第53話 幌馬車を助けました
メイは私の姉で、黒髪ロングの私と似ていて、黒に近い青い髪を背中まで伸ばしています。姉ですが私より身長は少し低いくらいです。
そんなメイが今、歩きながら、顔面蒼白で暴れています。
「うわっ、ああっ!?あっ、たおれる、いや、いやっ!!」
メイの脚を操って歩かせる魔法をかけてみたのですが、メイは見事にバランスを崩して、上半身をばたばた動かしています。私が魔法を止めると、メイはぺたんとしりもちをついて、はあはあと荒く息をします。
「な、何なのこの魔法‥?」
「脚を魔法で操って、歩いても疲れないようにしてるんです」
「あ、あたしは、自分の意思で歩いたほうがいい‥‥」
「‥でも、そうすると疲れちゃって途中で何回も休憩しなければいけなくなるんですが‥‥どうしよう」
私はラジカの顔を見ます。ラジカが「やれ」と短く言ったので、私は意を決したようにメイに言います。
「お姉様。私たちも急いでこの国から離れなくちゃいけないんです。‥‥だから、ごめんなさい。上半身も操ってあげます」
「な、なにを‥ひ、ひぃっ!?」
上半身も一緒に操れば、バランスを崩すことはありません。嫌がるメイの体を、後ろからラジカが押さえます。私がそっと、メイの体に手をかざします。
「い、いやあああ、押さえないで、いやだああ、助けて!!!」
数時間後。町を出て山を下りていると、森林の間から朝日が差し込みます。
3人は普通に道を歩いているように見えますが、メイはまだ顔をひきつらせています。顔が冷や汗でびっしょりです。
「こ、怖い、体が勝手に動くの、怖い‥‥」
「慣れれば大丈夫」
ラジカはもう私の魔法にすっかり慣れたようで、歩きながら、途中で買ったパンを食べながら、地図を広げて見ています。
「このスピードだと、今夜はホニームの町で寝ることになりそうだな」
「ホニームかあ、どんなところだろう」
「たっ、頼むから普通に歩かせて‥‥」
「お姉様、ごめんなさい。我慢して‥‥ん?」
私は、自分と他の2人を立ち止まらせます。メイは尻餅をついて、ぜーはーと荒く息をしています。
目の前に、1台の幌馬車が止まっています。その周りを、何人かの武装した男たちが取り囲んでいます。
「金目の物を置いてくれるなら痛いようにはしねえから、なあ?」
山賊でした。最近多いらしいですね。
幌馬車の荷台から、何人かが両手を上げながら下ります。見たところ、高貴な方のようです。
「‥どうする?」
ラジカがパンをくわえながら言うと、私はうなずきます。
「こ、怖い、怖いよ‥」
メイがぎゅっと私の腕を握ってくるので、ラジカがそれを引き離します。メイは次に、ラジカの手を握ります。
「ラジカちゃんはお姉様を見てて」
そう言ってから、私は幌馬車のほうへ歩み寄ります。
「‥おう、何だ嬢ちゃんたち。これは見せもんじゃねえよ、散れ、散れ」
山賊の1人が私に斧を向けてきたので、私はその金属に意識を集中させます。
ほどなくして、金属は崩れ落ちる砂城のようにぼろぼろに崩れ落ちます。
「‥‥なっ!?」
山賊は口をあんくり開けています。それを見た他の山賊が「え、ええい!!」と、私に大きな斧を振り下ろします。もちろんそれも私の周りに作った結界で弾き返しました。
「おい、どうした?」
幌馬車の向こう側にいる、背の高い男が怒鳴ります。
「お、おかしらさま、この女が強えんですよ‥」
「こいつ、む、無詠唱で魔法を使えるんです‥」
背の高い、武装した男が、背中に大きな斧を乗せています。この人がリーダー格でしょうか。
何ででしょう。少し、指先がしびれます。これが、この男の発する魔力でできたオーラなのでしょうか。この人、多分魔法が使えます。
「この斧には魔力がこもっている。てめえに耐えられるかな?」
そう言って、斧を地面に突き刺します。ごごごと地響きがして、斧から地面のひび割れがこちらまで伸びてきます。
「こ、怖い!」
メイがラジカに抱きつきます。ラジカは抱き返しつつ、まっすぐ私と山賊たちを観察します。
「なあ、一つ取引しよう。てめえが俺たちを攻撃しないなら、俺たちもてめえらを黙って通してやる。俺は強いぞ?従ったほうが身のためだ」
リーダー格の男は、「ふん!」と斧を地面から引き剥がして、構えます。
「だめだよ。その幌馬車の人達も、見逃してあげて?」
「それはできない。我々にも生活がかかっているんでね」
男は闘気をたぎらせています。
「うーん、私、喧嘩や危ないものはあまり好きじゃないけど、仕方ないね」
そう言って、私は呪文を唱え始めます。
「ラ・デゲ・ルウ・クウカハン‥」
