第48話 王様と城内を見学しました
私は王様や複数の連れたちと一緒に、城内を見回ります。
「ほれ、あの部屋が給仕たちのいるところだ。わしたちの料理を作ってくれている」
「ここは外賓をもてなす部屋だ。どうだ、広く立派だろう?」
「ここがダンスホールだ。地方都市では見られないほど巨大だろう?ここで国賓をまねいて舞踏会をやっておる」
「見ろ、あの窓から見えるのがこの城の壁だ。高くて硬そうだろう?あれで外部からの敵の侵略を防ぐのだ」
王様が直々に、楽しそうに私に言います。
「はい、すごいですね」
私もにっこり笑いながら返して上げます。たしかに城の内観は、どれも素晴らしいものでした。まるで私がお姫様になったような気分です。ここにまおーちゃんがいたら、2人で立派な景色を眺めることもできたでしょう。そういえば、まおーちゃんも魔族の国の女王なので、ここみたいな立派なお城に住んでいるのでしょうか。
「立派な庭園もある。ついてこい」
王様に庭園へ案内されました。きれいで色取り取りの花が、いくつも咲いています。
「うわあ‥‥」
私も、思わずため息をもらしました。前世で家庭菜園がありましたが、それを超えるすばらしさです。身長ほどもある大きな花も咲き誇っていて、花に囲まれた道を作っています。
私は思わず地面から浮き上がりそうになりましたが、デグルから「魔法を使うな」と禁止されていたのをはっと思い出して、こらえました。私の足はもう一回地面に付きます。一度魔法を使ってしまいましたが、周りの人からは、ジャンプしたように見えたのでしょうか。不自然に思われないように、何度かジャンプして、ハッスルしてごまかします。
でも、意識してごまかさなくても、私の足は自然と浮き立ち、走ったり、花を見たり。まるで子供の頃に戻ったようです。
「どうだ?」
王様も私のところへ歩いてきて、優しく問いかけます。
「はい、とてもきれいです。素晴らしい庭師をお持ちですね」
私は満面の笑みで返しました。
城内を見回してみましたが、特に変わったことはなさそうです。まおーちゃんを連れてこなかったことも、よくわかりませんがあっさり許してもらいました。やっぱり王様は、あんな残酷な刑などやらない、器の大きい人ではないでしょうか?
「それはよかった。後でこの庭の花の一部をやろう」
「はい、ありがたき幸せにございます」
王様は私が喜んだことですっかり機嫌をよくしたのか、甲高い声で笑います。
「ははは‥そうだ、アリサ君の学校はどういうところかね?」
「はい、それは‥」
たくさんのきれいな花に囲まれながら、私と王様は広い庭園の中のベンチに座って、世間話をしていました。
「‥‥王様、王様」
しばらくたって、家来の1人が、王様に声をかけます。
「うん、どうした?」
「そろそろアレの時間でございます」
「うむ、もうこんな時間か」
王様はベンチから立ち上がります。
「アレとは?」
私が尋ねると王様はニヤリと笑って言います。
「君もついてくるがいい。この城でしか見られない娯楽だよ。特別に見せてやる」
「娯楽、ですか」
私もベンチから立ち上がり、「こっちへ来い」と言ってくる王様のあとに続きました。
回廊を進んだ先に、庭があります。さっきの庭園ほど華美ではないものの、芝生が広がっていて、花壇に囲まれている、運動しやすそうな庭でした。
その真ん中に、なぜかドーナツ状に深い穴が掘られています。庭の端には、何人もの人たちが座っています。あの人たちは貴族でしょうが、服がところどころ破れたり、所々にかさぶたができたりしています。顔が腫れている人もいます。なんだか異様な雰囲気です。
「ほれ、昼飯の時間じゃ。君もおなかがすいただろう」
「は、はい」
庭の辺に置かれた黒く立派で広い台座に、王様と一緒に上ります。そこには、立派な食事の置かれたテーブルと椅子が2人分置かれていて、うち片方にはシズカ様が座っています。
「シズカ、申し訳ない。今日はわしとこの子で楽しみたい」
王様がそう言うとシズカ様は「はい」と言って舌打ちをし、それから私を少し睨みつけるように見てから、その場を立ち去りました。
王様に案内されて、私はシズカの座っていた席に座ります。ここからは、ドーナツ状に掘られた穴に囲まれた、円いスペースがよく見えます。
