第26話 魔王とギルドに行きました
この世界では7日を1週間と定められ、また学校は週休二日制です。私の前世と一緒ですね。
というわけで、休日2日目です。私、まおーちゃん、ニナ、ナトリはギルドに行くために町を歩いています。ラジカのカメレオンが、まおーちゃんの肩に乗っています。ラジカはあのあとニナに言われて、ストーカーがばれた以上は堂々とすることにしたらしいです。
みんなは動きやすい服をしています。まおーちゃんは昨日買った深紅色の帽子をかぶっています。今まで着ていた服も洗濯に出したので、よく似た灰色の動きやすい服を着ています。これも昨日買ったものです。外見からは、昨日までのまおーちゃんとはすぐに分かりません。
「まおーちゃん、よく似合うよ!」
「ふん、妾は何を着ても似合うからな。それよりギルドはどこだ?」
「あの建物だよー!」
石やレンガでできた建物に紛れるように、木造の大きな建物があります。歴史のある建物といった感じです。
その建物の中では、待合スペースで何人かの冒険者が談笑していたり、依頼の貼られた掲示板に何人かが集まって受け取る依頼を探したりしています。
初めてギルドに入る私たちは「おおおっ‥‥」と、その風景を眺めていました。
「確か、ギルドの依頼を受けるには、冒険者登録しなくちゃいけなかったね。みんな、登録してるかな?」
ニナが尋ねると、全員が首を横に振ります。学校では上級生、おもに5年生、6年生が授業のために登録するというのが半ば常識みたいになっているので、それまで登録を控える人も多いのです。親が金銭面で支援してくれるし、授業以外で登録するのは物好きか、私たちみたいにもっとお金が必要な人くらいしかいません。
「じゃ、登録しよっか〜」
みんなで受け付けに行きました。ニナがちょっとリーダーっぽいです。
「何か御用でしょうか?」
「すみません、私たち、冒険者登録したいんですけど」
「はい、それではあちらに登録用の書類がありますので、あれを書いて持ってきてください」
見ると、椅子のない四角形の大きなテーブルの上に、紙が束ねられて置かれています。
登録届のほかにも、引退届、転入届、転出届があります。市役所か何かでしょうか。
というわけで、私たちは書類を1枚ずつ取って記入します。
「‥あっ、そういえば聞いてなかったが、テスペルクの使い魔は魔物を倒すのか?」
書いている途中で、ナトリが聞いてきます。
「うむ。魔族の長として魔物を倒されるのには思うところもあるが、妾も人間の文化を知っておきたいのでな。だが、なることなら妾は攻撃したくない」
「分かった。考えておこう」
そう言って、ナトリはまおーちゃんの書いている書類をちらっと見ます。
「‥‥本名を書いていいのか?」
「えっ?」
私もその書類を覗き込みました。確かに書類には「ヴァルギス・ハールメント」としっかり書いてあります。
「え、本名書くくらいいいでしょ?どこがダメなの?」
私が首を傾げると、ニナが説明します。
「あのね、魔王はこの王国で指名手配されてるの。この書類を提出したら、真っ先にツノ確認されて逮捕じゃないかなって」
「むう‥この程度の人員なら余裕で返り討ちにできると思うが、さすがに妾も貴様らには迷惑をかけたくない」
そう言って、まおーちゃんは新しい書類を取り出して、最初から書き直します。
私たちは、その書類を受付へ持っていきました。
「‥‥アリサ・ハン・テスペルク、ニナ・デゲ・アメリ、ナトリ・ル・ランドルト、ハルギス・ニュ・ザンゴニの4名ですね。かしごまりました。カードを用意いたしますので、待合スペースでお待ち下さい」
そう言われて、私たちはスペースのソファーに並んで座ります。
「でも、すごいねまおーちゃん、ニュラギンっていう人まで知ってるんだ。私、初めて聞いたよー」
「デゲ、ルはたまに見るけど、ニュって初めてだったね〜」
「あまり妾を甘く見るでない。魔族の国にも最近は訪問してくる人間も多くてな、妾もそやつらと交流してるから知っておる」
この世界の人間の貴族のフルネームは、名前・爵名・苗字から構成されます。爵名とはその人に与えられた爵位‥‥ではなく、昔活躍した有名な人の頭文字をとったものです。栄えた都市の名前をつけられる人もいます。その人にこれくらい偉くなり、成長してほしい、という親の願いがこめられています。
私たちはまおーちゃんの博識を褒めますが、ナトリは例によって悔しそうにまおーちゃんを指差します。
「おい、テスペルクの使い魔、マニアックな爵名を使ってユニークな偽名を作りやがって!このナトリと偽名勝負だ!」
「ちょっと、あまり偽名偽名言わないほうがいいんじゃないかな〜って‥」
「ニナはうるさい‥‥さすがにやめとくか」
これ以上偽名と叫んだら大変なことになると悟ったのか、ナトリは今回はおとなしくソファーに座ります。
