第29話 王様に呼ばれました
ギルドで、FランクやGランクの依頼を受けたまおーちゃんたちには1000〜2000ルビを受け取りました。
一方で私の報酬は、3億ルビでした。30人の冒険者が山分けすることを想定して設定された金額を、全部私1人で受け取ってしまったらしいのです。あまりにも高額なので、現金は10万ルビだけ受け取り、残りは自分の口座をその場で作ってそこに振り込んでもらいました。
「こ、これはどう考えても1人用の依頼じゃないんじゃないかな?な、何でそんな依頼、受けたのかな‥?」
ニナがまだ混乱している様子で、震える手で私を指差して聞いてきます。
「ん〜、場所も遠くないし、今日中に終わりそーだなって思ったから」
「今日中に終わりそうって‥‥」
ここでナトリが「おい、テスペルク!」と怒鳴ってくるところでしたが、声が聞こえません。ナトリを振り向くと、真っ白になって椅子にもたれて燃え尽きています。
「ナトリ‥ナトリ?大丈夫?」
「アリサ様、触んないで。ナトリはひどく疲れてる」
ナトリの肩をつかもうとした私を、ラジカが制します。
「そ、そーなんだ‥‥そろそろ暗くなるし、寮に戻りたいんだけど‥」
「あ‥うん、2人だけで先に戻ってて、私たち、まだ気持ちの整理ができてない‥‥アリサって、魔王を召喚した時はびっくりしたけど、本当にすごい人なんだね‥‥」
そうニナに言われたので、私はラジカに「はい、返してあげるね」と2万ルビを渡して、まおーちゃんと一緒に寮へ戻ることにしました。道中でこの夕暮れの時間には珍しく何人もの人達を見ましたが、みんなあの山のことばかり話していました。
「あの山って観光地にもなっていたからみんな驚くのは分かるんだけど、ちょっと騒ぎすぎなんじゃないかな‥‥?」
私がつぶやくと、まおーちゃんは呆れたように笑います。
◆ ◆ ◆
「うむ、美味だ」
ずっと我慢していたらしい寮の食堂のケーキを食べて、まおーちゃんは満面の笑みを浮かべます。食堂のケーキもそこそこ人気があるので、他の生徒の分も残そうと言って10個だけ買ったのですが、まおーちゃんはそれをあっというまにたいらけました。
「この食堂の味は庶民向けだが、このケーキは格別ではないか。砂糖の割合が素晴らしい。このケーキのために食堂を作ったのではないか!?妾は満足だ」
「よかったね、まおーちゃん!」
そう言いながら私はラーク(うどんのような食べ物)をすすります。
「ところで貴様、大金持ちになったのだろう?それだけの力があれば、さらに稼ぐこともたやすいだろう?なぜ贅沢せんのだ?」
「ええ〜、私、そういうのには興味ないよ?魔法が使えればそれでいいし!まおーちゃんはこれからも遠慮せずケーキ頼んでいいからね!」
「貴様は欲がないのう」
まおーちゃんは水を飲みます。
私たちが食堂を出ると、待ち構えていたように教師が私の名前を呼びます。
「テスペルクさん」
「はい」
「王様から手紙を預かっています。部屋で読んでください」
「はい」
封筒を受け取りました。差出人が高貴なだけあって、真っ白で、立派な大きい封筒でした。
「何だろう‥ねえ、まおーちゃん、何だと思う‥」
まおーちゃんを振り返ると、まおーちゃんはその封筒を睨んでいました。ありったけの精神を込めて、腕をわなわな震わせながら。
「‥まおーちゃん、大丈夫?」
私の言葉でまおーちゃんははっと我に返ったようで、首を振ります。
「い‥いや、何でもない。それより、その手紙は妾にも読ませろ」
「え、うん、内容にもよるけど」
私は貴族として教育を受けていますので、王様からの密命であればさすがのまおーちゃんにも見せるのをためらってしまいます。
その封筒を部屋へ持ち帰って、封を開けます。まおーちゃんはベッドに座って、私が手紙を読み終わるのを待ち構えています。
「ん、なになに‥‥私とまおーちゃんの2人で、今すぐ王都へ来てほしいって書いてあるよ」
「‥‥‥‥」
何やらまおーちゃんの様子がおかしいです。行くかどうか迷っているという様子ではなく、何やら怒っているようで、身を激しく震わせています。
「‥大丈夫?」
私が声をかけるとまおーちゃんは激しくため息をついて、それから立ち上がります。
「‥妾は断らせていただこう」
「えっ、どーして?」
「どうしてもだ」
そう言って、まおーちゃんは私から手紙を奪って読みます。
「‥‥クァッチ3世。久しぶりだな」
手紙を私に投げ捨てるように返します。
クァッチ3世とは、今の王様の名前です。
