第28話 山を倒しました
16時になりました。私たちは山のふもとに集合します。
「ゴブリンを倒したぞ」
「アタシも。虫みたいな魔物を倒した」
「妾も薬草が集まったぞ」
「みんな、大丈夫みたいだね〜!」
ニナはそう言ってから、はっと思い出したのか、私を見ます。
「そういえば、アリサ、依頼は?」
「まだやってないよ」
私はにっこりと笑って返しました。
「えっ、この山に入れるのは17時までだよ、大丈夫なの?」
「えへへ、大丈夫だよ。私の依頼は、17時からやるんだよ」
それを聞いて、ニナは事情が飲み込めたようです。
「へ‥?もしかして、アリサの依頼のためだけに入山規制がかけられたってこと?一体どんな依頼なの?」
ニナだけでなく、ナトリもラジカも驚いた様子です。
まおーちゃんはこの山に登る時に私の依頼内容を勘づいたようで、慌てず動じず、そして少しにやついた顔をしています。
「貴様ら、こやつの依頼内容は何だと思うか?」
「一体何だ、入山規制をかけてまでやらなければいけない依頼とは何だ」
ナトリが腕を組み、首をかしげます。
「‥魔王もアリサ様も、もったいぶらないで教えて」
私とまおーちゃんは、ふふっと笑ってお互いの顔を見合わせます。それから私が、にこっと言いました。
「この山を、倒すんだよ」
「えっ?」
誰もが目を点にします。
その時、ギルドの職員や何人もの冒険者が山のふもとに集まります。周りがにわかに騒がしくなってきます。私たちにも声がかかります。
「すみません、ここは17時から入山規制をしていますので、すみやかにここを離れてもらえますか?」
他の冒険者達も、ギルドから発行された緊急の依頼で、他の登山客をとかしたり、拡声器で「今すぐ降りてください」と山に向かって呼びかけたりしています。
「ふん、貴様1人だけで不可能だと思われているとは言え、入山規制は一応やるのだな」
職員や冒険者の様子を見て、まおーちゃんが感心します。
「私たちは先に町に戻ってるね、依頼の報酬も受け取りたいしね〜」
「分かった、ニナちゃん。私も後から追うから」
ニナ、ナトリは行ってしまいました。ラジカも、まおーちゃんの肩に乗ってるカメレオンの様子を確認してから、行ってしまいました。
「‥2人になっちゃったね」
「ああ、だが、依頼は貴様1人でやれ。妾は見ているだけだぞ」
「うん、わかってる」
もうすぐ17時です。職員や冒険者たちも引いていきました。
「行け」
まおーちゃんに言われたので、私はふわ〜っと山の頂上まで向かいました。誰かと一緒ではないので、登山道を通らず、まっすぐ頂上へ飛んでいきます。
途中、たくさんの木がひっきりなしに並んでいるのが目に入りました。
(うわあ、この山を私が倒すんだ‥‥)
頂上についた私は地に足をつけて、地面に手を当てます。
夕方で薄暗くなってきた山の頂上には、ぼうっと淡い水色の魔法陣が現れます。
魔法陣の下から、瘴気を感じる気持ち悪いしめった風が巻き起こります。
「デ・ジュ・ルージュ・ギ・カラン」
私は呪文の詠唱を始めます。魔法陣は次第に大きくなっていき、それから、一気に山全体を包みます。
古代呪文で封印されたものを解除する魔法です。これを知っているのは世の中でもほんの一握りの魔法使いに限られますが、私は昔から魔法が大好きで古い本も難しい本も次々と読み漁っていたため、このような魔法も知っているのでした。
本来この規模の魔法は、5人以上が協力して唱えなければいけません。しかし私は1人、知識と、膨大な魔力で殴ります。
地響きが始まりました。大きな地震のような揺れが延々と続きます。大きな音で耳が痛くなってきます。
山が、ゆっくり大きくなっていきます。そして、立ち上がりました。
「ふむ、さすがあやつだ」
山から離れたところまで距離を置いたまおーちゃんは、腕を組んで、満足の笑みを浮かべていました。
山そのものが動く大きな地響きと騒音は町まで届き、窓から顔を出したり、驚いて家から飛び出たりしない人はいませんでした。
ギルドで報酬を受け取っていたニナたちも驚いて、ギルドから飛び出ます。
「や、山が動いてる‥?」
次第に山は、これまでかぶっていた大量の砂や木を滑らすように下へ落とし、それらに包まれた自分の姿をあらわにします。
それは、1つの山を作るほど巨大なゴーレムでした。
「テスペルクの奴‥‥」
さすがのナトリも、呆然としています。自分たちがついさっきまで登っていた山が、実は魔物だったのです。
そしてギルド職員たちも、私1人で山の封印を解けることは全く予想していなかった様子で、混乱して今後の対応を話し合っています。本来なら大きな騒音がするどころか、町にも危害が及びかねない依頼なので、領主に報告し、町の人達に何度も周知した上で昼にやらせるべきでした。あの山は今ではすっかり観光地になっていて、また山の強力な封印をたった1人で解けることは考えていなかったので、特に何も準備せず、夕方の17時を指定しました。完全に失態です。
私たちが今まで登っていた山は、実は1000年前、大昔の戦争の時に造られたゴーレムだったのです。ゴーレムは封印魔法で眠っていますが、長い年月が経ち封印魔法が残り20年、30年くらいで壊れそうになったので、その封印を解き、ゴーレムを壊して欲しい。それが、私の選んだ依頼でした。
「グオオオオオオオオオオ!!!」
巨大なゴーレムが咆哮します。その衝撃波が町まで届き、嵐のように町の人達を襲います。ニナやナトリも必死で耳をふさぎます。
「も〜、うるさいなー!町の人達がびっくりするよ!」
私はそれだけ言って、今度はゴーレムの頭上に攻撃魔法を展開します。
「ルナ・ド・ダラナス・ハノギスノント・ルラ」
これも古代の攻撃魔法です。昔に作られた兵器には、現代の普通の魔法よりもこれが一番効くのです。
赤紫の魔法陣が出たかと思うと、ゴーレムの頭が砕け、体が内部から爆発するように破壊されていきます。
ごごご、という地響きが続きます。大量の土煙が湧き上がり、上空にいる私は視界もままならないほどです。
土煙が少し収まったあとには、根っこから滑り落ちた大量の木と、ゴーレムの残骸が、それだけでまた1つの新しい山ができそうなくらいに積まれていました。
「よくやったのう」
私が山から少し離れた場所へ下りると、近くにいたまおーちゃんが声をかけてきます。
「えへへ、まおーちゃんに褒められた!はっ、これは告白にOKしてもらえるフラグ‥‥」
「何でも恋愛に結びつけるでない。それより貴様は、数十人の冒険者が何時間もかけて倒すべきゴーレムを一撃で倒した。戦略魔法を防いだときも思ったが、妾に匹敵する力を持っていて、しかも魔族ではなく人間だ。貴様なら、もしかしたらハラスに‥‥」
まおーちゃんは何かを考え込み始めます。
「まおーちゃん、どーしたの?」
「‥‥いや、何でもない。町に戻るぞ」
まおーちゃんはくるっとUターンします。
「あっ、待って、まおーちゃん!」
私もその後を追います。




