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第52話 家族に会いました(2)

私達家族とラジカは、立派な2階建ての旅館の一室に通されました。各部屋に露天風呂がついているタイプです。といっても無罪放免になったわけではないので、部屋の外に見張りの兵士がいます。私たちは事実上、この部屋に幽閉されているのです。このままいけば明日の朝には、私とラジカは馬車に入れられて王都へ連れて行かれます。


「‥‥最後だ。思いっきり楽しんで欲しい」


父は顔を隠すように手で覆って言いました。父の表情は今にも崩れそうだったのでしょうか、言葉の後半が涙声になっています。


「アリサ様‥」


心配するラジカをよそに、私は窓際のソファーで母と話しました。私が生まれてきたときのこと。私にアリサ・ハンという名前をつけてくれた理由。母が私を初めてお茶会に連れて行ってくれたこと。食事の作法を教えてくれたこと。初めて学校へ行ったときのこと。何もかも、昨日のことかのように思い出されます。


私1人が死ぬか、家族3人が死ぬかの二択です。どちらを選ぶかは、いつでもここから逃げられるくらいの魔法が使える私1人に託されています。ラジカもさすがにこの空気の中でいづらくなったのか、ため息をついて1人用ソファーに座ります。父はまだ気持ちの整理ができていないようで、外に出て、テラスから露天風呂を眺めながら、1人でキセルを吸っています。


「‥ねえ、アリサ」


私が座っているソファーの後ろから、メイの声がします。振り向くと、メイは涙を流していました。私の前まで回ってきて、私にすがりついて言います。


「‥逃げないで。あたし、まだ死にたくない。生きて、やりたいことがたくさんあるの‥だからアリサ、逃げないで」


そう言って、私の手を握ってくるのです。私も自然と涙が溢れてきます。

メイは姉なのに、怖がりで泣き虫です。でも、父、母と同じように、メイも私にとって大切な、かけがえのない存在です。本当は家族みんな、失いたくありません。

私はぎゅっと、メイの手を握り返します。


「‥逃げないでくれるの?アリサ‥‥」


その問いに、私は答えられませんでした。


「‥ねえ、なんか言ってよ、なんか言って、アリサ!」


取り乱すように、私の肩を揺らしてきます。

私だけでなく母も、父も、メイの叫び声がまるで聞こえないかのように黙りこくっています。


部屋に食事が運ばれました。私たち家族とラジカは、重苦しい雰囲気の中でそれを食べました。誰もが話そうとしません。せっかくの立派で豪勢な食事の味も、涙で濡れていきます。

これが、家族みんなで食べられる最後の食事。誰もが、一口一口を噛みしめるように咀嚼します。ラジカはこの空気に耐えられなくなったのか、それとも私たちに気を使ってくれたのか分からないけど、食事の途中で自分の食卓をそっと離れた場所へ運んでいって食べ続けました。

そのあと、寝るまで私たちは会話をしないで過ごしました。


夜。私はしばらくの間寝たふりをして、家族みんなが寝静まるときを待っていました。

私はそっとベッドから起き上がって、ふわりと浮いて、部屋の端のベッドにいるラジカを起こします。ラジカはいくらかのまばたきをしてから、身を起こします。


「‥逃げる?」


私は静かにうなずきました。足音をたてないように、ラジカの体に浮遊の魔法をかけます。それから、私は父の寝顔を見ました。

何の変哲もない、普通の寝顔。今までずっと見てきたものと、何も変わりません。


「‥‥お父様、ごめんなさい」


私は小声でそう言ってから、ラジカに手招きされて、部屋を後にします。

ドアが閉まると、父はぱちりと目を覚まして起き上がりました。父も寝たふりをしていたのです。「はぁ‥」とため息をついてから、メイのベッドへ歩いて行って、叩き起こします。


「な‥何ですか、お父様‥」


メイが眠たそうな目をこすると、父はアリサのベッドを指差して、言います。


「メイ。お前は生きろ」


父が指差したものを見て全てを悟ったのか、メイは泣き崩れます。しかし父はそんなメイの頬を、おもいっきりはたきます。


「今ならまだ追いつける。メイは生きろ。血筋を絶やすな」

「で、でも、お父様‥‥」


すがるメイの腹を、父は思いっきりひざで蹴ります。メイの体が、ベッドから叩き落されます。


「今ならまだ間に合うと言っているんだ。早く行け。今すぐ死にたいのか?」


メイは荒い息を繰り返しながら、腹を押さえてよろめき立ちます。


「‥‥お父様、最低」


そう言って、泣き顔のまま駆け出していきました。

母も起き上がります。


「‥あなた」

「ああ、お前も起きていたのか」


父は母のベッドへ行き、母をぎゅっと抱きます。


「‥アリサの言うことはまだ信じられないが、あそこまで言うのならもう好きに生きていればいいさ。私はあくまで王様に忠義を尽くし、喜んで死刑になろう」


そう言って、何度も母の頭をなでます。

父と母は、そのまま朝までずっと泣き明かしていました。


◆ ◆ ◆


未明の1時を回ったあたりでしょうか。まだ町を抜けきっていませんが、周りにはもう誰もいません。


「ありがとね、ラジカちゃん」


道を歩いている私は、ラジカに言いました。


「うん?」


ラジカが聞き返すと、私は丁寧にこう言います。


「私、あのままお父様の言うとおりにして王都に戻ろうっていう気持ちもちょっとあったの。でも、ラジカちゃんがそばにいてくれたから、ラジカちゃんに迷惑がかかっちゃうと思ってね‥‥一度亡命するって決めちゃったわけだし、だから私こうして逃げられた。えへへ、ありがとね」


ラジカはうつむいて赤面します。


「‥‥アタシは、アタシが生きたかっただけ‥‥」

「まーた、そんなこと言っちゃって。うん‥本当は未練もあるけど、あんな王様の下につくくらいだったら、私は生き残りたい」

「アリサ様‥」


私は立ち止まって、少しの間肩を震わせます。本当は今すぐ戻りたい気持ちがまだ残っていましたが、私はラジカの顔を見て、にっこり笑います。


「‥早くこの町から出たいね。そろそろ脚に魔法かけるよ」

「うん」


そうやって、私がラジカの脚を操る魔法をかけようとしたとき。


「ねえ、待って」


後ろから声がします。振り向いてみると、ここまで走ってきたのか、息を切らしたメイが立っていました。


「お、お姉様‥」


私の気の緩みを見たのか、ラジカが「アタシが用件を聞く」と言いますが、私はそんなラジカを手で制して、メイのほうへ歩み寄ります。


「‥不躾な妹でごめんなさい。私は逃げます」

「ねえ、どうせ逃げるなら、あたしも連れてって」

「えっ?」


メイは、意外な返事に戸惑う私の肩を掴んで、揺さぶります。それから、私の体へ飛び込みます。


「あたし、王様に忠誠は尽くしたいし、魔族も怖いから嫌。嫌だけど‥‥死にたくない。死ぬの、怖い。助けて」


涙を流して、私の腹を何度も叩きます。


「分かりました、お姉様。一緒に逃げましょう」


メイの体を、私は抱き返しました。

ラジカも、ほっとため息をついて、私たち姉妹の様子を見ています。


こうして、メイが仲間になりました。

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