第261話 王は燃え盛る宮殿とともに
兵士たちが、王都の住民が普段使うような道を行き来します。道のあちこちを兵士たちがうろうろしています。連合軍からのスパイが来ていないか警戒するためですが、その様子を見て、住民たちはウィスタリア王国の軍がボクヤで負けたことを悟ります。
連合軍が近づいているという情報は、貴族だけでなく平民たちの知るところになっていました。むしろ、平民たちにとって、連合軍は希望でした。盟主となっている魔王ヴァルギスは、ハールメント王国で仁政を行い、これまでの魔王と違って人間を虐げず大切に扱うと評判でした。逆に、ウィスタリア王国の国王クァッチ3世は、賢臣忠臣を次々と殺し、身の回りを奸臣佞臣で固めています。3世やその家臣たちのせいで王都だけでなくウィスタリア王国各地の経済が混乱し、賊やあくどい商売をする商人が次々と出て、平民たちは苦しい生活を強いられていました。しかも最近のクァッチ3世は罪のない平民を捕らえて食事としたり、妊婦を捕まえて胎児を意味もなく殺したりしていると聞きます。
魔王はそんな奸臣佞臣のうち2人、ハラギヌスとウヤシルを殺しました。きっとこの王都を制圧した後、悪い臣を殺し、良い臣を重用し、王都周辺にはびこる賊を討伐し、徹底的に破壊され尽くしたこの国を建て直してくれるでしょう。誰もがこう期待していました。
しかし、そのためには目の前にいる兵士たちが邪魔なのです。兵士たちは、ウィスタリア王国軍は1日でも長く王都で持ちこたえようとしています。つまり、目の前にいる兵士たちが頑張れば頑張るほど、自分たちが悪政から解放される日がのびていくことになります。
平民の1人が、家族の制止を振り切って、包丁を持って家を出ます。そして兵士を刺殺します。
すぐにその人は兵士たちに捕まりますが、その様子を見ていた別の住民が窓から石を投げます。次々と石が投げられ、そして家の玄関から次々と武器を持った男たちが出てきて、兵士を倒していきます。
この小競り合いが、ここだけでなく王都のあちこちで起きていました。
「兵士たちを倒せ!」
「早く連合軍を迎え入れろ!」
この様子を兵士から報告を受けた関所近くの将軍は、付近にいる兵隊たちに命令します。
「今すぐ市民たちを鎮めろ」
「はい」
武器を構えて鎮圧に向かう兵士も何人かいましたが、半数くらいの兵士はその場から動きません。将軍が業を煮やして尋ねます。
「お前たち、なぜ動かない?」
「この王都には私の家族が住んでいます。私は家族と戦いたくありません。それに、今の王様には忠誠を誓えません。この王都に魔王様を迎え入れたい」
そう言ってその兵士たちは武器を構え、近隣の兵士たちと戦い始めます。
あちこちで住民と兵士、兵士同士の戦いが起きて、王都は混沌を極めます。
王都近くへ到着した連合軍の盟主ヴァルギスは、そんな王都の様子を、斥候を通して馬車の中で聞きます。ヴァルギスはすぐに「混乱に乗じて王都へなだれ込め」と命令します。
先鋒の部隊が関所へ駆け寄ると、関所を乗っ取った兵士や住民たちが、関所の門を開けます。連合軍の兵士たちが次々と王都へなだれ込み、あちこちにハールメント王国の紅い旗をたて、区域の掌握を広く示します。
◆ ◆ ◆
クァッチ3世は王城の玉座に座り、王都籠城の作戦会議をしているところでした。そこに1人の家臣が血相を変えて入り、3世にひざまずきます。
「申し上げます。王都の住民や兵士たちが反乱を起こし、敵軍をこの王都へ迎え入れました」
「な、なに、あの百姓どもが!?それでは‥この王城にも入ってくるというのか?」
「はい、じきに入ってきます」
「むうう‥‥兵士だけでなく百姓も裏切るというのか。この国は必要ないというのか。もういい、お前らは好きにしろ」
