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第267話 ニナに会いました

「えっ‥」


私は思わず、声にならない声をあげます。


「地上で死んだ魂が天界でまた死ぬと、無になります。その魂の存在はこの世から抹消されるので、天界で人が死ぬということは相当のことなのです。ですがこの少女があまりにも自傷行為を続け、連日のように自殺を図るので、通常の対処では難しいと判断してこのように身動きできなくしているのです」


天使から説明を受けた後も、私は目の前にいる少女が自分の親友であるニナそのものであるということがしばらく認識できなくて、ただ呆然とその顔を見つめていました。


「‥‥ニナちゃんと話したいけど、この口のクッションとれますか?」

「それはできません。舌を噛んで自殺を図りますので」

「ううっ‥‥」


喋ることの出来ない人間はただのオブジェのように、身動き一つせず、しかしその目はしっかり私を睨んでいました。ラジカが私の隣に立ちます。


「ニナに前に会いに来た時は少し話せたけど、アタシを殺したことを後悔していたみたい。アリサ様に申し訳ないと何度も言っていた」

「そうだったんだ‥‥」


私はただ言葉を失って、ニナを無言で見つめていました。そして少し膝を曲げて、ニナと目線の高さを合わせます。

ニナの頬を撫でてあげます。


「ニナちゃん。私は何とも思ってないよ。ラジカちゃんと同じように、私はニナに怒ったりしていない。戦争で敵同士になったから、仕方ないことだと思うよ」


そう声をかけてあげますが、ニナはぴくとも動かず、ただ私を睨んでいます。

私はニナのあごを触ります。


「しゃべれないと思うから、私の言ってることが分かったらあごを動かして」


しかしニナのあごは動きません。

天使が残念そうに、ちょっと下を見ながら言います。


「連日自殺を図って、その時に精神が壊れたみたいです」

「そんな‥‥」


私はひざをまっすぐにして、ニナの頭を見下ろします。

ニナは私の顔を見上げて、ただ睨んでいます。目に怒りも悲しみもなく、涙もありません。


「自爆の威力が大きかったからな、精神も焼き尽くしたのだろう」


そうヴァルギスが言います。

私はニナのおでこを撫でます。

ニナ。私の親友だったのに、ただ戦争で敵対しただけなのに、どうしてこうなってしまうのでしょう。

ニナの顔を見ていると、悲しい気持ちになります。

私はそっと、ニナの頭を抱きかかえます。後ろ頭を何度も何度も撫でます。


「ねえ、ラジかちゃん。私、毎日ここに来るのってできないかな?」

「できない。地上と天界はそう何度も行き来していいものじゃない。天使だけの特権で」


ラジカはそう言って、歩み寄ります。そしてニナの後ろに立って、頭を撫でます。


「代わりにアタシが毎日、ニナの世話をする」


視線をニナの頭上に落として、ラジカは決心したように言います。


「‥ラジカちゃん」


私は、ラジカがニナの頭の上に置いた手を握ります。


「私のニナちゃんをお願い」


そう言ってラジカの顔を見上げます。

ラジカは顔を真っ赤にして、何かが爆発したようによろめいています。私は「あっ」と言って、ラジカの手を離します。せっかくの雰囲気が台無しにされたような気はしましたが、いつも通りのラジカが見れて私は安心したのか、頬が緩みます。


「うん、ラジカちゃんならできると思う」

「アタシは天使だから。天使として、前世の友達として、責任を持って世話する」


普段通りに戻ったラジカは、そう約束してくれました。

最後に私は、ニナの頭をもう一回抱きます。


「ニナちゃん。これが本当に最後の別れになっちゃうけど、元気でね。私はこれからまおーちゃんと結婚して、魔族並みの寿命になって長生きするから、ニナちゃんがもしも転生したら、その子のことも私、一生懸命世話するね。ずっとニナちゃんのそばにいてあげる」


