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第257話 ラジカとニナの墓

やがて涙が枯れた頃には、夕方になっていました。私はヴァルギスに食事室まで連れてこられます。その細長い白いテーブルには、メイ、ナトリ、ハギスがすでに着席していました。

もしニナが死んでいなければ、このテーブルにニナが座る未来もあったのでしょうか。そう思うと悲しくなりますが、涙はもう出ません。私はヴァルギスの近くの席にゆっくり座って、スプーンを手に取ります。


「エスティク攻略戦ではいろいろ、妾や貴様らにとって厳しいことも多かった。犠牲者を多く出したが、最終的には勝利した。ミハナで諸侯が集結する日は近い。少しは肩の力を抜いて食え」


ヴァルギスはそんなことを言いますが、私はまだ目を伏せて、ご飯を少しずつ取って、しょぼしょぼと食べています。

隣の席のメイも事情を知っている様子で、暗い顔をして食事を進めます。メイのまた隣はラジカの指定席でしたが、今は誰も座っていません。

ナトリもハギスも、静かに食事を口に運びます。いつもの元気な様子はありません。


「アリサ」


ヴァルギスが私の名前を呼びます。


「何?」


私は投げやりになって、短く返事します。


「明日、皆で行きたいところがある」

「行きたいところ?」

「うむ」


みんながヴァルギスに注目したところで、ヴァルギスはまた私を見て言います。


「ニナはラジカだけでなく、ウヒル、カイン、そして総指揮官にあたるマシュー将軍を殺した。彼らの首は他の将軍たちと同じように、塩漬けにされて寒い倉庫の隅に保管されていた。だがラジカの首だけは別の場所にあった。暖かく見晴らしのいい丘の上に、丁寧に埋められていた」

「‥‥っ」


私は声をつまらせます。


「まおーちゃん、それって‥」

「うむ。ニナは確かに洗脳されていたが、貴様らへの友情は消えていなかったということだ」

「‥‥」

「それで、せっかくだからラジカの体と、ニナの体もそこに埋めてやった。だがそれだけでは、墓守をする人がいない。この戦争で亡くなった兵士も多いのでな、敵味方問わず慰霊するための公園をあの丘に作れと命令しておいた。明日はみんなで、そこへ行きたい」

