第266話 悪魔を倒しました(3)
それでは私も、一緒に魔法を使わなければいけませんね。ヴァルギスが詠唱している間、悪魔には逃げる隙ができます。それを防ぐのです。
私は浮遊したまま呪文を唱え始めます。私を球体に覆うように、白い渦ができます。その渦が、りんごの皮むきのようにほどけて白い糸となり、悪魔の体を縛っていきます。もちろん白い糸には浄化の魔法がついているので、悪魔の体力を少しずつ奪っていくおまけつきです。
「ヤメロ‥」
こんな声が聞こえてきます。誰のものでもない、地面を震わすような大声です。
「ヤメテクレ‥クルシイ‥」
「あなたのために苦しんだ人がどれだけいると思うんですか!」
私はその声に、大声で返事します。悪魔は苦しみ悶えている様子です。私はその悪魔の肩へ乗って、耳元でささやきます。
「ねえ、どうしてこんなことをしたの?」
「ヤリタイ‥カラダ‥」
特にこれといった理由はないようです。ラジカが説明した通りです。
理由が無いようでは救ってあげられる余地もありません。でも、抱いてあげて、自分の体温を伝えることは出来ます。私はぎゅっと、自分の身長の半分以上もあるその頭を抱きかかえます。
「私を感じて」
「クルシイ‥」
私は無詠唱の魔法で、自分の体の周辺を浄化します。自分が触れたものが次々と浄化されていきます。
「誰でも、悪いことしたくなる時あるよね」
私も子供の時、メイに叱られた日の夜、メイにいたずらしたことがあります。踏んだら後ろへジャンプするトラップを、ベッドのすぐ横に作りました。結局もっと叱られましたけど。
そういうちょっと悪い心の積み重ねがこうなったのでしょうか。
「もう大丈夫。苦しむことはないよ」
私はそうささやいて、ふわりと悪魔の肩から離れます。
そろそろヴァルギスの詠唱が終わる頃です。
私の魔法で強化されたヴァルぎすが巨大な魔法陣から放つ灰色の巨大なビーム。
ヴァルギスの魔力と、そしてそこに混ざった私の魔力。
猛スピードで空気の上を走り、悪魔の胸に大きな穴を開けます。
轟音とともに、悪魔の体が白く光ります。
そして、黒い破片となって、砕け散ります。
粉々になったそれは、地面に落ちる前に、雪のように細かく解けていきます。
それはきらきらと太陽の光を反射して、七色に輝きます。
「‥全部、終わったかな」
私はふうっと息をついて言います。私の近くまで浮遊してきてみせたヴァルギスが言います。
「いや、まだだ。戦後処理がある。大変なのはこれからだ」
「ふふ。でもまおーちゃんと一緒なら、私、何でもできる気がするよ!」
「うむ」
◆ ◆ ◆
1時間後。
私たちはデグルのもとへ戻っていました。
「ジュギル様、悪魔を倒してまいりました」
「うむ、ご苦労」
玉座に座っているデグルは、上から私たちを見回します。そして、ラジカに声をかけます。
「ラジカよ」
「はい」
「悪魔の討伐を手伝ってくれたこと、感謝する」
「恐縮です」
ラジカの返事を聞いて、デグルは「ふむ」とうなずきます。
「ラジカ、天使に興味はないか?」
「えっ?」
ラジカの肩がびくっと動きます。
「悪魔討伐の手助けをして、天界の危機を救ってくれた。その功績を称えてラジカを天使にしたいのだが、君の意思はどうだ?」
「‥‥」
ラジカは少し固まっている様子です。
「天使って何やるの?」
私がヴァルギスに小さい声で尋ねると、デグルが代わりに答えます。
「天使は、天界にいる死者たちを管理し、地上の人々をよく導く仕事だ。未来の予知もでき、それに対応して地上の人間に助言をしたりもする。具体的な仕事内容は機密なのでい答えられないがな。任期は100年以上あればよいが‥アリサが死ぬまでというのはどうだ?」
「アリサ様が‥死ぬまで」
「そうだ。アリサが死ぬまで自由に天界と地上お行き来でき、好きな時にアリサと会える。いいだろう?」
ラジカは顔を上げます。そして、横にいる私を見ます。
「アリサ様は‥‥」
「私はいいよ」
にっこりうなずいてあげます。
「アリサがヴァルギスと結婚すると、向こう300年は生き続けるだろう。その間、ラジカはアリサを置いて先に転生する必要もなく、長く一緒にいられる。どうだ?」
