第46話 魔王と別れました
「そんな‥‥本当に王様はそんなことをしたの?王様は民のことを考え、善政をしく賢き君だと信じていたんだけど‥‥」
私はまだ信じられず、デグルに聞いてしまいます。
「信じられないだろうが、全て事実だ。もっとも、貴様らは嘘を教えられているようだがな」
まおーちゃんは腕を組んで、うなずきます。
2人の様子からして、今の話は本当のようです。でも、理論では分かっていても、頭の中にいるもう1人の私が理解しようとしません。
クァッチ3世。私たちのいるウィスタリア王国の王様で、とても立派ですばらしい人だと、幼少のときより親から何度も教わってきました。どれだけ素晴らしいことをやってきたか、クァッチ3世のおかげでこの国はどれだけ栄えたか。私がクァッチ3世を主として尊敬していたのは本当です。しかしそれすら、嘘で塗り固められていたというのでしょうか。
「‥クァッチ3世の後ろにシズカという女がいるのは知っていたが、まさかその女が元凶だったとはな。そして、洗脳までしていたとはな。それは妾も知らなかった。デグルはそんなことまでよく知っているのう」
そうまおーちゃんが言っているところに、私は話しかけます。
「‥ねえ、まおーちゃん。本当に7年間軟禁されたの?」
「ああ、うむ」
「王様は本当に、人をばらばらにしたり、残酷な刑で殺したりしたの?」
「ああ、本当だ。妾も複数の亡命者から聞いておる」
「証拠は‥証拠はないの?」
気がつくと、私はまおーちゃんに迫っていました。
子供の時から刷り込まれてきたものが、簡単に頭からは取れないのです。
「‥複数の亡命者が同じことを言っておるから、間違いはないというのが我々魔族の出した結論だ」
「まおーちゃんが実際に見たわけじゃ、ないんでしょ‥?食べたものもハクって分かったわけじゃないし‥‥」
「それはそうだが‥」
まおーちゃんも、さすがに困った様子です。少しの沈黙が流れて、デグルが口を開きました。
「‥そんなに信じられないなら、アリサだけでも見に行くがいいだろう」
「で、デグル!?それは無理だろう!」
まおーちゃんが慌てた様子で、デグルに怒鳴ります。デグルはうなずきます。
「‥はい。アリサは間違いなく投獄されるでしょう」
「えっ、私が‥?まおーちゃんを連れてこれなかった罰として?」
「いや、それは許されるだろう。別の理由で死刑を宣告され、投獄される」
私はまだ、信じられないと言いたげに、口をぽかんと開けています。
デグルは、私の目をじっと見ます。
「アリサがどうしてもクァッチ3世に会いたいのであれば、私から2つ忠告する。何があっても、絶対に魔法を使うべきではない。ヴァルギスが使い魔であることを言うべきではない。君がヴァルギス並みの強い魔力を有していることを城の人は誰も知らないし、伝令のミスにより使い魔として召喚したことすら伝わっていない。入れられる牢屋も一般の死刑囚向けの、監視の緩いものになるだろう。そこから逃げなさい」
なぜだろう。デグルを見ていると、この人の言うことには絶対に従わなければいけないという、謎の緊張感が私を包みます。吸い込まれるような気がします。
「デグルは本当に何でも知っているのう。なるほど、どうせ投獄されはするが、その2つを守っておれば安全だな」
まおーちゃんも話し始めます。
「一度有罪になって牢から逃げると、貴様にはこの国での居場所はなくなる。そのときは、妾の国へ亡命しろ。いつでも待っておるぞ」
「そ、そんな、でも私が亡命すると家族が‥‥」
「そんなものにも構っていられなくなる。貴様はこれから、そういう身分になるのだ。むしろ家族も救いたいのなら、今すぐ家族ごと亡命するんだな」
「わ、私はあくまで王様の命令に従わないと‥!」
まおーちゃんとデグルがあまりにもとんでもないことを真面目に話しているので、私はしどろもどろになります。
非現実、絶対に起きないであろうことを、起きるかのように話しているように聞こえました。
でも、2人を見ていると、まるで自分が間違っているかのような気にさせられます。それだけ2人は真剣に、私の顔を見ているのです。
