第273話 メイが国王になりました
食事室で、メイはいとも当たり前のようにヴァルギスの隣に座ります。
「あ、あの、お姉様」
私が呼び止めるようにメイに声をかけますが、メイは「何よ」と不機嫌そうに私をにらみます。
「そこに座っていいんですか‥?」
昨日はあんなに嫌がっていたのに今日は思ったよりあっさり座ってしまったので、逆に私が戸惑ってしまいます。
「どうせあたししかいないんでしょ?やってやるわよ。けしめはきちんとつけるわ。テスペルク家当主として恥ずかしくない行動をすべきだと思うわ。それともアリサ、何?自分で勧めといて今更撤回するわけ?」
「そ、そうですね‥‥」
私はまたためらいながら、自分の椅子に座ります。
「メイ、おはよう」
ヴァルギスが言うと、メイは少しばつが悪そうに視線をそらして返します。
「おはよう、魔王」
「魔王と呼ぶのは妾より下の身分の人だけだ。ヴァルギスと呼べ」
「えっ‥」
「妾とメイは対等な友人だ」
メイは少し固まっていましたが、「仕方ないわね」と小さくつぶやきます。
「ヴァルギス」
「うむ」
ヴァルギスはうなずきます。まだメイの席に食事が運ばれていないので、自分の食事に口をつけません。
「‥外交はもう始まってるのね」
「当たり前だ。妾とメイの一挙一動が、いまから試されているのだぞ。それからハギス」
「どうしたなの?」
「ハギス、ゆうべはメイと2人きりで話したそうだな。後で詳しく聞かせてもらおうか」
「ひ、ひっ、なの‥」
ハギスは顔を白くしてのけぞります。
「ハギスも次代魔王だ。今から心構えに気をつけろ。相手は仮にも一国の王だからな」
「はい、なの‥‥」
ハギスはしゅんと肩を落とします。
「ふふっ」
私が思わず笑ってしまいます。私のすぐ隣はメイの指定席でしたが、今はラジカが座っています。
メイのぶんの食事が運ばれてきたので、ヴァルギスが食べ始めます。私たちも食べ始めます。その日の朝食はいつもよりにぎやかだったような気がします。
◆ ◆ ◆
メイの即位式は、それから数週間後のことでした。
各国の国王や重臣が集まってきて、すっかり広場として整備されたハール・ダ・マジ宮跡公園に特設のステージが設けられ、その上を立派な服装を着たメイが歩きます。
聖女の私が、新しい王国のために作られた王冠をメイの頭に乗せます。この王冠はこれから、代々メイの子孫にだけ戴冠が許される特別なものになるでしょう。
メイはステージの中央にある台まで来て、宣誓を読み上げます。
「ここにノスペック王国の建国を宣言します」
テスペルク家にはメイの親戚も大勢います。その親戚たちが政治に介入するのを防ぐため、メイの名字はテスペルクの発音をもじったノスペックに変えられ、王国の名前もそれに合わせて決められました。初代国王の名前は、メイ・ルダ・テスペルクあらため、メイ・ルダ・ノスペックです。私の名字はテスペルクのままです。
即位式は終始華やかな雰囲気で行われました。即位式が終わった後は、王都カ・バサをあげて盛大なパーティーが開かれました。誰もがウィスタリア王国の終焉と、新たな王国の始まりを祝って、酒を飲んだり踊ったりして楽しみました。
メイたちも場所を王城の中に移して、その一室で豪華なパーティーが開かれます。各地の王族が集まってきます。メイの国王としての最初の仕事は、それらをさばくことでした。次々と国王たちが祝辞を述べてきますので、それに丁寧に返礼します。ここで少しでも対応を間違えると、今後の外交が不利になりかねません。いっそう注意をはらいながら返事していき、自分が暇な時は積極的に他の国王や重臣に話しかけなければいけないのです。
「はぁ、疲れたわ‥」
翌日の朝食で、食事室でヴァルギスより少し硬い椅子に腰掛け、メイはため息を漏らします。メイが国王になった以上、ヴァルギスは国賓という扱いになり、メイよりも丁寧にもてなさなければいけないのです。形式上の対応はありましたが、場の雰囲気はメイが国王になる前とさほど変わりません。