デグルが重ねて尋ねてきます。
「やります」
即答でした。デグルはふふと少し笑うと、ラジカを指差します。
「それでは今ここで天使にする。他の2人は少し離れていなさい」
私とヴァルギスが立ち上がってラジカから距離を取ると、ラジカを中心として黄金色の魔法陣が立ち上がります。暖かい風が下からラジカを包み込んだかと思うと、ラジカの背中から羽が生えていきます。
「わあ、ラジカちゃん、羽生えてる」
「‥‥うん」
光が消える頃に、ラジカは笑顔でうなずきます。
「アリサ様。この力で、ずっとアリサ様を見守る」
「えへ、ラジカちゃんありがとう」
その時、デグルが言います。
「ラジカとは人の子がつけた名前だ。ここ天界では私が授けた名前を名乗ってもらう。ユアンはどうだ?」
「ユアン‥」
「そうだ、天使ユアン」
「わかりました」
ラジカはそう言ってデグルに頭を下げます。
「アリサもヴァルギスもご苦労であった。礼はいずれ別の形でさせていただきたい。そろそろ帰って構わないが、他に何か用はあるかね?」
私もヴァルギスも「ないです」と答えますが、その横にいるラジカが「あります」と大きな声で言います。
「天使は天国と地獄を自由に行き来できると聞きました。今すぐ2人に会わせたい人がいます」
ラジカの言葉に、デグルは「ああ‥」と思い出したように唸ります。
「分かった。案内してやれ」
「はい」
ラジカはもう一度頭を下げます。
◆ ◆ ◆
ラジカの力で地獄へ来ました。
ラジカも初めて転移魔法を使うらしくて、何度か失敗しましたがデグルの助言もあってなんとかたどり着きました。帰りは地獄にいる別の天使に手伝ってもらえとのことです。
しかし地獄ってすごいですね。険しい山に囲まれた盆地のようなところで、全体的に渦暗くて、生気のなくなった人たちがぞろぞろ歩いていて、次々と拷問にかけられていっています。私も拷問を受けたことがあるので、それが野外に晒されているというのは、とても恐ろしく怖いものだと思いましたし、目を背けたくもなります。
ラジカはしばらく歩いたところで、羽の生えている他の天使を見つけて聞いてみます。
「アタシは新しく天使に任命されたユアンといいます。よろしくお願いします。早速ですが、ニナという人はどこにいますか?」
「ああ、この前も来たラジカちゃんだね、天使になったんだね。あの人ならついに施設に収容されたんですよ。こっちに来て下さい」
女性で、髪の毛のちょっと長い天使でした。ラジカと私たちはその天使の案内に従って、奥へ進みます。
枯れた木に囲まれた場所に、その平屋はありました。その中の階段を降りると、刑務所のようにいくつものドアが並んだ廊下へ出ます。どのドアからも悲鳴や振動が小刻みに聞こえてきて、本当に不気味な場所です。
「ここです」
天使は1つのドアに鍵を差し込んで開けます。
部屋は真っ白でした。壁が白いというよりは、壁全面だけでなく床にもクッションがしかれていて、そのクッションが白いです。床のクッションがあまりにやわらかいのでヴァルギスは足を取られそうになりますが、さりげなく浮遊の魔法を使った私を見てヴァルギスはやれやれと言って浮きます。
部屋の中央に1つの椅子があって、そこには1人の金髪の少女が、ビニールのようなものでその椅子に密着するように胴体も脚もきつく縛り付けられていました。腕は背中に回されて椅子に縛り付けられていて、口にはクッションのようなギャグがつけられています。
今は落ち着いている様子ですが、その顔を除いてみると、間違いなくニナでした。髪の毛は乱れ、ボサボサと広がっています。よく見ると、全身が傷だらけです。
「こ、これは‥?」
あまりにも異様な姿です。私が声を上げると、天使はすぐに答えました。
「その少女の成れの果てです。この少女は本来なら天国に行ける権利を有していましたが天国に行くことを頑なに拒み、仕方なく地獄に連れてきた後も積極的に拷問を求めて休憩時間すら拒み悪魔たちを逆に疲れさせた挙げ句、自傷行為を繰り返したのです」




