第268話 王の処刑
その言葉に私は目を丸くします。
「え‥?王様‥‥クァッチ3世はもう死んだんでしょ、それを処刑ってどういうこと?」
確か、クァッチ3世はハール・ダ・マジ宮の炎上とともに死んだはずです。
「うむ。あの宮殿の残骸の中からクァッチ3世の遺体を引きずり出して、それを改めて処刑する。確実に死んだことを知らしめるため、そしてここまで戦争に付き合ってくれた兵たちに感謝するための儀式だ」
「死体を傷つけるってこと?いくらなんでもそれは‥‥」
「これは必要な儀式だ。聖女に言われても変えるつもりはない」
そうやって私の顔を見つめるヴァルギスの目は本気です。私をすごい眼差しで睨んでいます。
「分かったよ。私の仕えるハールメント連邦王国のトップはヴァルギスだから、最終的にはヴァルギスの決定に従うよ」
「ああ、それなんだが」
ヴァルギスは思い出したように、持っていた食器をテーブルの上に置いて、それから私をもう一度向きます。
「アリサ・ハン・テスペルク」
「はい」
いきなりフルネームで呼ばれて、私はかしこまります。
「これをもって、ハールメント連邦王国から解雇する」
「えっ?え、ええっ!?」
私は思わず椅子から立ち上がります。
「なんで?私、何かした?」
「落ち着け。落ち着いて座れ」
「う、うん‥」
私は申し訳なさそうに、おそるおそるヴァルギスの隣の椅子に座り直します。
「アリサは聖女になった」
「うん」
「聖女はどこかの国に所属してはいけないものだ。誰のためでもなく、ただ世界のために人を救うのが努めだからだ」
「‥‥なるほど、わかったよ」
聖女はあくまで政治的に中立でなければいけないということですね。
「ただ、妾の家臣や兵たちには話を通しておくから、今まで通り自由に城や妾の面前を行き来できるようにしよう」
「分かった、それなら大丈夫」
「うむ。それから‥」
また何かあるのでしょうか。
「明日の夜のセックスの話はわりと本気だ。明日入浴が終わったら、妾の寝室に来い」
その言葉で私は食べかけのピーナッツを皿に吐き出します。
「も‥もうヴァルギス、食事中だからセックスの話はやめにしない‥?」
「食事しながらキスしたではないか。あれとセックスは何が違うのだ?」
質問に質問で返されます。「ううっ‥」と私はしばらく固まっていました。
「それとも、今すぐキスしながら食べるか?」
「それは遠慮したい‥‥」
◆ ◆ ◆
翌日になりました。
「何度も言うが、これは儀式のようなものだ。妾もクァッチ3世が全面的に悪いわけではないことを知っておる。だが、これは家臣から求められた必要なものだと思っている」
そう言うヴァルギスは、兵から献上された立派なクロスボウと、華やかな飾りのつけられた3本の矢を握っています。
ここは王都カ・バサのハール・ダ・マジ宮の前にある広場です。石畳を多数の将軍たちが囲み、その中央には、焼け焦げてぼろぼろになった1人の男の死体が横たわっています。
「分かったよ。頑張って」
私が微笑んで返事するとヴァルギスはうなずいて、その男のほうへ歩み寄ります。そして片足をその男の腹に乗せ、3本の矢を地面に置いて、うち1本の矢を拾い上げます。
「クァッチ3世よ。妾たちは貴様の暴政に苦しみ、立ち上がった正義の討伐軍である。貴様の処刑を心待ちにしていたが、何だ貴様は、自ら死んでしまったではないか。情けない」
そうして、矢をクロスボウに入れて、構えます。
「貴様のために死んでいった人は数多くいる。奴らの思いを受け取ってもらう。これは貴様のために命を捨て死んでいった忠臣の分だ」
そう言って、矢を射ます。3世の右の胸に刺さります。
ヴァルギスは次の矢を拾い上げて、また構えます。