「え、王様と知り合いなの?」
「当たり前だろう。妾を誰だと思っておる。魔物と魔族の国の王、魔王だ」
「でも、人間の国はずっと魔族の国と仲が悪いから、会ったことはないって思ってた‥意外だな」
「‥つい20年前までは仲がよかったんだがな」
まおーちゃんがそう、ぼそっとつぶやきます。
「‥えっ、私はそんな話聞いたことないけど?」
「‥まあ。人間の間ではなかったことにされてるようだがな。とにかく妾は行けんのだ。貴様も絶対に行くな」
まおーちゃんは本気で行きたくない様子で、珍しく私を睨んでいます。ううーっ、仲良しだと思ってたのに、そんな顔見せられるときついなー。
「ええー、でも王様の命令は絶対だよ?逆らうと死刑にされちゃうんだよー!とっても厳しいの!まおーちゃんも行ったほうがいいよ?」
「そんな刑、妾と貴様の力があれば受けずに済むだろう」
「でもー!私、一応貴族なの。貴族は王様から俸禄や土地をもらっているから、王様の命令は聞かなくちゃいけないの。子供の時からずっと、そう教わっているの」
「妾は行かんぞ?」
「私、王様の言うことは聞かなくちゃいけないの。だから、まおーちゃんが嫌でも、無理にでも連れてくよ」
まおーちゃんは腕を組んで少し考え込みます。
(‥‥こやつも一応、貴族としての教育は受けているのだな。それはいいのだが、妾はクァッチ3世に会いたくないし、こやつにも会わせたくない。どうしたものか‥‥)
「‥‥とにかく、妾を連れていきたいのなら、妾と戦え」
それは、まおーちゃんを召喚した直後と同じような、あからさまに敵意のある険しい表情でした。
今まで私はまおーちゃんに何度も抱きついたりしてて、まおーちゃんはそれを嫌がっていました。明らかにそのときとは全然違う、明確な拒否です。
「ま、まおーちゃん、どうしたの‥?」
冗談で言ってるよね?と、私はまおーちゃんに優しく話しかけますが、まおーちゃんは容赦なく私に火の魔法を投げます。
「あ、危ないよ、まおーちゃん、どうしたの‥?」
「‥妾が貴様に勝ったら、妾はクァッチ3世のところへは行かぬ。ついでに貴様も行かないほうがよい」
まおーちゃんは背後に黒いオーラを漂わせながら、ベッドから立ち上がります。私は思わず尻餅をついてしまいます。そんな私を見下ろして、まおーちゃんは続けます。
「‥妾と貴様がクァッチ3世のもとへ行くと、間違いなく殺される」
「そ、そんな乱暴な‥王様は怖いけど、そんなお方じゃ‥」
「妾はこの国から指名手配されている。貴様も聞いただろう?それに、妾にとってあいつは宿敵なのでな」
私の慌てた顔を見てはっと我に返ったのか、まおーちゃんは一呼吸してまたベッドに座ります。尻もちをついてしまった私も、もう一回浮遊の魔法を使ってふわーっと浮き上がります。
「‥まおーちゃんが行きたくないのは分かるけど、何かあったら私がまおーちゃんのこと、守ってあげるから。だから、大丈夫だよ」
「貴様も妾と一緒に殺されると思ったから言っているのだがな」
まおーちゃんはため息をつきます。
「‥どうしても奴のもとへ行きたいのなら、妾も実力を行使する」
「‥えっ」
まおーちゃんは、目を大きく見開いてきます。鋭い視線が、私をとらえます。私は、まおーちゃんの目から視線をそらすことができません。
全身が硬直します。目の前の対象に、全身が恐怖しているようです。びりびりした空気が流れて、言葉を紡ぐための口も動かせません。唇がぴくぴくっと動きます。
「あ‥あっ‥」
まおーちゃんの背後から黒いもやがぶわーっと爆発して、部屋の中を包みます。
「‥すまないが、貴様を洗脳する。完全に意思を乗っ取るわけではないが、行きたくないと思わせる。これは貴様の身を守るためだ。分かってくれ。貴様もハクのようにはならないてくれ」
そう言って、まおーちゃんは私の頬に手を当てます。
まおーちゃんの目から、涙が溢れ出ているのが分かります。
私の体は石のように硬直したまま、動きません。
前に洗脳された時とはまた違う恐怖が、私を襲います。
周りにあるどす黒いもやが、私に向かって走ってきます。
その瞬間、大きなドアのノックの音が、部屋全体に響き渡ります。
黒いもやは私の体に入る前に、全部蒸発してしまいました。まおーちゃんが急いでもやを消して片付けたようです。
「来客だぞ、貴様、行け」
「あ、あう‥」
気がつくと、私はもう一回床に尻もちをついていました。腰が抜けて、立ち上がれません。
ここから第68話までシリアスな展開が続きます




