第30話 謎の老人の話を聞きました
ドアのノックの音が次第に大きくなります。
「どうした、動けぬのか」
そうまおーちゃんは急かしますが、私は体が石のように動きません。声を出すことすらできません。
さっき、まおーちゃんに睨まれた恐怖がまだ全身に残っています。自分の本能が、まおーちゃんに恐怖しているようです。
と、ノックの音がやみました。
「‥あなたはヴァルギスですか?」
初老の老人のような声でした。
「‥ああ、この声、聞き覚えがある。貴様はデグルだな」
「いかにも」
「入ってくれ」
デグルと呼ばれたその老人が、勝手にドアを開けて私の部屋に入り込んできます。
「あ‥あっ‥」
私の体はまだ硬直して動かせません。デグルはそれを見ると、私の肩に手を置きます。
聖魔法でしょうか。白い光が私の体を包み、体がふわっと軽くなってきます。体の力も抜けていき、私はぺたっと地面にあおむけになります。
「‥ああ‥」
「君はヴァルギスに睨まれて、恐慌状態になったのだよ。今、回復する術をかけた」
デグルは白髪で、白いみすぼらしい服に身を包んでいます。優しそうな顔で、私に語りかけます。
「は‥はい、ありがとうございます‥」
私は起き上がりました。
「見たところ、ヴァルギスの洗脳魔法はまだかかっていないようだね。ヴァルギスも早まったことはしないでください」
「‥申し訳ない」
「アリサ、許してやれ。ヴァルギスは感情に任せて、無意識に相手に恐慌をかけることがある。今回はそれだけ君を守りたい気持ちが強かっただけだ」
「は、はい、私は大丈夫です」
そういえば、まおーちゃんが誰かに謝るところを見たことはありません。
「‥ヴァルギスは、10年前と比べると素直になったようですね」
デグルも、まおーちゃんに対して丁寧語を使っていますが、どことなくまおーちゃんよりも威厳のある人のように見えます。というか、まおーちゃんとデグルってどういう関係なのでしょうか?
まおーちゃんはベッドから立ち上がって、私の横へ座ります。
「‥10年前は大変失礼した。全てあなたの言うとおりだった。どうか、妾にこれからも教えていただきたい。上座に座ってくれ」
いつの間にか私のベッドが上座になってました。他に椅子らしい椅子もないので仕方ないかもしれません。
しかしデグルはその場を動こうとはしません。
「いいえ。私も所詮、この世界では平民です。身の程は弁えております。ヴァルギスがあちらへ座ってください」
「いいや、妾は遠慮する」
お互いが上座を譲り合います。
「‥ねえ、デグルさんですか?」
「うむ」
デグルは優しそうな顔をしています。
この顔や声のトーン、どこかで会ったような気がしないでもありません。ずっとずっと昔、どこかで話したような、そういうぽわっとした記憶が浮かんでくるのです。
この人の言うことは聞かなければいけない。そんな不思議な気持ちが、心の奥底から湧き上がってくるのです。
「どこかでお会いしましたか?」
「‥まだわずかに記憶が残っているみたいだね。消すこともできるが、私は頭の中はいじらない主義でね」
そう言って、デグルはその場であぐらをかきます。
「‥さっきもヴァルギスから聞いたと思うが、君にはクァッチ3世のところへ行かないで欲しい」
「‥はい?」
突然現れた老人が何を言っているのやら、という気持ちになります。
でも、なぜか、心のどこかで誰かが、この老人の言葉には従わなければいけないと叫んでいます。不思議な気持ちです。
本当はこの老人を今すぐにでもこの部屋から出したいけど、でもなぜか、逆に話をしっかり聞いていたいという気持ちにもなります。この老人、本当に何者なのでしょうか。
「で、でも私は貴族という立場上、王様のところへ行かなければいけません」
「行かないとどうなる?」
「それはできません。私たち貴族は、王様に忠誠を誓っているんです」
「それでも従わないとどうなる?」
「王様は最近、罰則を厳しくしているようです。王様の命令に従わないと死刑になります」
「もし君が逃げたら?」
「家族が死刑になります」
「そんなことで殺されることについてはどう思うかね?」
「何とも思いません。王様は偉いのですから、逆らってはいけません」
私は真顔で言いました。デグルはそれを聞いて、「はぁ‥」とため息をつきます。
「君は洗脳されていないとはいえ、すっかり出来上がっているな。些細な罪で死刑になっても驚かない。しっかり教育されているね。ヴァルギスが怒るのも無理はない」
「だ、だが妾は出過ぎたことをして‥」
「もうよい」
デグルとまおーちゃんは、お互いの顔を見合わせます。
何でしょうか、この空気は。私は2人の話のどこかに違和感を覚えます。
デグルが私に聞きます。
「‥‥風呂は入ったか?」
「はい、先程入りました」
「ご飯は?」
「それも済ませました」
「明日は早いか?」
「はい、王都へ行かなければいけないので」
「申し訳ないが、これから少しの間、時間をくれ」
それからデグルは、ちらっと誰もいない部屋の隅を見ます。
「そこにいるのは、ラジカだね」
何もなかったはずの部屋の隅の一部分が緑色に変色します。ラジカのカメレオンでした。いたんですね。
「こっちに来なさい。そのカメレオンは、ラジカが操っているのだろう?せっかくの機会だ、君にも話を聞いて欲しい」
カメレオンはぴょんぴょんと、こちらのほうに走ってきます。そして、まおーちゃんの肩に乗ります。
デグルはひとつ深呼吸してから、私を見ます。
「‥結論から言うと、アリサ、君はクァッチ3世のところへ行くべきではない。その理由をゆっくり説明したいのでね」
その老人は、どことなく真剣な表情でした。長い話になりそうな予感がします。
私たちの表情を丁寧に確認して、デグルは昔話を始めました。
第1章はこれでおしまいです。
第31話〜第45話(第2章)は、未成年にはふさわしくない残酷な描写が含まれるため、別の小説として公開しています。
https://novel18.syosetu.com/n2353go/
(※18歳未満閲覧不可)
明日は第2章の全年齢向け要約と、第3章最初の話となる第46話を掲載します。