「そしてこれは、貴様のために起きた戦争で死んだクロウ国や周辺国の者ともの分だ」
2本目の矢は3世の左の胸に刺さります。
「最後は、貴様のために罪もなく死んだ民衆の分だ」
最後の矢は、鎖骨の中心のあたりに刺さります。
それをしっかり確認して、ヴァルギスは、兵士が献上してきた斧を受け取ります。これまた柄が黒くぴかぴかと光っていて、華やかな装飾がつけられています。
「数多の死者の恨み、思い知れ!」
そう叫んで、その斧を振り上げます。
そしてそれは勢いよく振り下ろされます。3世の首が飛び跳ねて、地面に落ちて転がります。
将兵たちが歓声をあげます。その割れんばかりの声は、王都カ・バサによく響きます。
ヴァルギスは斧を杖のようについて、ため息をつきます。
「クァッチ3世よ、このようなことがなければ妾たちはまた別の人生を歩いていたのだろうか‥‥」
◆ ◆ ◆
多くの兵士や将軍は一足先にハーメルンと王国への帰途につきました。さすがに100万人の連合軍をここに置くのは邪魔ですからね。
外国の兵士たちが帰っていくのに続いて、魔王軍の兵士たちも一部が帰ります。王都カ・バサに残った20万人の兵士は引き続き駐屯して、国体を失った王都の治安維持に務めます。ヴァルギスやメイらがその準備に追われている一方で、私は聖女として負傷兵たちを次々と治療していました。王都カ・バサの住民たちも貧困にあえいでいる人が多いと聞きましたから、当面ここから離れることはできなさそうです。
それらを一通り終わらせた夜、私はカ・バサの王城に入ります。
思えば、私が亡命を決めたきっかけも、ここでした。夕食へ向かう前に、あの時人間ミキサーの置かれていた庭へ行ってみます。装置はまだ野ざらしになっていましたが、周りを規制線のようなロープが取り囲んでいます。近いうちに壊されて撤去されるでしょう。
もう1つの庭に行きます。ドーナツ状の穴の下からはもはや獣の鳴き声はせず、代わりにその穴の周りもまたロープに囲まれていました。これも近いうちに埋め戻されるでしょう。
この庭で、数え切れない人たちが残酷な死に方で命を落としています。私はそっと手を合わせて、祈ります。
ここで死んでいった人たちにも、まだこの世に生きてやりたかったことがあったでしょう。その多数の無念と向き合って、私の目から自然と涙がこぼれ落ちます。埋め戻しや撤去の日程を聞いて、これらの庭を浄化してあげましょう。私がそう決めたところで、後ろから何やら視線を感じます。
「まおーちゃん?」
振り向くと同時に、ヴァルギスが私の腕を掴んできます。
「食事の時間だ」
「う、うん」
私が返事しますが、ヴァルギスは組んできた腕に魔法をかけます。
月を反射して光る透明のロープが、私とヴァルギスの腕を縛り付けます。
「ちょっと、これじゃうまく食べられない‥‥」
「セックスするまで離さぬからな」
ヴァルギスがそう言うので私はどきっとして、全身がくすぐったくなるような感覚がします。
「メイもナトリも城の外に置いてきた。今夜は2人でゆっくり語り合おうではないか」
「う‥うん」
私が言うと、ヴァルギスは頬を私の肩にこすりつけて、それから私が見ていた庭を見ます。
「‥王の暴政のために多くの人が死んでいった。妾はこれを他山の石として、女に溺れたり奸臣を寄せ付けたりせず、民たちが笑いあえる国に変えていかねばならぬな」
「それもそうだね、で、あの、説得力なくなるから、腕、離して‥‥」
「それはできん。おとなしく妾の奴隷になってもらうぞ」
ヴァルギスはそう言うと、私の体を強引に奥まで引きずっていきます。
次回から最終章に入ります。最終話まであと13話です。




