第272話 メイを説得しました
「どうする、追いかける?」
私が言いますが、ヴァルギスは首を振ります。
「逃げたということは、この役割の荷の重さを認識しているということだ。権力欲や金欲がないことも示している。ますますメイは国王にふさわしい」
「‥‥でも、お姉様もいきなり言われたら混乱するんじゃないかな」
「粘り強く説得すれば、きっと分かってくれるだろう」
そう言ってヴァルギスは平然と食事を続けます。私は少し不安になりながらも「そ、そうだよね、お姉様なら‥」と言いながら食事を続けます。
「妾はあくまでテスペルク王国とは対等な関係でいたいと思っている。妾やハギスが下手に説得すると今後の外交上支障が出かねないから、できる限り貴様らで説得してくれるか?アリサとナトリ」
「うう‥分かったよ」
なんだか厄介な仕事を押し付けられた気分です。
◆ ◆ ◆
ソフィーいわく、メイには政治の手腕こそないもののリーダーシップがあり、国民をよく導くことができる、政治は家臣のナトリたちで十分補えるとのことです。それでいて生粋のハールメント王国家臣ではなく、人間であり、国王にもっともふさわしいのです。
「どうする?ナトリちゃん」
朝食を終わらせて廊下を歩きながら、私はナトリに尋ねます。
魔王城のときと違って、カ・バサの王城では、私たちには一時的に個室が与えられています。私とナトリは、メイの個室のドアの前に立ち止まって、首をひねります。
「どうもこうも、昼食でも夕食でもメイはあの席に座らなければいけないのだ。既成事実を作ってしまえばいいのだ」
「それいいね。お姉様は朝食をろくに食べてなかったと思うから、昼食は来るはず‥‥」
私たちがそう話していた時、ぱんと勢いよくドアが開いて、よそゆきの服に着替えてかばんを持ったメイが部屋を出ます。
「なに、アリサたち」
「あっ、お姉様、お出かけですか?」
「ええ、そうよ。外食よ」
「待ってください、お姉様、城の料理はお食べにならないのですか?」
「あんな椅子、一生座りたくないわ」
そう言ってメイはぷいっと顔をそらして、つかつかと廊下を歩いていってしまいます。
「‥‥‥‥手強そうなのだ」
「そうだね」
肩を落として、ナトリとそう話します。
◆ ◆ ◆
昼食が終わった後、私とナトリはもう一度メイの部屋に行きます。
「どうせまた説得でしょ?」
ふんと鼻を鳴らして椅子に腰掛けるメイに、私とナトリは腰を下ろして、低姿勢でお願いしてみます。
「お願いです、お姉様。国王はお姉様にしか務まらないんです」
「他にいい人もいないのだ。メイならきっといい国が作れるのだ。ナトリも手伝うのだ」
そうやって口々にいろいろ言うのですが、メイはため息をついて机に頬杖をつきます。
「悪いけど帰ってくれる?読書の邪魔よ」
「そんな、お姉様‥‥」
「殴るわよ?」
「ううっ‥‥」
仕方ないので引き下がります。
◆ ◆ ◆
メイのいない夕食を終わらせて入浴の時間です。
私とナトリ、そしてラジカ、ハギスが一緒に服を脱いで浴室に入ると、湯船にはすでにメイが入っていました。
「お姉様‥」
私が呼びかけますが、メイは「ふん!」と横を向きます。私とナトリは湯船に駆け寄ってきて聞いてみます。
「お姉様、どうして国王になるのが嫌なのですか?」
「そんなの分かるでしょ。あたしは権力争いとかできる性格じゃないのよ。内乱のリスクもあるし、外交相手に殺されるリスクもあるし、権力者は常に身の危険にさらされるのよ」
「それは相応の護衛がついていますから‥‥」
「嫌よ。びくびくしながら生きていくよりは、平穏な生活のほうがずっといいわよ」
メイはそう言って、ざっぱあんと湯船から勢いよく立ち上がって、そのまま出ていってしまいます。
「どうしよう‥‥」
