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第277話 結婚式前夜(1)

宣言が終わった後は、大きな馬車に乗ってバレートです。新しい聖女の顔を、庶民たちに覚えてもらうのです。その準備中、御者が馬に餌を与えているのを眺めながら、私は馬車を眺めます。2階構造になっていて、2階に屋根はなく、2階に乗っている人は遠くからも見やすいようになっていました。


「緊張するか」


後ろからヴァルギスがやってきたので、私は首を振ります。


「大丈夫」

「アリサも変わったな」


ヴァルギスは私を抜いて、馬車にそっと触ります。


「昔のアリサはわがままばかりだった。強引だったし、周りの言うことを聞かず、戦争でも人を殺したがらなかった」

「はは‥」


私は苦笑いしてしまいます。

ヴァルギスが私を振り向きますが、その顔はにっこり、柔らかく、愛嬌のあるものでした。


「だが、今は違う。今のアリサには、覚悟がある。責任も使命もある。妾には、そんなアリサが輝いて見えるのだ」

「ヴァルギス」

「妾はアリサと出会うことができて光栄に思っている」

「そんな‥」


ヴァルギスは馬車から離れて、ゆっくり私へ歩み寄ります。


「妾があの日の遊園地でアリサに告白したのは、魔王として過ごす毎日に寂しさを感じていたから。日常に変化を望んでいたから。アリサの愛情が妾の心を満たしてくれるからだった。今は違う。今は、アリサのことを心底尊敬している」


そう言って、左腕の手首を掲げます。

そこには、あのときに私がヴァルギスへプレゼントした、あの腕輪が巻かれていました。


「これは安物だからこちらで新しいものを用意するか悩んだが、これは妾がアリサを意識したきっかけだ。アリサからの心のこもったプレゼントだ。妾にとっては、この腕輪から始まった。そう思うと、なかなか言い出せなくてな」

「ヴァルギス」


目頭が熱くなります。

私もゆっくり、左腕を掲げます。ヴァルギスとおそろいの腕輪が、そこにありました。確かに安物で、魔王と王妃にはふさわしくないかもしれませんが、それでも私とヴァルギスの愛の形です。


「だが、やはり安物は壊れやすい。補強の魔法をかけて、妾とアリサが死ぬその時まで破れることのないようにしたい。いいか?」

「分かったよ、ヴァルギス。‥ねえ、私がヴァルギスの腕輪を、ヴァルギスが私の腕輪を強化するの、どう?」

「うむ」


私の提案に乗ったヴァルギスが、左腕を差し出します。

その手首をそっと触って、一言呪文を唱えます。ふわっと金色の光が起こります。

ヴァルギスも、私の差し出した左腕にかかる腕輪に魔法をかけます。魔族らしく、黒と白が混ざった液体のような光が起こりました。


「‥これで私達は、ずっとずっと一緒だね」

「うむ」


何度もうなずいてうつむき気味になったヴァルギスの頭を、私はそっと抱きます。暖かい、太陽のような匂いがしました。それは魔王には似つかわしくないけれど、私の知っているヴァルギスの匂いだと思いました。


「‥嗅いたな。アリサのも嗅かせてくれ」


ヴァルギスは強引に私の頭を掴んで、下へ向けさせます。ヴァルギスの鼻が私の頭に触れるのに気づいて少し恥ずかしくなりました。


「ふふ、妾の知っている匂いだ」

「どんな匂い?」

「秘密だ」

「ヴァルギスのいじわる!」


私が笑うと、ヴァルギスも一緒に笑います。

それだけで、私とヴァルギスの心はひとつにつながっているかのような感覚になるのです。ヴァルギスと2人きりでいるだけで、私の心が満たされるような気がしました。

ヴァルギスと初めて出会った日、私はヴァルギスの顔が可愛いとおもいました。しっぽも可愛いと思いました。でも今は、外見だけではありません。私のそばにいるのは、ヴァルギスでないと嫌だ。他の人とは絶対に付き合いたくない。そのような、確信にも近い決心が、私に自信と勇気をくれるのです。


◆ ◆ ◆


パレートでは大勢の平民たちに手を振りました。道中、何人か病気の人がいたので、ついでに治してあげました。馬車から降りず、馬車の上から直接遠隔魔法をかけたので、誰もが驚いて、奇跡を喜んでいました。

その夜の夕食は、ハギス、ラジカと3人で食べました。ヴァルギス、メイ、ナトリは、各国から集まってきた重臣たちと食事しているため不在です。


「お疲れ様なの」


ラジカとともに私を挟むように座ったハギスが、この日は笑顔で私をねぎらってくれます。あまり見ない表情だったので私は緊張してしまいましたが、すぐにこわばった頬をゆるめると、返事します。


「ありがとう。私、ヴァルギスやハギスに恥じない、立派な聖女になってみせる」


すぐそばで、ラジカがにっこりと私を見ています。

その日の食卓は、思い出話が中心でした。私とラジカが初めて出会った日の話、私がヴァルギスを召喚した日の話、召喚直後の5日間の話。ハギスはそれらを興味深そうに聞いていました。


「姉さんは学校ではどういう人だったなの?」

「周りからは魔王は怖いと思われてたけど、いちいち気にしないで堂々としてたかな」


ハギスはヴァルギスの話にはいつも食いついてきます。私もラジカも、あのときは5日間という短い間でしたが、自分の知っていることを惜しげなく答えました。


◆ ◆ ◆


その日は、3人で一緒に風呂に入りました。


「ラジカちゃん、天使の仕事はどう?難しい?」


湯船に入って、私が尋ねるとラジカはゆっくり首を振ります。


「アタシはまだ新入りだから、アリサ様関係以外は雑用をやってる。天使には担当地域が割り当てられているけど、身分の高い天使は世界各国を駆け回っていると聞いた。忙しさはそれぞれ」

「へえ、いろいろいるんだね」


そう私たちが話したところで、ハギスも湯船に入ってきます。

しばらく湯に入って静かにしていたところへ、ハギスが話しかけてきます。


「明日は姉さんとテスペルクの結婚式なの」

「うん」


私はぼんやり、浴室の天井を眺めます。湯けむりに邪魔されてよく見えませんが、魔族らしく漆黒をベースにしたデザインでした。


「姉さんが人間と、しかも女と結婚するとは思わなかったの」

「そうだね。世の中では女同士がクローズアップされてるけど、魔王が人間と結婚するのも‥‥初めてかな?」

「初めてなの」


ハギスは顔の半分を湯に沈めて、ぷくぷくしています。


「今はヴァルギスのおかげで魔族と人間の関係もよくなったけど‥‥そっか、初めてなんだ」

「何千年も戦争し続けてきたから」


ラジカが横から話しかけてきます。


「性多様性、種族の垣根、どれをとっても歴史に残る結婚になると思う」

「あはは、ラジカちゃん、私は特にそういうのは意識しないよ。ヴァルギスはヴァルギスだし、私にとってパートナーはヴァルギス以外考えられないもの」


私はそう言って、ふうっと息をついて湯船の端にもたれます。


「テスペルク」


ハギスが小声でぼそっと声をかけてきます。


「姉さんを、幸せにしやがれなの」

「もちろんだよ。私とヴァルギスが結婚したら、ハギスちゃんは私の義理の姪になるね。ハギスちゃんのこともいっぱい大切にしてあげる」


私がそう言うと、ハギスはぱっと表情を変えてきます。


「その時はくさやをたっぷり持ってこいなの」

「あはは、ヴァルギスの裁量次第かな」

「こっそり持ってきやがれなの」

「あはは」


私は笑ってごまかします。

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