第24話 ラジカの部屋に入りました
「ほれ、どうだ貴様ら、さっきの勇者との戦闘のことは覚えているか?」
まおーちゃんが地面に降り立ったので、私はとりあえず抱きました。
「わあい、まおーちゃんって本当にすごいんだね!あんな強い魔法、初めて見たかも!」
「抱きつくな、ええい!気色悪い」
慣れた手つきで私を引き剥がしたまおーちゃんは、残る2人の様子を見ます。
「うむ、この様子だと貴様の防御は成功したようだな」
「あ、あの‥‥」
と、ニナが下を指差します。うつぶせになっていたラジカが、ゆっくり起き上がります。
「ね、ねえ、ラジカ、どうしてこんなところにいたのかな?」
「‥‥滑り込みで間に合ってよかった。アタシも魔王の魔法を浴びるのはイヤだったんだよね」
「そ、その口ぶりだと、私たちの話、聞いてたの?」
「うん」
ニナの問いかけに、ラジカはあっさりうなずきます。あ、でも学校の中ではまおーちゃんの話は割と有名だし、ここでラジカに見られても問題はないかもしれません。
「じゃあ、アタシはこれで」
「ちょっと待って!」
ニナはラジカの腕を掴みます。
「さっき、魔王のケーキのお金払ったのもラジカ、だよね?」
「何でそんなこと言わなきゃいけないの、うざいんだけど」
「ねえ、いくらしたのかな?さすがにあの大金を払ってもらったままだと、私たちも気になるんだけどっ?」
「あーもー、アタシは特に見返りは求めないからさ、それでいいんじゃね?」
そう言ってラジカはニナの手を振り切ろうとしますが、逆にニナはラジカの腕を両手でしっかり掴みます。
「このままだと私たちの気が済まないんだよ、わかる?」
そのニナの発言に、後ろから異論がとんできます。
「いや、ナトリは別にいいが。テスペルク以外に借りを作るのは特に問題ない」
「見返りがないんじゃないならいいんじゃない、ねえまおーちゃん」
「妾に忠誠を尽くしたということだ、臣下はこうでなくてはのう」
それを聞いてニナは震えます。
「ううう、うううっ‥‥あーもー!あーもー!!聞こえない!とにかく、このお金は私たちが返済します!!!」
荒ぶるニナの肩を、ナトリがぽんと叩きます。
「ニナはナトリたちの中では数少ない常識人枠だが、いっそここは非常識になってみるのはどうだ?」
私も同調して言ってみます。
「そうそう、ここは全員がボケるところだよ!」
「常識人が常識を語ってばかりいるとこの小説もつまらなくなるぞ」
ニナは耳と口から火を吹き出して、私たちを指差します。
「だっから!そういうところ!常識を持ってるのがおかしいみたいに言わないで!いーい?私たち4人で絶対に弁償してみせるからねっ!ラジカもわかった?」
ラジカもニナに凄まれて、思わずうなずいてしまいます。
私たち3人はこそこそ集まって、小さい声で作戦会議します。
「ねえ、ニナが荒ぶってるけどどうする?」
「うむ、好意を素直に受け取らないのは相手に失礼だな」
「でもニナはああなると面倒だぞ」
私たちの見解は一致しました。
「はぁ、仕方ないなぁ‥‥」
私はやれやれと肩を落として、小さい白旗を出してみせます。
◆ ◆ ◆
「で、どーしてみんな、アタシについてきてるわけ?」
ラジカが呆れ顔で言い出しました。帰り道、学校への帰途につくラジカの後ろに私たちがそろそろとついてきています。
「だって、まおーちゃんの帽子を返さないとだし‥」
というのは建前で、ラジカが実際に払った金額を聞き出したいのです。それさえわかれば、いつまでにお金が用意できるかの見積もりも、誰がどのくらい用意するかの分担もできます。
「大体、あのお皿、最低でも50枚はあったんじゃない?店の在庫を切らしたくらいだから、もっとあるかも。子供が持ち歩けるような金額じゃないのは明らかよ?」
ニナが声を潜めて言います。言葉にとげがあるあたり、まるで悪いことをした子を叱る母みたいです。
「うう‥ああなると妾は歯止めが効かぬからのう‥‥」
さすがのまおーちゃんも、帽子のつばを握って、気まずそうにニナの言うことを聞いています。
なんだかんだで、学校の校門まで着きました。
「んー、じゃあ帽子返して?」
ラジカがまおーちゃんではなくナトリの方に手を伸ばします。
「あれ、まおーちゃんはそっちだよ?」
私がまおーちゃんを指差しますが、まおーちゃんは黙ってナトリに帽子を渡します。
「妾は嫌われるのには慣れておるからな」
そう言って、ツノを隠すべく、最初に校門をくぐります。