そう言う私の目からは自然と涙が溢れ出て、こぼれて。

頬を伝ってニナの頭にぽたぽた落ちます。

椅子に固定されたニナの体はぴくりともしませんでしたが、私はその温かいニナの体を包み込むように抱きます。

しばらく抱いた後、離れます。

ニナの肩を掴みます。


「ニナちゃん、元気にしてね。私、ニナちゃんに会えてよかった」


◆ ◆ ◆


私はぱちりと目を覚まして、ベッドから起き上がります。天界からヴァルギスの幕舎に戻ったようです。隣りにいるヴァルギスはすでにベッドから降りて、ナトリにかけた強化の魔法を解いていました。

私はベッドから下りて、幕舎の入り口近くで全身を縛られたまま浮かんでいるメイのほうへ行きます。


「お姉様、今解きますね」

「早く解いてよね。解いたら殴るから」

「えう‥」


私は涙目になりましたが仕方ないのでメイにかけた強化の魔法を解除して、拘束を解きます。すぐにメイの握りこぶしが私の頭に飛んできます。痛いです。


「外見てよ、もう夜よ。副営長の定例会に遅れたじゃない。夕食もナトリに食べさせてもらったのよ、散々迷惑かけてきて‥‥」

「よいではないか」


ヴァルギスが横からたしなめて来るので、メイは「うう‥」と唸ります。


「とにかくあたしは後陣の定例会に出てくるから、話の続きは明日お願い」

「分かりました、お姉様」


私の返事を待たずにメイは幕舎を出て、走っていきます。


「ナトリももう幕舎に戻って寝るのだ。テスペルクと魔王の夕食はナトリが兵士にお願いするのだ」

「うむ、頼む」

「ナトリちゃん、おやすみ!」


ナトリが幕舎を出てから少し経って、兵士たちが夕食を次々と幕舎の中に運び入れます。すぐにテーブルの上は2人分の食事でいっぱいになります。


「とにかく、ラジカとはまだ会えることになってよかったではないか」


ヴァルギスが干し肉をかじりながら言いますが、私はまだ元気が出ません。


「ニナちゃん‥」

「過ぎたことは気にしても仕方あるまい。すでにラジカもニナも死んでおるのだ。死んだ後のラジカにこれからも会えるだけでよかっただろう」

「‥‥うん、よかった」


そう言って、私はぼそぼそとご飯を食べます。

やっぱりニナのことが頭から離れません。ラジカが世話をしてくれると約束してくれましたから大丈夫だと思いますが、元気だった頃の、まだまともに話せる頃のニナと会って、もっとしっかり話したかったという気持ちにさせられます。


「妾たちもこれを食べたら寝るとしよう。明日の予定だが」

「うん」


私は力なくうなずきます。


「明日の夜は王城でセックスしよう」

「えっ、まっ、ゴホ、ゴホ」


ヴァルギスがあまりにも平然に言うものですから、私は咳き込んでしまいます。隣に座るヴァルギスとは反対側を向いて、何度も地面に向かって咳き込みます。


「前回はマシュー将軍が死んで妾が悲しんでいるのを慰める形でやったではないか。だから次はお互い幸せな気持ちのままやりたいのだ。戦争が終わったからこのタイミングがいいと思ってな‥‥どうしたアリサ、大丈夫か?」

「えっと‥‥うん、ちょっと‥‥」


席の止まった私は、はあはあと荒い息をつきながら返事します。


「ヴァルギスの気持ちは分かるけど、あのね、セックスをお願いする時はもうちょっと恥じらいがあってもいいかな、って‥‥」


私の頬に熱が集まっているのを感じます。全身の体温が上がってしまいます。


「人間はそういうものかもしれないが、魔族はとにかくやりたいのだ。血の気が多いからな」

「まって‥‥うん、あらかじめ約束するんじゃなくて、その時お互いの気持ちができてからにしない‥?突然言われると私も心の準備が‥‥」

「ううむ‥‥妾とアリサが出会った頃はアリサのほうが積極的だったが、今は妾のほうが積極的みたいではないか」


そう言って、ヴァルギスは困った顔をします。

一呼吸置いて、話題を切り替えてきます。


「‥‥まあ、それはそれとして、明日の朝は大切な儀式がある」

「儀式?」

「うむ。クァッチ3世の処刑だ」

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