。
「なら、あの女が甘んじて拷問を受けたのはなぜだ!?」
「おそらく、我々を油断させ逃亡するためだったかと」
「くううう、あの女、許せぬ!」
別の家臣も言います。
「魔王ほどの力を持つ人が万が一ハールメント王国に亡命するようなことがあれば、我が国にとって大きな脅威になります。早急に手を打つべきです」
「うむ。あの女を今すぐ捕らえてここに持ってこい、どんな汚い手を使ってでも捕まえろ!生死は問わん!捕まえた者には莫大な褒美をとらせる!」
「ははっ」
注進した家臣が大広間を出ていくと、別の家臣も提案します。
「王様。万が一あの女が亡命して他国に仕えるようなことがあれば、わがウィスタリア王国にとっては緊急事態です。戦略魔法を習得するだけの能力を有しているのは確かです。あの女はこの国に恨みを持っているでしょう。ここは早急にハラス様に使者をやって相談するのも一つの手かと」
「うむ‥あのじじいの言葉は苦手だが、やむを得ん。そうしろ」
その頃ウィスタリア王国の主力を率いるハラスは、クロウ国とその周辺の国を攻め取った後、王城には戻らずその広大な地域にとどまり治安回復につとめていました。クロウ国の残党が奥の国に逃げ込んでおり、これを警戒する意味合いもあるのです。
ハラスを王都に呼び戻すことは戦略上簡単にはできませんし、側室シズカもハラスを嫌っているのをクァッチ3世は気にしていました。しかしかつての有能な重臣が次々と粛清された今、ここで頼れるのはハラスしかいません。
王都から旧クロウ国の領土に向かって、早馬が出されます。
◆ ◆ ◆
夜、私たちはホニームに着きました。幌馬車に乗せてくれた貴族たちに別れを告げた後、私たちはまた偽名を使って宿屋にチェックインします。再び、部屋のテーブルの上に地図が広げられました。
「ここホニームからギフの町まで、特に大きな町はないし、宿屋があるかも分からない。おそらく明日は野宿になる」
ラジカが地図を指差してこう言います。確かにホニームからギフまで、1日では着かなさそうな距離をしています。
「えー、野宿は嫌!夜はどんな魔物がいるかわからないし、襲われるかもしれないわよ!」
メイがそう言ったので、私はギフの南にある町を指差します。
「じゃあ、遠回りになるけど、イクヒノの町にいくのはどうかな?ギフはその次にして」
「わかった」
ラジカもうなずいたので、メイはほっと胸をなでおろします。そんなメイの様子を見て、ラジカがぽつりと一言。
「‥‥いや、人のいる町に泊まるほうが危険なんだけど‥‥アリサ様がいるし、いっか」
そうして地図を折り畳んだところで、ドアのノックがします。食事が運ばれてきました。
その食事を私とラジカは話しながら食べますが、メイの表情は暗いままです。
「どうかしましたか?」
私がメイの皿にプチトマトを置くと、メイはそれをフォークで刺して食べます。
「‥‥ねえ。あたしたち、魔族の国に向かってるんでしょ?」
「はい、向かっています」
「ねえ、魔族のところに逃げるって危なくない?あいつら野蛮で、人間に何やるかわからないのよ?みんなは怖くないの?」
私とラジカはお互いの顔を見合わせます。私は首を横に振って、メイに答えます。
「いいえ。私は怖くありません。まおーちゃんから聞きましたが、最近は人間の亡命者も多く、人間たちが生活していけるように政策を変えていると聞きました。大丈夫、普通に住めると思います」
「そ、そのまおーちゃんって、何?まさかとは思うけど‥‥」
メイの疑問に、ラジカが短く答えます。
「魔王」
「ま、魔王‥?」
「だから、魔王」
「えっ‥あ、アリサ、あたしたち、まさか魔王と会うなんてことはないよね!?」
「えっ、会うつもりですけど」
私は、何聞いているんだろう?という顔で、当たり前のように返します。それを聞いたメイは顔を真っ青にして、体を震わせます。
「だめだ!メイがまた暴れる!」
ラジカが立ち上がってメイの背後に回ります。暴れても無駄だとメイは察しましたが、それでも体の震えが止まりません。
「大丈夫です、お姉様」
私はメイの頭をなでてあげます。
「アリサ、あたし、怖い‥」
「大丈夫です、まおーちゃんはとってもいい人ですよ。私を信じてください。なでなで」
昔から姉は、何か怖いことがあると父や母になでてもらっていました。私が父と面会して「逃げる」と言った時も、父が姉をなでていましたね。私で代わりが務まるか分かりませんが。
「‥アタシに任せて」
ラジカが言ったので、私は手を引っ込めます。ラジカはメイの隣まで椅子を動かして座ってから、メイの頭をなでます。なでて、優しく抱きます。メイの体の震えが止まり、いつの間にかラジカを抱いていました。ラジカは人をあやしつける手際がよくて、とても人見知りでぶっきらぼうには見えません。
「ラジカちゃん、上手いね」
「‥別に。アタシにはこういう機会が多かっただけ」
そう言ってラジカは、メイがすっかり落ち着くまでなで続けていきました。
◆ ◆ ◆
一方、こちらは宿の事務室です。
店長は何度も指名手配の似顔絵を見ていました。
「‥この名前で泊まっている人が、ここにあるアリサ・ハン・テスペルクで間違いないのだな?」
「はい」
店員たちが揃ってうなずきます。店員の1人が説明します。
「今日新たに配布された手配書によると、テスペルクさんは魔王と同等かそれ以上の力を持っているとのことです。下手に捕まえると、後で何をされるか分かりません」
「ふむ、それで寝込みを襲うしか方法がないのだな。しかし、目覚めたらどうする?」
「大丈夫です。先程配膳した食事には、睡眠薬を入れています。一度寝ると、夜が明けるまで目覚めることはないでしょう。そこで兵士たちに引き渡し、魔法拘束してもらえばいいのです」
「なるほど、それが安全だな。しかも報奨金も高額だ。これを山分けすれば‥山分けすれば‥‥」
そこまで言って、店長は椅子に座ってため息をつき、手配書をぎゅっと掴みます。
「店長、無理をなさらないでください。私たちに報奨金はいりません。店長が全部もらってください」
「お前ら‥すまん、私が不甲斐ないばかりに‥‥」
「いいえ、すべて腐敗した政治が悪いのです」
店長は手配書を机の上に置くと、もう一度立ち上がります。
「‥‥やってくれ」
「はい」
店長の命令で、店員たちは散っていきました。




