第274話 遷都しました
国王になったメイは、王城の大広間で、これまでクァッチ3世やヴァルギスが座っていた玉座に座ります。
家臣たちが、ぞくぞくと大広間に入ってきます。ナトリをはじめ、ソフィーなど、そうそうたるメンツが揃っています。人事はあらかじめソフィーと相談して、決めています。
「宰相はナトリとします」
メイがそう言うと、周囲からどよめきが起こります。
ナトリはあらかじめ通知されていたので、目を伏せて頭を下げます。
「宰相として責任を持って、王様にお仕えします」
「よろしいです」
同じ学校の先輩後輩の関係でしたが、国王とその家臣の関係になった2人は、どこかぎこちないながらも、よく相談して次々と政策を決めていきます。
戦争で荒れた都市の復興、再軍備、外交の方針など。
「王様」
1人の家臣が手を挙げて発言します。
「クァッチ3世治世の末期、このカ・バサには多数の奸臣や佞臣が集まりました。彼らは商人や有力者たちと癒着し、政治を混乱させる原因を作りました。商人や有力者たちは政治家や役人と癒着して手に入れた特権を利用して、カ・バサで商売を展開しています。今、彼らはまだこの地に集まったままです。彼らは何ら法をおかしたわけではありませんが、今後改革を行う上で政治に口出しをするなど大きな障害になるでしょう。ここは遷都を行い、彼らとの繋がりを断つべきです」
「もっともですが遷都も1つの大きな事業です。ナトリ、あなたの意見は?」
「歴代の王朝は、何か大きな問題が起きると遷都によって解決してきました。これまでの悪しき習慣を廃し、新しい時代が来たことを内外に示すために、遷都は行うべきでしょう」
「分かりました。ではそのようにしましょう。遷都先はどこがいいですか?」
メイが尋ねると、最初に発言した家臣がまた意見します。
「エスティクはどうでしょう」
「エスティク‥」
エスティクといえば、メイとアリサの生まれ育った地です。
「エスティクはクァッチ3世の苛政の影響をあまり受けませんでした。また、エスティクには大きな川が通っています。運河として整備されれば軍事的、商業的にも重要な拠点になるはずです」
「分かりました、では準備を始めなさい」
「はい」
すぐに遷都の準備が始まります。遷都とは王族や家臣たちの引っ越しです。次々とエスティクへ運ぶ荷物などがまとめられ、エスティクでは領主城の拡張工事が始まります。
ですがこの話を聞いた私はまゆをひそめて、すぐにメイとの面会の約束を取り付けます。姉妹といえと、政治的な話をする時は必ず他の誰かがいる場所で話さなければいけないというのが、外戚政治を根絶するために設けられたルールなのです。
私は大広間に入って、メイに挨拶します。この大広間に入るのも、あの時クァッチ3世と面会して以来です。私は礼にのっとって、メイの前でひざまずきます。
「聖女様からなにかご意見でしょうか」
「はい。王様、このたび遷都をされるということですが」
「はい。私たちは近いうちエスティクへ遷都します」
「ここカ・バサは長い間王都として栄え、各地から人が集まり、経済の拠点となっていました。仕事の求人もとても多く、働き口を求める人々もここへ集まってきました。今エスティクへ遷都すると多くの人たちが失職し、明日のご飯にも困るようになります。かといってエスティクへ引っ越しできるほどのお金を持っていない人も多いです。何卒ご配慮いただきますよう」
それを聞いたメイは家臣たちを見回します。すぐにナトリが意見します。
「王様、政治はエスティクで行いますが、引き続き経済の中心部をカ・バサに置くのはどうでしょうか。経済をとりまとめる役所をカ・バサに残すのです。今回の遷都はあくまで政治への癒着を引き剥がすのが目的です。阿漕な商売をする商人たちへの規制は、エスティクに遷都したほうがむしろ行いやすいはずです」
「分かりました。そのようにしましょう。聖女様、ご意見感謝します」
こうしてその月のうちにエスティクへの遷都が行われます。新しい王城となる領主城はまだ拡大工事の途中ですが、メイ1人が住むには十分な大きさになっています。私は引き続きカ・バサに残って貧民たちを助けます。エスティクに行ったメイいわく、エスティクでは困窮した人は少ないから急ぎ来る必要はないとのことです。
これがきっかけで、私は聖女としてカ・バサにいる間何度かエスティクの王城へ呼び出され、意見を乞われるようになりました。そのたびに私はしっかり自分の意見を伝えました。なんだかメイだけでなく、私自身も成長してきたような気がします。
そうして、ヴァルギスがカ・バサを離れてから2ヶ月が経ちました。厳しい冬が終わり、暖かい春になりました。私はそろそろハールメント王国の王都ウェンギスに戻らなければいけません。聖女の宣言式と、そしてヴァルギスとの結婚式が控えているのです。
亡命したときのように目立たないようにする必要はもはやなかったので、私は鳥の飛ぶような高いところまで浮遊してから猛スピードで移動します。早朝にカ・バサを出発して、その日の夕方にギフへ到着します。カ・バサで私が次々と人助けをしていることに大変感謝してくれた民衆たちが弁当を作ってくれました。弁当と大量の感謝の手紙を、私は復興工事が始まってぽつりぽつりと家が建ち始めたギフのとある家を借りて、その一室で読みました。一晩では読み足りないほどの量がありました。
ギフは元通りのウィスタリア王国あらためノスペック王国第4の都市に復帰するのは難しいかもしれませんが、それでもこの地に慣れ親しんだ人、ここを交通の要綱になりうると考えた人たちが少しずつ集まってきている印象です。
翌日夕方、ウェンギスへ到着します。魔王城の門番に自分の名前を告げると、すぐにヴァルギスが飛び出してきて、ひと目をはばからず私を強く抱いてくれます。これで私はウェンギスに帰ったと実感します。
「この2ヶ月、ずっとずっと寂しかったのだぞ」
「えへへ、ありがとう、まおーちゃん」
「もうそう呼ばなくていい。人前でも名前で呼べ」
「え、いいの?」
「うむ。妾と貴様が交際しているという情報は、広く国全体に伝えておる。同性愛を批判する動きはあるが、今更隠すこともないだろう」
「分かった、ヴァルギス。えへへ」
私とヴァルギスは魔王城に入って、食事します。久しぶりにハギスと話しました。3人で入浴して、部屋に集まって、いくつも思い出話をしました。カ・バサで出会った鍛冶屋の話、冒険者の話、猫の話、そして。
「勇者もカ・バサに戻っていたのか」
「そうだよ、ヴァルギスよく覚えていたね」
あの時(第1章参照)、私と戦った勇者一行も今では王都に戻って、新たに冒険者として再スタートしたらしいです。私は勇者たちに、あの時はいたずらで洗脳されているふりをしていた、魔王とはすでに仲が良かった、侵略の意思は感じられなかったなど自分にできる説明を一生懸命して、謝罪しました。勇者たちも、聖女の言う事ならと受け入れてくれました。勇者たちはカ・バサを魔王が支配したと聞いて駆けつけてきたらしいのですが、今ではクァッチ3世の愚行が広く世間に広まっていますので、勇者たちも魔王の部下による支配を受け入れてくれている感じがしました。
ハギスと話し終わった後、私とヴァルギスは寝室へ行って、2人だけになって、服を脱いで深夜までずっと体を重ねます。
一通り終わってヴァルギスが「久しぶりだがとてもよかった」と言う頃には、私はすっかり寝入ってしまっていました。ヴァルギスは私に服を着せて、それから私を抱き枕のように抱きながら寝ました。
完結まであと7話+エピローグです。