私は自然と鼻歌を歌い始めます。
「ふん、ふん‥」
「貴様、どうしたのだ?」
「えへへ、こうして私たち4人で並んでいると平和だなーって。なんかいつもとーりっていう安心感があるっていうか」
「妾は4日前に来たばかりだがな」
「うーん、でもまおーちゃんも私たちの仲間だよ?」
そう言って私はまおーちゃんを抱こうとしますが、見事にすり抜けられます。ううっ、まおーちゃんは変なスキルばかり覚えます。
「‥だが、なんだかんだでテスペルクの使い魔と親しくしているのがナトリたち3人だけになったというのも事実だ」
「魔王は怖いから、みんな寄ってこないんだよね〜。私はアリサちゃんについてあげてるだけだけど」
「アリサにすら寄り付けない人もいたから別にいいだろう」
ナトリとニナが何か話しています。気になる言葉があったので、私も割り込んでみます。
「ねえ、私に寄り付けないってどういうこと?」
「アリサの近くにはいつも魔王がいるから、なるべく遠ざかりたいってことじゃないかな?」
ニナが答えます。ええーっ、そんな人がいるんですか、寂しいな。
「えっ?まおーちゃん悪い人じゃないのに!私の恋人で婚約者だよ?ひどくない?」
「人を勝手に婚約者にする貴様もひどいがな」
まおーちゃんはそう言って、笑います。笑顔を見ていると、なんだか私たちも楽しくなってきそうです。
「いつかきっと私にメロメロになってもらうんだから!」
「その時は永遠に訪れない‥‥む!?」
まおーちゃんは、自分の足元に誰かがうつぶせに倒れているのに気付きました。特徴的な赤髪ツインテールです。
ニナや私たちもまおーちゃんにつられて下を見て、それに気付きます。
「わっ、ラジカちゃん、何でこんなところにいるの!?びっくりした‥」
ラジカは起き上がります。そして、なにか言いたげにしていますが、気まずそうに髪の毛をいじっています。
「‥‥そのさ、ついてきてた」
「ええ、うそ、全然気付かなかった!ラジカちゃん、すごーい!」
「すごーいじゃないでしょ!自分のストーカーでしょ、少しは引いたほうがいいんじゃない?」
ニナが横から突っ込むと、ナトリも同調した様子で話します。
「ああ、まったくだな。ナトリにもこれほど優秀なストーカーがつけばいいのに、おのれテスペルクめ」
「話がややこしくなるから黙ってくれるかな〜?」
まおーちゃんは気になることがあったようで、ラジカに尋ねます。
「貴様、ずっと黙ってついてきたのだろう。ならなぜ、今になって姿をあらわしたのだ?別に最後まで隠れていてもよかっただろうし、最初から堂々とついてきてもよかっただろう」
「どうせストーカーするんだから堂々としてって、昨日私言ったよね?引かないアリサもアリサだけど」
「ううっ‥」
ラジカが言いづらそうにしている様子を見て、私はぴんとひらめいて、ラジカの横まで行って肩に腕を回します。
「はい、5人目!まおーちゃんの周りにいるいつものメンバーに入れてほしかったんでしょ?」
「あう、ううっ‥」
ラジカは顔を真っ赤にします。
「図星だったようね‥‥ん?」
ニナが、ラジカの様子を少し見た後、私に勧めます。
「アリサ、ラジカから離れたほうがいいんじゃない?」
「えっ?」
ラジカは全身が茹でダコのように真っ赤になっていて、目をくるくるさせていて、立つのがやっとという様子でした。完全に、私の体にもたれてきています。
「あう、あう、あう、アリサ様のにおい‥‥」
「ナトリが支えてやるからテスペルクは離れろ」
私とは反対側の方から、ナトリがラジカの腕を支えるように掴んだので、私はラジカから離れます。とたんにラジカはぴんと背伸びします。
「ん、ナトリ、あんたうざい、離れて」
「なに、テスペルクの勝ちだというのか!?」
「ラジカ、あんた分かりやすいわね‥‥」
私から離れた瞬間元通りに戻ったラジカを見て、ニナが、もうそれ以上何も言えないという様子で呆れまくっています。
「‥で、ラジカは私たちについてくるのかな?えっと、ラジカが一緒だったら、そ、その、弁償の意味がないかなって‥‥」
ニナが一転、気まずそうな様子で質問したので、私はラジカの手を掴みます。
「ラジカちゃんはきっと私たちと一緒にいたいだけだよ!クエストを一緒にやっても、私たちのぶんの報酬をラジカちゃんに渡せば問題ないと思う!って、あっ‥‥」
ラジカがまた目をくるくるさせて、倒れそうなほどふらふらしています。
私が掴んでいた手を離すと、ラジカはまたぴんと背筋を伸ばします。
ためしにラジカの手をもう一度つなぐと、ラジカはまた目をくるくるさせてふらふらします。
手を離して、つないで、離して、つないで‥‥
「あはは、ラジカちゃん、面白い人だね!」
「もうやめなさい!」
ニナからの圧力がかかってきたので、ラジカの手を離してやりました。




