第51話 家族に会いました(1)
その次の日の夕方は、デ・グ・ニーノという場所へ着きました。変な名前ですが、昔の王様が戦争に勝った記念に開発した都市だそうです。火山のふもとにあり、温泉が所々にあります。温泉まんじゅうや様々なお土産などが売ってあり、すっかり観光地としてできあがっています。凱旋門や、当時の王様の銅像も名所になっています。私も何度か行ったことがあります。
ところで私とラジカは今、この町の中で、兵士たちに囲まれています。
「君が指名手配中のアリサ・ハン・テスペルクだね?」
兵士の1人が、指名手配のビラを突き出します。そこには、写真と思ってしまうくらいにきれいな私の似顔絵まで描かれていました。
ラジカがそっと私にささやきます。
「逃げるか?」
「うん、そーだね」
私が魔法を放とうと準備し始めたところで、兵士と兵士の間から3人の人間が姿を見せます。
「!!」
私は魔法を使うのをやめて、その3人に刮目しました。
「お父様、お母様、お姉様‥‥」
家族たちでした。
黒いスーツを着た父が、私に話しかけます。
「アリサ。話したいことがある」
冷静に話しているように見えますが、声のトーンが大きいです。怒りを抑えているのでしょう。
「そんな、お父様、どうしてこんなところに?」
「アリサがここを通り道にすると考えたからだよ。こんなに早く来るとは思わなかったがね。そして私たち家族は、アリサが王都に戻れば無罪放免、このまま逃げるなら死刑になる」
「そんな‥」
予想通りでした。予想通りとはいえ、当の本人から直接言われて、私はラジカからの「おい」という声にも反応せず、ただその場に立ち尽くしていました。
「とにかく、こちらへ来なさい」
私たちは兵士や家族に連れられて、町の警察機関の建物の一室に通されます。どのような部屋かはよく見ていませんでしたが、前世のなにかの事務室に似たような内観だったと思います。私とラジカから机を隔てて向かい側に、家族たち3人が座っています。
真ん中の父が机の上で手を組んで、最初に話し始めます。
「アリサ。最近は元気か?体に変わりはないか?」
「‥はい」
「アリサが魔王と内通したために投獄されたと聞いた」
「‥‥はい」
本当のことなので、私はうなずきます。
「アリサ様、今すぐ逃げよう。こんな奴に構う必要はない」
ラジカが横から声をかけてきますが。
「友達は黙っていなさい」
父が怒鳴りつけたので、ラジカは口をつぐみます。
父はもう一度息をついてから、続けます。
「アリサは逃げようと思えばいつでも逃げられる。それだけの魔力を持っているんだ。だがここで一度、落ち着いて考えて欲しい。アリサは、王様に逆らった。このウィスタリア王国の国民として、やってはならないことをしている。道を踏み外しているんだ。分かるか?」
「‥‥‥‥」
私はうつむいています。ここから逃げたい気持ちでいっぱいでした。でも、私が逃げると、家族が死刑になることも分かっています。その当の殺される人たちが、目の前にいるのです。この人達を見殺しにして、私1人が生きていいのでしょうか?
ラジカが机の下で、私の靴をぎゅっと踏みます。私はぐっと握りこぶしを作って、唇を噛んでいました。
「おい、何とか言え!」
父が机を叩いて怒鳴ります。
ああ、いつもの光景。
父は怒ると、感情的になるのです。私も姉も、父に叱られるのが怖かったのです。
でもそれ以外では優しい父。いろいろな場所へ私を連れて行ってくれた。私に世界を見せてくれた。それが私の家族。
以前海に行った時、父はかき氷を買ってきてくれたし、母はビーチパラソルの下で私に日焼け止めを塗ってくれたし、姉は私と一緒に海で遊んでくれた。
色々な思い出が蘇ります。
家族みんな、大好きです。
「‥お父様」
私は顔をあげます。
「私と一緒に逃げましょう」
「なに?」
「私と一緒に、ハールメント王国へ亡命してください」
その場に沈黙が走ります。
父の体が震えているのが、机越しでも分かります。
母はうつむいて、口をつくんでいます。3つ上の姉・メイは「ひっ」と言って、父から距離を置くように椅子をずらします。
「アリサ、お前が何を言っているのか分かってるのか?私たちテスペルク一家は、王様から貴族の位を与えられ、屋敷と俸禄を与えられて暮らしているんだ。その恩を無下にしろというのか?」
「お父様。さっき、私は道を踏み外していると言いました。違います。道を踏み外しているのは、王様の方です」
「なに?何の根拠があって、王様を侮辱する?」
「お父様!」
父が怒った時は、今までは一方的に怒鳴られっぱなしだったけど。
今は。今は私がなんとかしないと、家族たちが殺されてしまいます。今しかありません。そう思った私は、おととい王様に謁見して、その後何が起きたかを順番に話しました。
王様が、人間たちに生死をかけて勝負させたこと。負けたほうが獣たちのいる穴に落とされたこと。王様はそれを食事しながら笑って見ていたこと。もう1つの庭に置かれているガラスでできた大きな円柱のこと。私が拒絶したにもかかわらず、性交渉を試みたこと。
私は、父のことが怖いけど、それでも父のことが好きで、一生懸命に話しました。
「‥お父様、私と一緒に逃げませんか?」
父は目をつむって、黙って聞いていましたが、少し考えて机をドンと叩きます。
「そんなホラ吹き話を並べるな!王様は常に私たちのことを考えてくれる、ウィスタリア王国の誇りだ。下らん創作で侮辱するな!」
「お父様。何があっても、私は逃げます」
その言葉で、父の隣りに座っていたメイが、ガタガタ震えだします。
「お、お父様、どうしましょう、私死にたくない‥‥怖い‥‥」
「アリサよ、お前には罪がある。メイに罪はない。何も犯していない人を、お前は殺すのか?それこそ、人の道を踏み外しているだろう?おー、よしよし」
父は、泣き出したメイを抱いて、頭をなでで慰めます。
「アリサ様。これ以上変な情はいらない。逃げよう」
ラジカが横から言ってきますが、私は首を振ります。
「‥やっぱり家族のことを見殺しにしたくないけど、私も死にたくないし、どうしよう‥‥」
私がぽつりとこぼすと、メイはトントンと机を叩いて言いました。
「ね、ねえ、アリサ。こ、今夜、私たちと一緒に、過ごしてみない‥?い、今のアリサは、興奮しているんだわ。あっ、あ、あたしたちと過ごしたら、落ち着くわよ‥‥?」
声が震えています。
そんなに死ぬのが嫌なのでしょうか、顔は冷や汗でいっぱいです。必死さが伝わります。
現に私は、今すぐここを建物ごと壊して逃げていくことができます。
でも、どうしてでしょう。メイの必死な目遣いが、私を思いとどまらせるのです。
「‥うん」
私はうなずきました。
「アリサ様!」
ラジカが怒鳴りますが、私は目をつむって一言、編み出しました。
「今夜、一緒に過ごしましょう」




