第275話 結婚式の準備をしました
その後、私は何度も魔王のイベントに駆り出されました。聖女としてだけではなく、ヴァルギスの妻としても振る舞わなければならず、私の立場は複雑です。時折ヴァルギスや側近の人たちに助言をもらいながら、私はヴァルギスと一緒に民衆に囲まれながらウェンギスの町を歩きます。
連日の行事で私はすっかりくたびれていましたが、困っている人たちは待ってくれません。私は時間を見つけてウェンギスを歩き、借金で困っている人、親をなくした子供などを探し出しては、次々と支援していきます。聖女としての仕事は怠りません。
聖女としての活動には副作用もありました。私とヴァルギスが結婚することに反対する人もウェンギスには多くいましたが、ヴァルギスの結婚相手が聖女と知ると賛成に回る人が何人か出てきました。結婚した後もこうして地道に聖女の活動を続けていれば、きっと私たちへの理解も深まる気がしました。
「ドレスができた。試着しよう」
私とヴァルギスは、メイドたちに手伝ってもらいながらドレスに腕を通します。人間の私は真っ白で華やかなドレス、魔族のヴァルギスは真っ黒でどこか妖しさを漂わせるドレスでした。こうして並べると、全然違います。
「色が違うね。同じ黒でもよかったのに」
「うむ。人間と魔族の結婚だからな、お互いにそのことを知らせなければいけないのだ。それにはこれくらい色が違うくらいがちょうどいい。そうだ、黒といえば使用人よ、あれを持ってこい」
やがて使用人が持ってきたものは、黒いゴムのようなものでできていて、光を反射してよく光ります。折りたたまれていて形状はわかりませんが、普段身につけるような生地ではないように感じます。
「えっと、あれは何?」
「アリサも試着してみろ。結婚式の夜にベッドで使う衣装だ」
「え、ええっ、今ここで着るの!?ちょっと待って、ヴァルギスはセックスのことになるとすぐ見境なくなるんだから‥‥」
「ふふ、なんとでも言え、あまり魔族をなめないほうがいい」
ヴァルギスは少し笑ってそれを2着受け取って、半分を私に渡します。ヴァルギスが私にそっと耳打ちします。
「これは試着用だが、本番の衣装には身につけるだけで興奮する特別な魔法が入っている。王族に代々伝わる伝説の服で、昼夜を忘れて軽く2日くらいは続くぞ。披露宴の食事はしっかりとれ」
「ううっ‥」
私は顔を真っ赤にして、もじもじしながらそれを手に取ります。
◆ ◆ ◆
結婚式は大広間を使って行われます。結婚式前後の1週間、大広間は政務のために使えません。作業員たちが集まって、設営で大忙しです。
あちこちから国賓が集まってくるので挨拶しなければいけません。結婚式の最中だけに挨拶すれば済むというものでもなくて、丁寧におもてなししなければいけないのです。各所の宿舎へヴァルギスと一緒に挨拶回りに行くの、疲れます。
しかも、こういう他国から国王や重臣を集めるようなイベントって、他国同士の外交やヴァルギスとの会談が展開されることも多くて、ヴァルギスは終始その対応に追われていました。これだけでも、魔王との結婚式は普通の結婚式とは全く違うものだと実感させられます。
そんな忙しい合間を縫って、ノスペック王国からメイが到着します。
「来てやったわよ」
メイのいるホテルの一室へ挨拶しに行った私とヴァルギスを、椅子に座っているメイが待ち構えていました。
「まあ、そこにかけなさい」
「わかりました。久しぶりです、お姉様」
私とヴァルギスは指示された1人掛けの椅子に座ります。メイの隣の椅子にはナトリが座っています。さらに、そばには天使のラジカが立っています。
「こうなるとハギスも欲しくなってくるな、メイ、時間は取れそうか?取れそうなら呼ぶが」
「お願いするわ」
メイが返事したので、ヴァルギスは使用人を呼んでハギスを呼びに行かせます。