「てめえ、あくまでも戦うんだな。よし、いい覚悟だ。詠唱中に俺が倒してやんよ!」
そう言って男は斧を勢いよくぶん回し、私の胴体めかけて振り下ろします。
斧が私の胴体を切って真っ二つに‥‥なるかと思いましたが、何の手応えもなく、男は驚いたのと遠心力で転んでしまいます。
「その私は分身だよ。本物はこっちだよ」
私はしゃがんで、地面に倒れた男の肩をぽんぽん叩きます。
「あ!?」
男が私の方を向いたのと同時に、男の顔に魔力を込めたパンチを当てました。
ちょっと当てただけだったのですが、男の体は風塵のようにふっとび、木の幹に衝突します。
私は立ち上がって、他の男達にもにっこり呼びかけます。
「ねえ、この幌馬車は通してもらえるかな?」
山賊たちはこれですっかり恐れおののいたのか、幌馬車をそのままにして脇道へ逃げていきました。
うん、やっぱり人を痛めつけるのは好きじゃないけど、魔法が使えるとすっきりします。
「あ、あの、ありがとうございます‥」
幌馬車に乗っていた貴族らしき人が、私に声をかけます。
「あ、あの、お礼と言ってはなんですが、私たちはホニームの町へ向かっています。よろしければ、お乗りしますか?」
「いえ、お礼だなんて‥‥私は当然のことをしたまでです」
「いいから、いいから」
そう言われたので、私はラジカとメイのほうを向きます。
「どうする、ラジカちゃん?」
「の、乗せてもらいなさいよ!」
答えたのはメイでした。
「か、体が勝手に動くのが怖いのよ!恐怖しか感じないし!馬車に乗ったほうが、そ、その、いいな‥‥」
「アタシは別にどっちでもいいんだけど」
ラジカはパンの最後をかじりますが、少しメイのことを気にしているようで、ちらちらとメイに視線を送っています。それを見た私は。
「‥そうですね、ちょうど私たちもホニームのほうへ向かっていたところです。乗せてもらえますか?」
「ああ、わかりました!こちらへどうぞ!」
私たち3人を乗せて、幌馬車は走り出しました。
幌の中には、多くの荷物が詰め込まれています。まるで引っ越しかのようです。
「引っ越しでもされるのですか?」
私が聞くと、同乗している貴族はうなずきます。
「はい。私たちは王都で商売をしていたのですが、近年、急激に税金が上がり、生活できなくなったのです。王都の人たちはみな、重税で苦しんでいます。かといって魔族の国には逃げたくないですし、私たちはホニームで商売を仕切り直すことにしました。ただ、ホニームは比較的税金が安いから選んだだけです。ホニームの税率も上がったら、私たちは‥‥」
確かにここ最近、税金が少しずつ増えていっているのです。
「うーん、何で税金が増えるんでしょう」
私がきょとんとした顔で聞くと、貴族は投げやりに答えます。
「一部の家臣が私腹を肥やしているのです」
「えっ?」
「私は先祖代々城に仕えてきた貴族です。今は仕えていませんが城内の方とも関係が深く、最近の様子もよく知っています。王は政務を放棄し、女と遊び、諌める家臣は処刑し、また昔はなかった族誅を復活させ罪人の家族を虐殺していると聞きます。まじめな家臣は城を離れ、奸臣佞臣だけが残っています。このような状態で政治がまともに機能するはずがなく、政治の税率にも反映されて国民の生活を困窮させています」
こんなことを私に言っても仕方ないでしょうが、おそらくこの貴族も王様に対して怒っています。そのどうしようもない怒りをぶちまけているように感じました。私は目をつむって、うなずきます。
「そ、そんなわけ、ないでしょ‥?王様はすごくいい人だよ?」
メイが声を震わせて言うと、私は首を横に振ります。
「お姉様、私、昨日もお話しましたよね。これが現実です」
私も貴族たちも、そしてラジカも、みんなそろってメイを見ます。この中で王様を尊敬しているのは、メイ1人だけです。メイは視線が集まった恐怖で震えだします。
「い、いや、あたし、降りる!降ろして!今すぐ降ろして!」
「落ち着いてください、お姉様!貴族の皆さん、ご迷惑おかけしてごめんなさい、黙らせますので!」
メイが暴れるのを、私とラジカ2人かかりで押さえます。
1時間後、メイは何度も泣いて落ち着いたのか、ゆうべ眠れていなかった疲れからか、とうとう寝てしまいました。
「‥そういえば私たち、ゆうべ寝てなかったね」
私がラジカに話しかけると、ラジカもこくんとうなずきます。眠たそうです。
貴族たちにも声をかけて、私たち3人は揺れる馬車の中で寝かせてもらいました。太陽はすでに空高く上がっています。馬車はゆっくり、ホニームに向かって進んでいました。