ばたんと勢いよく閉められるドアを見て、私もナトリも困惑します。
「私も聖女だからずっとつきっきりでいるわけにもいかないし、ソフィーがいるから腕利きで忠誠心のある護衛はつけてくれるだろうけど、それでも嫌って言われたら困るね‥‥」
「ここはいったん魔王に相談なのだ‥‥」
そう話し合っていたところに、ひょっこりハギスが顔を出します。
「ウチが話してみるなの」
「えっ、ハギスちゃんが?だめだよ、まおーちゃんに止められてるでしょ」
「ちょっとだけなら大丈夫なの。姉さんには内緒にするの」
「うーん‥‥ナトリちゃん、どうする?」
私がナトリを向くと、ナトリは黙ってうなずきます。
◆ ◆ ◆
寝る時間になりました。
メイは部屋の明かりを消して、ベッドから窓の外の夜空を眺めています。月がメイの顔を照らしています。
その時、ドアのノック音がします。
「アリサ‥アリサじゃないわね。誰?入って」
「おじゃまするなの」
ちょこんと入ってきたのはハギスです。ハギスはメイのベッドまで来て、座ります。
「何なの、ハギスも説得?」
「同じ王族の友人として話したいことがあるなの」
そう言ってハギスが微笑むので、メイは「はぁ」とため息をつきます。
「王族ごっこ遊びは嫌いよ」
「それじゃあ、一介の友人の戯言として聞いて欲しいの」
「‥‥続けて」
メイは魔法で、部屋の明かりをつけ直します。部屋全体の明かりではないので、ベッドの周りがほのかに明るくなっただけです。メイの顔に差し込む月の光は消えましたが、メイもハギスもその明かりに集まって、ベッドに座って話を始めます。
「ウチは生まれつき王族で、いずれ王位を継承するかもしれない立場として育てられてきたの。ウチは遊ぶのが好きだったけど、子供の時から勉強しろ勉強しろと口うるさく言われて嫌だったの。それで、なぜ勉強するか聞いてみたの。国の将来のために必要だとか、数千万人いる国民のために自覚を持てとか言われて嫌になったの。ウチは魔王になりたくて生まれてきたわけではないのに、やりたくもない魔王を押し付けられている気がしたの。もっと自由に生きていたかったの。でもある時、家庭教師の先生が言ってくれたの。数千万人の国民を治めるのは、大変でつらいことも多いけど、この国で一番やりがいのある仕事だって」
「やりがい‥」
「そうなの。ものを売る仕事はものを買った人やその周囲の人しか喜ばない、飲食店の経営は食事を食べた人しか喜ばない、小説家は本を買って読んだ人しか喜ばない、でも国王は、うまくいけば、その国にいる人たちが喜んでくれるの。国全体を治められるということは、とても幸せなことだって言われたの」
「‥‥でもリスクだってあるでしょ」
「リスクはもちろんあるの。でも、仕事するからには成功を信じなければいけないの」
メイはもう一回ふうっと大きなため息をつきます。そして、ハギスに尋ねます。
「もうちょっと詳しく教えてくれないかしら?」
「分かったの」
◆ ◆ ◆
翌朝、私とナトリはメイの部屋のドアの前で鉢合わせします。
「あ、ナトリちゃん、おはよう」
「おはようなのだ」
「やっぱりナトリちゃんも気になる?」
「テスペルクこそ気になるのだ?」
私もナトリも、ドアに耳を当てて聞き耳を立てようとした時。
ドアが開いておもいっきり私たちの耳にぶつかります。痛いです。
「あれ、2人ともいたの?」
着替え終わったメイの隣には、目をこすって眠たそうにしているハギスがいます。
「お姉様、おはようございます」
「また説得に来たの?」
「そうじゃなくて、なんていうか‥‥」
目線をそらす私に「はいはい、説得ね」とメイは呆れたように言います。
「朝食の時間でしょ、行くわよ」
「は、はい」
メイは言い終わるとすぐに歩き始めます。私たちもメイのあとを追います。