メイが「お茶飲む?」と進めてきたので、私は「ありがとうございます」とカップを受け取って飲みます。
「すっかり何もかも変わってしまったわね」
お茶を飲んで一息ついたメイが、ため息を漏らします。
ヴァルギスもそれに呼応するように、言葉を続けます。
「うむ。メイはノスペック王国の国王に即位し、ナトリはその宰相になった。アリサは聖女として各地を旅するようになった。ラジカは天使になった。そして‥」
と、ヴァルギスがお茶を飲みかけたところで、ドアのノックがします。
「失礼いたします。たまたまホテルのすぐ外におられました」
使用人の説明が終わらないうちにハギスが部屋の中に飛び込んできます。
「ビリヤードの試合に勝ってきたところなの。久しぶりにみんな揃ってるの」
以前のハギスとは思えないくらい、どこか落ち着いている様子です。大人になった感じがします。まだ見た目は10歳ですけどね。
ヴァルギスがハギスに呼びかけるように言います。
「ハギスは、この結婚式が終わったらすぐにここを去って、領主として1つの町を治めるのだ。妾の後継者になるための練習だな。そこで政治を覚える」
「姉さんには2ヶ月もみっちり教え込まれたなの‥‥」
ハギスはヴァルギスを見ると力なさそうにぼやきます。ハギスのぶんの椅子がなかったので、私が「はい、どうぞ」と言って座らせようとしますが、ナトリが「テスペルクもいずれ王族になる身だ、ナトリが一番身分が低い」と言って紅茶を持って立ち上がります。
「いいなの。お客様をもてなすのは王族の義務なの。ナトリも、テスペルクも座りやがれなの」
すっかり大人しくなったハギスがそう言うので、私もナトリも座って、ハギスを見ます。
「ハギスちゃん、大人っぽくなったね」
「来週には領主城にいるなの。今のうちから心構えをしておかなければいけないの」
「どこへ行くの?」
「ハールメント王国の東の、オレッツという小さい町なの」
「私もまたそこへ遊びに行くね!」
ナトリから受け取ったお茶を立ちながら飲んでいたラジカが、私たちを見回して、つぶやきます。
「‥次にみんなで集まれるのは、いつだろう」
「ああ‥そういえばそうだね。来年の正月くらいかな」
「正月はメイも自分の国民への挨拶をしなければいけないだろう。メイ、外遊で来る時は早めに連絡してくれ、ハギスを呼ぶ」
「その時は私も集まりたいな。ええと、その時に私は世界中のどこかにいるから‥」
「アタシがアリサ様と魔王の伝言係になる。天使だから一瞬で移動できる」
「ああ、ラジカちゃん、お願いー!」
ほんと、天使の友達がいるというのは特権です。ものすごい特権です。そういう私もカ・バサからウェンギスまで2日で移動できちゃいますけど、移動する必要すらないというのはとっても大きいです。
そうこう話しているうちにお酒が運ばれてきましたので、私たちはテーブルに席を移します。
「再会を祝して、次にまた会える日があることを願って、乾杯!」
そして飲みます。
「次にまたみんなで集まれたら、どこかへ買い物行ったり、遊園地行ったりしたいな!前はナトリちゃん来れなかったでしょ」
「あのねアリサ、国家主席が2人、重臣が1人、天使が1人、聖女が1人集まって外歩いたら絶対大騒ぎになるわよ。前回は国家主席1人だけだったけど」
私の誘いにメイが返すと、みんな笑います。
「さすがに、ヴァルギスがしていたフートローブをみんなかぶるわけにはいきませんね、お姉様。随分堅苦しくなってしまいました‥‥」
「まあ、全員フートローブもそれはそれで面白そうだけどね。あたしも寂しいわよ」
「でも、あの戦争の時に私たちのために祈ってくれたお姉様が、今度は国民みんなのために頑張ってくださっている」
「ええ、そうね。大変だけど、やりがいは感じるわ。国民からの手応えも確実にあるし、今のところは引き受けてよかったと思っているわ。今のところはね」
そう何度も念押しして、メイは酒をテーブルに置きます。