「で、でも、まおーちゃんがそんなに嫌だったら、私1人だけでも行くよ‥‥」
「よし、言質はとった」
まおーちゃんは立ち上がります。
「これから妾は、このエスティクの郊外にあるドラゴンの封印を解き、ハールメント王国へ急ぎ帰還する。貴様は明日、命令通りにクァッチ3世のところへ行け。もっとも、本音を言うとあんな奴に会わず最初から妾に付いてきてほしいのだがな」
「ええっ、まおーちゃん帰っちゃうの、どーして!!」
「‥‥妾も、ここに長くいすぎた。妾の滞在によって、貴様らに迷惑がかかっておる。妾の国も今、王がいない状態で混乱しているだろう。これ以上ここにいることはできぬ」
「まおーちゃん‥‥」
私はまおーちゃんのこと、好きだから。ずっと一緒にいて欲しい。
そう言おうと思いましたが、そんな生易しいことが言える空気でないことは、さすがの私にも伝わりました。
まおーちゃんと人間の国の間では今も紛争が続いていて、まおーちゃんを無理にこの地に押し止めると、1つの大国が滅んでしまうでしょう。
私はしわりと涙を流しながら、小さくうなずきます。
「まおーちゃんも本当は、ここにいるの、嫌だったんだね‥‥」
「そんなことはない。貴様らと会えた時間は、妾にとって宝になった。この5日間は絶対に忘れぬ」
「‥‥まおーちゃん」
まおーちゃんが私にくいっと顔を近づけます。
「妾は王族という立場があり、政略上の人付き合いも多かった。そんな時に、貴様は妾を等身大の人として扱ってくれた。周囲の人間が魔王である妾をおそれる中でただ1人、妾を怖からず、叱る時は叱り、そして妾のことを信頼してくれた。貴様は妾にとって特別な人間なのだぞ」
「まおーちゃん‥‥」
なぜでしょう。理由は分かりませんが、私の涙が止まりません。
それを見たまおーちゃんは、ひざを地面につけて、私の顔を両手で掴みます。
「えっ?」
まおーちゃんは、ゆっくり私の顔に、自分の顔を近づけます。
「な‥なっ‥」
私はまおーちゃんのことが好きで、何回も抱きついたりしたけど、いざくいくい来られると困ります。慌ててしまいます。
「慌てるな」
まおーちゃんの吐息が、私の顔にかかります。
私の体が動きません。魔法でも何でもなく、私自身の心から沸き起こる気持ちが、私の体を固めています。
まおーちゃんの顔が近づいてきます。もうそれだけで、私は逃げられないと思って、観念して、ぎゅっと目をつむりました。
まおーちゃんの舌が、ぺろりと私の頬を舐める感触がします。
私の頬をつたった涙が、剥がされていきます。
くすぐったいというより、何か別の感情が爆発して、私の顔はほてります。
一通り舐め終わった後、まおーちゃんは私の顔から手を離して、立ち上がりました。
「‥今のは魔族の風習でな。大切な友が泣いている時は涙を舐めて慰めるのだ。貴様は妾の心の友だ」
心臓がぱくぱくしています。
私は頭がぼうっとしたまま、まおーちゃんの顔を見上げて、じーっと見つめます。
「あ‥あっ、別にそっち系の意味ではない。勘違いするな」
まおーちゃんは慌てて付け加えて、顔をぷいっとそらします。
その様子を見て、私は「ふふっ」と笑いました。少し落ち着いたようです。
「‥うん。まおーちゃんが私を大切だと思ってくれてるの、伝わったよ。きっと、また会えるよね」
にこっと笑顔を見せます。まおーちゃんも笑います。
「ああ。妾と貴様は、きっとまた会える。貴様は生きろ。生きて妾の国へ来い」
「分かったよ。王様がひどいことをするとは思えないけど、もしものことがあったらまおーちゃんの国へ行くね」
「うむ」
そう言って、まおーちゃんはベッドの向こうにある窓を開けました。
深夜の冷たい風が、まおーちゃんと私の髪を揺らします。
まおーちゃんが窓から飛び降ります。
その後ろ姿は、くっきり、私の記憶に残りました。
私は窓へ行って、学園を出ていくまおーちゃんの後ろ姿を、見えなくなるまでずっと目で追い続けました。
まおーちゃん。きっと、また会えるよね。