「‥‥分かったよ、まおーちゃん」


そう答えて私は、一度は止まっていた涙をもう一度流しながら、温かいスープを口に入れます。


◆ ◆ ◆


エスティクの郊外近くに、その丘はありました。周りにはいくらか家が建っていますが、そんなに人が多いわけではありません。

陽の光がさして、温かいところでした。周りには、兵士たちが植えたのでしょうか、花壇が作られ、黄色い花がいくつも咲いています。

私たちはヴァルギスを先頭に、丘の頂上まで行きます。そこには確かに、小立派な十字架の墓標がありました。


『ラジカ・オレ・ナロッサ、ニナ・デゲ・アメリ。ここに眠る』


「この墓標は急いで作ったものでな、後で予算を与えて立派なものに建て替える予定だが、今日はこれを使って欲しい」

「分かった」


私はその墓標を、手で撫でます。


「ニナちゃん、ラジカちゃんを殺してすっごくつらかったよね。寂しかったよね。私に嫌われるかもしれなくて、怖かったんだね。大丈夫だよ、ゆっくり休んで」


私はそう、身長ほどの十字架に話しかけます。

ヴァルギスもメイもナトリもハギスも口を閉じて、私を見ています。

墓標を触るたびに、ラジカやニナと過ごしたあの日々が蘇ってきて、また涙が溢れます。


「ラジカちゃん、私を好きになってくれてありがとう。一緒に遊んで、本当に楽しかった。戦争お疲れ様、ゆっくり休んでね」


そうやって話しかけて、私は墓標から下がります。

ナトリが持ってきた2つの花束を、私は1つずつもらって、丁寧に墓標の下に置きます。

そうして、数十秒間黙祷していました。

黙祷している私を陽の光が照らして、服から太陽のにおいがして、風で花の香りが伝わってきて、とても居心地が良くて落ち着ける場所だと思いました。

居心地のいいこの丘の上で、ゆっくり休んでね。ラジカもニナも。


◆ ◆ ◆


魔王軍はその翌日にエスティクを離れました。

東にある王都ではなく、いったん南にあるミハナを目指します。ミハナで、他の諸侯たちと集結するのです。

グルボンダグラード国の獣人たち、他の人間国から派遣された軍隊、そして大イノ=ビ帝国や北側の魔族の国から来た軍隊と、ミハナで合流するのです。


ミハナはほとんど家のない田舎ではありますがそのぶん大量の兵を展開できて、しかも海から大きな川が流れていて、交通の便のいいところでした。

100万を超えるウィスタリア王国討伐軍が集まるには、絶好の場所でした。

そして、ミハナから王都カ・バサまでの間にも目立った都市はなく、ボクヤと呼ばれる広い草原が広がっていて、大軍を動かすにはかなり条件がいいのです。


ミハナには大した敵兵もおらず、楽に制圧できました。

諸侯たちは海を超えて、すでにミハナに集結していました。その大軍は川から、遥か遠くまで広がっていました。私たち魔王軍はミハナの北の方に陣取り、使者を通して他の国とやり取りした結果、会盟はあさって行うことになりました。


ミハナに到着した翌日、私とヴァルギス、そしてハギスの3人は、何人かの兵や有力な将軍を引き連れて、ミハナの小さい町の中を歩いていました。


「ミハナの町に何か用があるのですか?」


私が尋ねます。ヴァルギスは「うむ、あの屋敷だ」と、遠くにある建物を指差します。

ヴァルギスは、他の将軍が「雑用は私がやります」と言うのを「今はよい」と返して、自らその屋敷の呼び鈴を鳴らします。すぐに1人の執事がやってきて、門こしにヴァルギスに尋ねます。


「いらっしゃいませ、何の御用でしょうか」

「うむ。妾はハールメント連邦王国の魔王ヴァルギスだ。この屋敷を接収したいわけではないのだが、少し中を見たい」

「は、ははっ」


昨日到着したばかりとはいえ、このミハナの土地を制圧した大軍の元帥という立場のヴァルギスに執事は頭を下げて、門を開けます。

田舎の屋敷らしく庭はかなり広くて、花畑に丘まであって、遊園地か何かを作れそうなほどでした。その庭を通り過ぎて、私たちは屋敷の建物の前の、噴水のある広場まで着きます。家人たちが並んで、ヴァルギスに頭を深々と下げて挨拶します。


「私はこの屋敷の主のベンズ家の当主、クーリュスと申します。ウィスタリア王国のしがない貴族でございます。魔王様が、この屋敷に何か御用でございますか?」

「うむ。貴様らはこの屋敷に住んで何年になるか?」

「はい、1年前に入ったばかりでございます」

「その前に住んでいた人を知っているか?」

「いいえ、存じ上げておりません」

「妾だ」


ヴァルギスが返事すると、家人たちは目を丸くします。私たちも驚きます。


「妾はクァッチ3世に騙され、7年間この屋敷に閉じ込められていた。近くまで来たのでな、部屋の中を見たい。構わないか?」

「も、もちろんでございます、魔王様」


廊下を歩いている途中、私はヴァルギスに尋ねます。


「この屋敷にはあまりいい思い出はないんじゃないですか?魔王様はここに閉じ込められていたのですから‥‥」

「うむ。妾は特殊な手錠をかけられて、ずっと一室に入れられていた」


他の将軍も話しかけてきます。


「この屋敷をどうにかするおつもりですか?」

「いや、それはない。この屋敷はベンズ家の所有物だ」


そこまで話したところで、ヴァルギスが指定した部屋まで到着します。

執事がドアを開けると、その部屋は誰か男性の部屋になっているようで、立派な棚、装飾物、そしてふかふかのベッドがしつらえられていました。


「ふむ。妾がいたときとはすっかり変わっておるのう」


ヴァルギスはそう言いつつ、部屋を壁寄りに歩いて、やがて立ち止まります。


「このあたりに椅子があった。妾は日中はずっとこの椅子に座っていた」

「そうだったんですね」


私とハギスが歩み寄ります。

次回作近いうちに連載再開したいけど構想が固まらない。。

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