第271話 傀儡国家を作ることになりました
それはちょっとした事件から始まりました。
王城の大広間でヴァルギスが、何かのはずみに発言したのです。
「それでは、妾が帰るまでにこの仕事を頼む」
それを聞いた人間方の家臣が、手を挙げて発言します。
「魔王様、今、帰るとおっしゃられましたか?」
「うむ。妾がハールメント王国に帰るまでと言ったのだ」
「魔王様は、この地を治めるつもりはないのですか?」
「これは侵略戦争ではないし、人間の地は人間が治めたほうが都合がいいだろう。クァッチ3世の親戚や子孫に罪はないから、それを探し出して王に立てて、妾は出ていくつもりだ。貴様らも、ここを魔族に治められてあまりいい気はしないだろう」
ヴァルギスがそこまで言うと、人間の家臣たちは何やらお互いにひそひそ話を始めます。
「ん、どうした、都合が悪いのか?」
「魔王様、申し上げます。魔王様は仁政をしき、評判のある名君として名高いものであります。私たちは、この国は魔王様がお治めになられたほうがより発展するものと考えております。これは民ともの総意でございます。どうか、お考え直しを」
「少なくともクァッチ3世の家族にこの国を任せることは出来ません。この国にはもはやクァッチ3世をよく思っていない人が圧倒的に多く、まともな施政は難しいでしょう」
人間たちが口々に慰留してくるので、ヴァルギスは頭を抱えて「考える時間をくれ」と言いました。
その日の夜、食事が終わった後にヴァルギスは魔族の家臣だけを自分の部屋に集めて、相談します。ちなみにこのせいで私がヴァルギスと遊ぶ時間はなくなりました。くぬぬ。
「妾にもハールメント王国を治める仕事がある。ハールメント王国を差し置いて、この地を統治するわけにもいかぬが、だからといって妾たちが無責任にこの地の統治を投げ出すわけにもいかぬ。どうしたものか」
家臣の1人が言います。
「あの家臣たちの言っている民の総意というものはあくまで推測に過ぎません。民衆に直接聞き、民衆の声を集めてから決めても遅くないでしょう」
「うむ、そうだな」
かくして、大量の兵が派遣されて、王都カ・バサだけでなくエスティク、ギグノなど周辺都市でアンケートがとられます。1週間後にその結果が集められるのですが、果たして例の家臣の言った通り、ヴァルギスが王になってほしいというものばかりでした。魔族に治められるのは嫌だという意見もあるにはありましたが、両手で数えられるほどしかありませんでした。
ヴァルギスはまた困惑して、自分の部屋に魔族の家臣たちを集めます。
「アンケートはこのような結果になった。しかし妾は忙しいのだ、2つの国を同時に治めるわけにもいかぬ。かといって併合して1つの国とすると、これは侵略戦争とみなされ諸侯の反発を買う。なんとしても妾はここの統治をやめたい」
そこで、ソフィーが進言します。ソフィーは戦争が終わるまで仕えるという話でしたが、戦後処理にも付き合ってもらうことになっていました。
「それでは、偽の傀儡国家を作るのはいかがでしょうか」
「偽の傀儡国家?傀儡国家はわかるが、偽とはどういうことだ?」
「はい。表向きはハールメント王国に仕えている人間を王に任命して、側近をハールメント王国の臣で固めるのです。しかし実際はハールメント王国に従属したり、何ら不当な利益の贈与をするわけでもなく、1つの完璧な独立国家として治めさせるのです」
「しかし、王も側近も妾の家臣では、ただの属国ではないか」
「いいえ。家臣には、ウィスタリア王国から亡命してきた人間たちを中心に固めましょう。彼らはこの地への帰属意識が根強いはずです。そして国王ですが、この傀儡国家を傀儡国家たらしめない統治ができる人間を1人知っています」
「なに」
ヴァルギスは椅子から立ち上がって、ソフィーから名前を耳打ちされます。
「‥‥‥‥なるほど。確かにその人ならば可能だろう。だが問題は本人の意志だ。ところで宰相には誰がふさわしいか?」
「はい、ナトリが適任と考えます」