帽子を受け取ったナトリは、手を伸ばしてくるラジカに尋ねます。
「教えてほしいんだけど‥あのケーキ、いくらしたんだ?ナトリは無駄な借りを作りたくない」
「んー、1000ルビ」
「それはいくらなんでも安すぎるだろ、本当のことを教えてくれ」
「1000ルビ」
「‥‥教えてくれないならこの帽子も返さないぞ?」
「じゃ、あげる」
そう言って、ラジカもぷいっと校門をくぐります。
「おい、やっぱり帽子だけは受け取ってくれ!」
ナトリも慌てて追いかけます。
「いらないから。まじで、いらないから。うざい」
ラジカは小走りになります。私たちも思わず、走り出します。気がつくと、ラジカと4人のおいかけっこになっていました。
「はぁ、はぁ‥‥あいつ、逃げ足が速いぞ」
「なんで、何で走ってるのかな〜っ?」
「え、私?浮いてるから全然疲れないよ」
「面倒だのう、人間は」
そして辿り着きました。ラジカの部屋の前。
「‥はぁ、あんたたち、まじうざい」
ラジカは少しの疲れを見せながら、私たちに言ってきます。
「まじうざい、じゃないよ?あれだけの大金を払ってもらうと、私たち、不安になるの!」
ニナが必死に説得します。ラジカは、はあっとため息をついて、言いました。
「じゃ、1000ルビでいい」
「あんなケーキが1000ルビで済むわけないでしょっ!?少なくとも万はいくわよ?」
「はぁ‥‥」
そこに、まおーちゃんも加わります。
「そもそも、貴様が金を払ったのはなぜだ?普通なら、見ず知らずの奴に金を払うことはなかろう」
その言葉を聞いて、ラジカは一瞬、自分の部屋のドアをちらっと見ました。まおーちゃんはそれを見逃しません。
「見ず知らずって、同じ学校じゃん?」
「ふふーん‥この部屋の中に答えがあるのじゃな?」
「なっ‥へ、部屋は関係ないじゃん?」
「なるほど、関係あるんだな」
図星でした。まおーちゃんはいたずらっぽい笑みを浮かべて、ドアに手をかけます。
「あっ、待って‥」
平静を装っていたラジカが慌てますが、時はすでに遅く。
まおーちゃんはドアを全開にして、明かりをつけました。
その部屋は、壁と天井に、ひっきりなしに人物画が貼られていました。
「な‥なっ!?」
まおーちゃんが引いている様子だったので、私たちも気になって部屋の中に入りました。
壁一面、天井一面に、私の写真が貼られていました。
私がまおーちゃんと仲良く廊下を進んでいる写真。
私が食事をしている写真。
私が入浴している写真。
授業中、私が眠っている写真。
すべて、私はカメラ目線ではありません。
「こ、これは、盗撮、なのかな〜‥?」
ニナも引き気味ですが、ナトリは何か我慢できなかった様子で、私を指差して叫びました。
「おい、テスペルク!まさかお前、盗撮された回数でナトリと勝負しようとしてるのか!?ナトリも自分のカメラマンを雇って‥」
「そ、そこは張り合うところじゃないんじゃないかな〜って‥」
「ニナは黙ってろ!」
ナトリはぷんすか頬を膨らませて、腕を組みます。
「すごいね〜、これ、どうやって撮ったんだろう」
私はむしろ好奇心で部屋を見回していました。すると、部屋の隅に一匹の緑色のカメレオンがいることに気付きました。
「‥‥アタシはそのカメレオンを操って、自分の手足のように動かせるし、カメレオンの目や耳で感じたものはアタシも感じる。魔力を注入すると、写真が撮れる」
ラジカは観念したようにため息をついて、言いました。カメレオンが、ラジカのほうへとんできます。ラジカの手のひらまで登ると、ラジカはそれを持って机の方へ行きます。机の上には、真っ白の紙がいくつか置いてありました。
ラジカは、カメレオンに手をかざします。カメレオンの体が光って、皮膚の上に直接、映像がうつります。私とまおーちゃん、ナトリが帽子選びをしているところでした。
「‥‥こうやって、カメレオンの記憶を皮膚に映すことができる。紙をかぶせると転写できる」
そして、ラジカは机の上の紙を一枚取って、カメレオンの体を覆うようにかぶせます。紙が一瞬光ります。
カメレオンは緑色に戻って、机の下へぴょんとジャンプします。ラジカはさっき光った紙を私に見せます。そこには、私が帽子をためしにかぶって鏡を見ているところがうつっていました。
「す、すごーい!」
私は思わず、声をあげました。
「すごーい、じゃないでしょ。アリサ、自分の写真を撮られまくったんでしょ?」
ニナが冷静につっこみます。




