第50話 亡命の旅を始めました
デグルの言った通り、この牢獄は魔法で壁を壊されることまで想定して設計されたものではないようで、壁の外は手薄でした。
カメレオンがしっぽでくいくいと右を指すので、私は右に向かってとびます。様々な建物の間をすり抜け、そして城壁の前まできました。見張りの兵士がいるので私は思いっきり高く浮き上がって、壁の上を通ります。
そのあともカメレオンは方向の指示を続け、私はいつしか王都の外れまで来ていました。建物がまばらにある区画で、地面近くまで高度を下げると、ある民家の壁に誰かがもたれています。
「‥ラジカちゃん?」
月のあかりで髪の色は分かりませんが、ツインテールのシルエットでわかります。
「うい」
ラジカも手を上げてこたえます。
「ラジカちゃん、どうしてこんなところに?」
「‥アタシもデグルの話を聞いて嫌な予感がしたから来てみたわけ。朝になると牢番に見つかるから早く逃げよ」
「うん、わかった!」
ラジカは少し笑うと、また私からぷいと顔を背けて、道を歩きだします。私もそれについていきます。
‥あれ?あれっ?
「そういえば、ラジカちゃんはどうするの?この道はギグノへ向かってるんだよね?エスティクに戻らないの?」
「エスティク行ったら秒で捕まるじゃん、顔なじみ多いし。だから避ける」
「それはそうだけど、ラジカちゃんはいいの?エスティクまで遠回りになっちゃうじゃん」
「ああ‥アタシも逃げる」
「ええっ、何で!?ラジカちゃんは何も悪いことしてないよね?」
私の言葉にラジカはふうっとため息をついてから、言います。
「アタシもデグルの話を聞いて、アリサ様が城内でされたことを見た。それで、こんな国にはもういられないと思った」
「で、でも、ラジカちゃんの家族はどうするの?」
「アタシが罪を犯したわけじゃないし、家族を誘ってもどーせ通報されるだけだし。黙って逃げればただの行方不明扱いになって刑罰はないでしょ。アタシはアリサ様に付いて行きたい」
「‥分かったよ」
こうしてまおーちゃんのいるハールメント王国へ亡命すべく、私とラジカの逃避行が始まりました。
◆ ◆ ◆
朝日がさしこんできます。
「はぁ、はぁ‥」
ラジカは道中の木にもたれて、足のふくらはぎを揉んでいます。
「大丈夫、ラジカちゃん?」
「大丈夫じゃない‥疲れた‥」
「確かに、何時間も歩くのってめったにないからね」
「‥足手まといになるようなら、アリサ様だけでも逃げて。アタシは後から追う」
「えっ?」
確かに私は魔法でふわふわ浮きながら移動するので、足が疲れるということもありません。
だけど、一緒に逃げてくれると言ってもらった以上、ラジカをここに置いて逃げるのは申し訳無さがあります。
「ラジカちゃんも浮く?」
「えっ?」
ラジカは驚いたような顔をします。
「私みたいに浮いて移動する?」
「で、でもアタシは一日中浮いていられるような魔力もないし‥それができるのはアリサ様が特別だからで‥」
「うーん、そう?じゃあ‥」
と、私はラジカの体に魔法をかけます。
「あ‥あっ!?」
ラジカの体が、ふわーっと浮き上がります。そのまますーっと、前へ進みます。
「私が操ってあげるね!どう?」
「‥悪くはない。ありがとう」
そのまま私たちは、地面すれすれを浮きながら移動していきます。
◆ ◆ ◆
昼になりました。道には通行人もいますし、途中にある小さい村の人からも、浮きながら移動する私たちは奇異の目で見られています。
「あの木の陰で、少し話をしたい」
ラジカが言ったので、私はそうしました。
「‥あのさ、この浮きながら移動するのは楽で嬉しいけど、目立っちゃ逃走の意味がないんじゃね?」
「あっ‥」
ラジカの指摘に私ははっと気付きます。
「そーいえば、みんな普通に歩いて移動するよね?」
「そゆこと」
「でも、足で歩いたらまた疲れちゃうよ?」
「そこは適度に休憩を挟む」
ラジカがそう言ったので、私はラジカにかけた浮遊の魔法を解いて、地面に下ろします。
「アリサ様も下りて」
「‥‥うーん、私思ったんだけど、私たちこれからハールメント王国へ行くんだよね?ここからハールメント王国までとっても遠いんだよね」
「うん。馬車でも10日くらい、いやこの国を出るだけなら7日か」
「歩きではもっと時間かかるよね?そんなに時間をかけてたら、途中で見つかっちゃうかもしれないよ?」
実際、王城ではすでに私の逃亡に気付かれて、私を指名手配すべく、城から各所へ早馬がとんでいるところでした。
「そこは頑張る」
「頑張るじゃだめだよ、ねえ、私から提案だけど‥‥」
◆ ◆ ◆
「すごい」
ラジカは山道を歩いて登りながら言います。全く息切れしていません。
「でしょ?」
私も歩きながら返事します。
魔法で、私とラジカの脚を操って動かしたのです。体が勝手に動くようにしただけでなく、足が地面から離れない程度に浮遊魔法をかけて体を軽くしてあげました。筋肉も傷まないし、疲れません。
「すごく、楽。しかも上手く歩ける」
「そうでしょ?」
「人の体を操るのは関節の動きなどを細かく意識しなければならず難しいと聞いたが、そこも練習していたのか?」
「ううん、軽くイメージすれば動かせるよ?」
「本当にアリサ様は、どこまでもすごい‥‥」
ラジカは感心したように、にっこり笑います。
私たちは、私の家族や学校のあるエスティクを避けて、ギグノという場所へ向かっていきます。私が脱走した時、真っ先にそっちへ王都から捜索命令が出ると思ったからです。家族たちにも挨拶したかったけど、逆に通報されるかもしれないし。道中私がそうラジカに相談してみたけど、「やめたほうがいい」と言われました。ごめんね。
◆ ◆ ◆
ギグノに着いたのは、夕方になってからでした。エスティクと大して変わらない、普通の街です。私たちは偽名を使って宿をとり、地図を広げてこれからの逃走経路を話し合っていました。
「ハールメント王国が北西にあるから、私たちはこの方向に向かって進めばいいんだね」
「アリサ様の魔法を使って歩くと早く移動できるから、王都からギグノまでこの距離なら、明日はここかな‥そしてあさってはここ、‥‥あと6日でこの国を抜けられる。馬車並みの速さ」
「わーい、えへへ!」
この世界の馬車は、実は人並みの速さで進みます。ただし馬車は途中の宿駅というところで馬を交換しながら休まず進み続けるのに対し、人が歩く時は道中で何度も休憩をとらなければいけません。特にあまり運動しない人は一日中歩くと筋肉痛もするので、そのぶん余計に休まなければいけません。馬車並みに進めるというのは、実はとてもすごいことなのです。
「私はギグノ初めて来たよ!エスティクと雰囲気似ているけど、エスティクにはない店もいろいろあったね」
「アタシは2,3回目くらいかな」
特に観光するところもない普通の町なので、わざわざ来るような場所ではありません。
「アタシたちは逃走中の身。外を出歩くとか目立つようなことは避けて、おとなしく寝ていよう」
「うん、そうだね」
出されたご飯を食べて、誰もいない夜遅くを選んで風呂に入って、ひっそり寝ました。
亡命の旅の成功と、まおーちゃんとの再会を願って。