部屋の隅にいるナトリがその名前を聞いて、びくっと構えます。ソフィーはその後も「宰相以下、家臣は‥‥」と何人かの名前を口にしますが、発言が終わった後にヴァルギスが割り込むように言います。
「あとはソフィーだな」
「え?」
「ソフィーよ、貴様の家の家訓は、魔王に仕えてはならないというものだろう。だが、それ以外の者に仕えることは禁止されていない。この傀儡国家に仕えて、復興のための人材発掘に努めてもらうことはできないだろうか」
ソフィーはしばらく困った顔をして立ち止まりますが、やがて頭を下げます。
「分かりました、魔王様。ことが終わったらまた祖父を説得しに帰郷するお時間をくださいますよう」
「分かった。手紙で済まないならそうしてくれ。よろしく頼む」
「ははっ」
こうして他の家臣とも話して、仔細が詰められます。でもあとは王として指名された問題の本人が承諾するかどうかなので、この話は当面は機密として扱われることになりました。
◆ ◆ ◆
その日もメイはいつも通りに起床して、着替えて、洗面して、アリサやナトリと一緒に食事室へ行きます。
「‥‥ん?」
メイは、奇妙なことに気づきます。
食事室のテーブルが変わっているのです。
細長いテーブルであることには変わりありませんが、その幅が広くなっているのです。2人が並んで座れるような広さでした。そして、食事室の一番奥の席に座るヴァルギスの隣に、もう1つ椅子が置かれ、食事が置かれているのです。
「あの席にアリサが座るの?魔王と結婚するものね」
メイは普通にそう言って、いつも通り、私の隣の席に座ろうとしますが‥‥私の隣にはラジカが座っています。いつもの席ではないです。
そして、ラジカの隣の席には、食事が置かれていませんでした。
「アリサ、アリサの席は魔王の隣でしょ」
ヴァルギスの斜め横に座る私にメイは言いますが、ヴァルギスがそれに返事します。
「違う。この席は、メイの席だ」
「え?あたしの?」
メイは目を丸くします。ナトリやハギスも斜め横の席に座ってきましたし、食事の置いてある席はもうヴァルギスの隣しかなかったので仕方なくそこに座ります。
「しかし急にテーブルを変えるなんて、何があったの」
「うむ。国家元首に上も下もないからな。下座に座らせるわけにはいかないのだ」
ヴァルギスが平然とした顔でそう言うと、メイは食べかけの食事を思わず吹き出してしまいます。
「国家元首がはしたないではないか、ほらこの布で口を拭け」
「ち、ちょっと、今何て言った?国家元首?」
「うむ」
「あたしが?何の冗談?」
「冗談ではない。メイは、旧ウィスタリア王国、あらためテスペルク王国の初代国王となる」
ヴァルギスはそんなことを話しながら食べ続けます。
一方のメイは、ぽろりと手に持っていたスプーンを落とします。
「お姉様、お食べ下さい」
私が声をかけますが、メイは石のように固まって動かないでいます。
それから机をぱんと叩きます。
「冗談じゃないわよ!」
「食事中に机を叩く国王がどこにおる」
「こここここ国王じゃないわよ!あたしは国王じゃないわよ、ねえ、そうよね、ナトリ?」
そう言ってメイはナトリに話を振りますが、ナトリは首を振ります。
「残念だが、これは話し合って決まったことなのだ」
「え?でもアリサなら助けてくれる‥」
「ごめんなさい、私もまおーちゃんやみんなの考えに賛成なんです」
「ラジカは?」
「アタシは天使だから下界の政治にコメントすることはできない」
「ハギスは?そうだ、この国をハギスに治めさせればいいのよ!」
「ウチは次代魔王としてハールメント王国にとどまる義務があるなの」
「う、うう〜‥‥」
メイは頭を抱えだします。その肩をヴァルギスが叩いて言います。
「メイが国王をやることはソフィーも認めた。ナトリやソフィーがメイの家臣になってくれる。優秀な家臣を持ったな、うらやましいぞ。わからないことはナトリらに聞け」
「じ、冗談じゃないわよ!」
メイは食事もそこそこに、椅子を倒して走り出して食事室を出ていってしまいます。