3世はそう言って、吹っ切れたように玉座から降りて、走って大広間を飛び出します。その後ろを、2人の家臣がついていきます。
3世は王城を出る前に、シズカの居住スペースへ走ります。そして、シズカの部屋のドアを叩きます。
「どうなさいましたか、王様」
シズカがドアを開けると、3世は声を荒けて言います。
「敵軍が王都へ入ってきた。この王城もまもなく制圧されるだろう」
「まあ‥それで王様はどうなさいますか?」
「わしはこれから、一国の王として責任を取る。お前は好きにしてくれ」
「分かりました」
伝言を終えた3世と2人の家臣は王城を出て馬に乗り、王城のすぐ近くにあるハール・ダ・マジ宮へ向かいます。道中、武器を持った住民が1人近づいてきましたが、家臣が剣で振り落として撃退します。
3人が宮殿に到着する頃には、宮殿の守衛の姿もなく、受付や事務をやっている人の姿もなく、宮殿はまったくの無人でした。3世は階段をのぼり、宮殿の一番高い階へ向かいます。2人の家臣も後ろについていきます。
そこには展望台がありました。3世はここで、王都全体の景色を見回します。あちこちから煙があがっており、兵同士が戦う姿、紅の旗が次々とたてられていく姿が、遠巻きながらもよく見えました。3世はそれを見て、ため息をつきます。
「1000年以上続いたこのウィスタリア王国も、わしの代で終わる。非常に無念である。ハラスがいなければ、こうはならなかったかもしれぬ。これ2人よ、油をまけ、火を付ける」
「はい」
2人の家臣は、この命令がされると感づいていたのでしょうか、あらかじめ持ってきていた油を展望台の周辺に撒きます。
「油を撒き終わりました」
そしてひざまずく2人に、3世は命令を下します。
「よし、火をつけてお前らはここから逃げろ」
「いいえ、それはできません。私はハラス様の弟子で、最後まで王様に付き添うよう誓いをたてています。死ぬなら王様と一緒に死にます」
「私もハラス様の弟子で、主君を裏切ってはならないと教えられてきました。私も王様と運命を共にしたい所存です」
それを効いて性は「‥そうか」と、少しばかり涙を流してうなずきます。
「そうか、こんなわしについてくれる人がまだ残っていたのか。それでは王らしく、大広間で死のう」
そう言って、歩き出します。2人の家臣もついていきます。
宮殿には、王城ほどではないにしてもこぢんまりした大広間が作られてあります。宴会に来た外国の賓客から何か伝言がある場合にと思って作られましたが、実際に使われることはほとんどありませんでした。
3世はその大広間のドアの鍵を剣で壊して入ります。大広間が無人であることが、いっそう哀愁を誘います。玉座に腰掛けた3世は、2人の家臣に最後の命令を下します。
「火をつけよ」
家臣たちが魔法、魔具、それぞれのやり方で大広間の壁や装飾物に次々と火をつけていきます。火はあっという間に燃え広がり、大広間全体を火の海にします。
それを見て3世は、腰にさしていた剣を取り出します。そして、それに映った自分の顔を眺めます。かつては栄華を極めていた3世の顔も、すっかり老けたものです。自分の首に押し当てて、勢いよく首を切ります。
2人の家臣たちも持っていた短剣でそれぞれの首をかっきります。
火はどんどん燃え広がり、8階建ての宮殿を火で包みます。多数の民衆を苦しめて築き上げられたその豪華な宮殿は、カラカラと音を立てて、黒い煙を立てて燃えながら崩れていきます。
これは、ウィスタリア王国の滅亡を意味しました。王都の中でも王城の次に巨大な建造物である宮殿が炎上しているのを見て、住民たちに抵抗していた兵士たちは次々と武器を投げ捨て、降伏の意思を示します。将軍たちも両手を上げて、連合軍の兵士に土下座します。連合軍に抵抗する人は、もはやいませんでした。