「昨日は一日中お疲れ様でございます、お姉様」
「お疲れ様でございますのだ。王様」
ナトリが急に王様と呼び始めたので、メイはびくっと反応します。
「今、なんて呼んだの?」
「王様と呼んだのだ。ナトリはノスペック王国の家臣なので、軽々しく王様の名前を呼ぶことはできなくなりましたのだ」
「ああ‥忌み名ね。いつも通りでいいのに」
「そうはいきませんのだ、王様。ナトリは一介の家臣として、王様をどこまでも支えていきますぞ」
メイは慣れなさそうな手つきで、いつも通りのサラダを口に入れます。
「さて、メイも王位についたし、あとのことはメイとナトリがやってくれるだろう。妾とハギスはそろそろ自分の国に戻ろうと思う」
ヴァルギスの言葉に、メイの手が止まります。
「‥‥そうね」
と、小さくうなずきます。
「アリサは?聖女として他の都市も回らなくちゃいけないんじゃないの?」
「いいえ、王都にはまだ困っている人が多くいるので、もう少しここにいたいです。ヴァルギスとはしばらく別れることになるけど‥」
「そう。部屋は貸すから、気の済むまで滞在してちょうだい」
「分かりました」
私とメイがそんな会話を交わしていたところで、ヴァルギスが割り込んできます。
「アリサもアリサでやることがあるぞ」
「えっ?」
「まず、聖女の宣言式だ。今日の即位式と一緒にやるのは政治的な理由で難しかったが、どこかに機会を設けなければならぬ。それと、妾との結婚式だ。これは2つとも国賓を集めてやらねばならぬから、同時にやったほうが効率がいいだろう」
「えうっ‥それはいつ頃やるの?」
「そうだな‥3ヶ月後はどうだ?」
「それくらいならいいと思う」
そうやって、食事中の会話とは思えないほどの重要な話がとばされていきます。
◆ ◆ ◆
その日の夜、私はいつも通りヴァルギスの部屋に入ります。部屋に入ってヴァルギスと簡単に挨拶してから上着のボタンに手をかけますが、ヴァルギスは「少し待て」と言って、私を机まで手招きします。
「妾はあさって、この地を出発する。アリサと会えなくなるのが寂しい」
「私もだよ。えっと‥私は聖女になったから各地を旅しなければいけなくて、ヴァルギスとはずっといられなくて‥」
「そんなことは聖女になる前から話していただろうか。だが、分かっているとはいえ、実際にこの時が来るとつらいものだ」
ヴァルギスは机から立ち上がって机を回ると、私の体を抱きしめます。
「‥‥次にハールメント王国に戻れるのはいつだ?」
「結婚式が3ヶ月後だよね。2ヶ月後には戻るよ」
「‥その次はいつだ?」
「う、うーん‥半年に1回は戻るよ」
「どれくらい妾のもとにに滞在する?」
「えっと‥うーん‥1ヶ月くらい?」
「足りない。もっとアリサと会いたい」
「私もだよ、ヴァルギス」
私は気がつくと、ヴァルギスとキスしていました。
何度もお互いの口の中を舐めあって、お互いの体温を我が身に刻み込むように、絶対に忘れたくなく、離れたくなく、そして永遠の愛を誓いながら。
「半年のうち5ヶ月は旅に出て、1ヶ月はヴァルギスと一緒にいる、でどう?」
「足りぬ‥足りぬが、それがアリサにとって最適ならそうしよう」
ヴァルギスが私の胸に頭を押し付けます。私はその頭を撫でて、上半身を抱きしめます。
伝わってくるヴァルギスの体温を感じて、私は聖女になったことを少しだけ後悔しました。
でも、普通にヴァルギスの家臣でいる以上のことができること、そして再びあの戦争の惨禍を繰り返さないよう務めることにも喜びを感じていました。
「私、約束するよ。ヴァルギスやお姉様の政治ではカバーできない、世界中の困っている人たちを、私のやり方で救うって」
「うむ。よろしく頼む」
その夜は服は脱がず、2人してずっと抱き合っていました。