「こ、これは何でしょうか?」
私が聞くと、王様は私の杯に酒を注ぎながら言いました。
「ちょうどクロウ国の王族の裁判が終わったところでね」
「クロウ国というと、数年前まで我が国と戦争していた国でしょうか?」
「うむ、そうじゃ。その王族たちが、これから余興を見せてくれるそうじゃ。ともに楽しもうではないか」
「は、はい」
余興とは一体何でしょうか。
ドーナツ型に掘られた穴。デグルの話を思い出して、嫌な予感がします。
‥‥いいえ、王様に限ってそんなことはなさらないでしょう。私は王様を尊敬していますし、ひどいことをするような人ではありません。きっと私がデグルの話を聞き間違えたのでしょう。
兵士が、端に集まっている人の中から嫌がる2人の体を無理やり円の中へ引っ張ってきます。それだけでも十分に異様な空気が伝わってきます。
「さあ、食べるがいい。昼食もここでしか取れない最高級の肉を使っておる。美味じゃぞ」
王様に促されますが、それよりも私は目の前のものを頭の中で処理するのに精一杯で、それところではありません。
兵士が「はじめ」と叫ぶと、円の中にいる2人の取っ組み合いが始まります。2人とも必死で、まるで自分の命をかけているかのように必死で、歯を食いしばってお互いを穴へ落とそうと押し出し合います。
そこにルールなどありません。服をかきむしったり、腕を噛んだり。足で股間を蹴り上げたり。殴ったり、血が出るほど引っ掻いたり。これは人間同士の喧嘩ではありません。獣同士の、命をかけた戦いです。
何が2人をそこまで駆り立てるのでしょうか。デグルから聞いた話が本当であれば、2人を取り囲む穴には。
嘘でしょう?
冗談でしょう?
私の信じている王様が、こんなことをなさるわけ。
「おう、どうした?背の低い方、必死さが足らんぞ」
王様が酒を飲みながら、まくし立てます。王様は笑っていました。興奮していました。この光景を、あたかも刺激的な娯楽の1つとして楽しんでいました。
やがて片方が、穴の中へ突き落とされます。もう1人は、くったりとその場へへたり込んで、「ごめんなさい、お父様!お父様!」と穴に向かって叫んでいます。
そして、穴の中から、獣の叫び声と、この世のものとは思えない悲鳴が、その場一体に広がります。
私は全身が完全に硬直していました。石になったように指一本動かせず、視線ひとつも動かせず、全身が冷や汗をかいていました。背筋が凍るようでした。
次の試合が始まりました。それが終わって、また次の試合が始まりました。次の試合、次の試合‥‥。
なぜ王様は、このようなことをなさるのでしょうか。
なぜ王様は、人が死んでいくのを楽しんでいるのでしょうか。
なぜ王様は、人の死を酒のつまみにするのでしょうか。命をかけた戦いは、食事の余興ほど軽いものだったのでしょうか?
穴に落ちていく人、落とした人、双方の悲痛な声が、何度も頭の中でくるくる回っています。
あれは刑罰なのでしょうか。今すぐあの人たちを助けたい気持ちにかられましたが、それは王様に逆らうことを意味します。私は兵士に捕まって、投獄されてしまいます。魔法を使って逃げても、あとは逃走生活と亡命が待っています。すべて、デグルの言ったとおりになるのです。
それに、私も貴族です。親から、王様に逆らってはいけないと厳しく言いつけられています。
でも、それで本当にいいのでしょうか?
私は王様に仕える身として、何か一言言わなければいけないのでしょうか?
「‥どうした、アリサ君、気分が悪いのか?」
王様が私を心配して、一声かけてきます。
違います。この人は、私の知っている王様ではないです。
だけど、この人に逆らったら、デグルに言われた通り本当に投獄されてしまいます。有罪とは、貴族の身分を失うこと。族誅で家族も貴族の身分を失うこと。
「‥‥い、いいえ、み、見とれてしまいました‥‥」
そう言ってごまかすのが精一杯でした。
「ほう、気に入ってもらえたか。よかった」
「はい、はは‥」
そのあと私は、この余興という名の何かが終わるまで、ずっとそれを見続けさせられていました。食事も酒も、全然手につきませんでした。




