第251話 初夜は幕舎で
「分かった」
と、ヴァルギスは私の頬を掴みます。
そして、自分の唇を、私の唇に押し付けます。
「ふむ、むむっ!?」
私はヴァルギスに押し倒されるように椅子から転げ落ちます。
地面にぶつからないようにちょっと浮いたところで浮遊の魔法で止まりますが、ヴァルギスは構わずに私の口の中を舌で舐め回します。
「んん、んんっ!?」
私はヴァルギスの頬を掴んで押し上げて、自分の口から引き離します。
「はぁ、はぁ‥ど、どうしたの?」
突然のことに、私は自分の息が荒くなっているのを感じます。
ヴァルギスは問答無用とばかりに私の手をほどいて、私にくいっと顔を近づけて言います。
「アリサは1つ大事なことを忘れているぞ」
「えっ?」
「魔族は血の気が多いということだ」
ヴァルギスの吐息が、私の顔におもいっきりかかります。ヴァルギスの匂いが充満して、私は心臓がばくばくしてきて、全身がびくびくと痙攣してきます。
「ち、血の気が多いって、どういうこと‥?」
「今、初めてアリサのほうから妾にキスした。妾はずっとずっとアリサとセックスしたかったのだぞ、もう我慢できない。今すぐやりたい」
ヴァルギスの顔は、まるで理性を失った獣のようによだれを垂らして、目を大きく見開いて私の顔を見つめています。まるで私が獲物になったみたいです。
「ま、待って、ヴァルギス、さっきまで落ち込んでたでしょ?いくらなんでも変わり身早すぎない?」
「だがこれは妾の本能だ。今すぐアリサを犯したくて仕方がない。おとなしく妾の言うとおりにしろ」
そうしてヴァルギスは私の手首を掴みます。すごい力で引っ張られます。私はなぜか全身の力が抜けて、くったりして、抵抗できません。
「ま、待って、そんな、ヴァルギス‥‥」
私はベッドまで引きずられて、ヴァルギスに思いっきり押し倒されます。
抱き枕のように、ヴァルギスは私の体に頬をこすりつけてきます。
頭が混乱して形ばかりの抵抗を見せる私を、ヴァルギスは全力でねじ伏せて、服のボタンに手をかけます。いつもは私の意思を尊重してくれるのに、こういう時に限って全力で私を従わせるヴァルギス、ずるいです。次の決闘大会で戦う機会があれば絶対負けないと心に固く誓います。
「やめて、ヴァルギス、今すぐは、私も心の準備が‥」
そう言って抵抗する私の腕を、ヴァルギスは魔法を使って、ものすごい力で引き離します。
私も魔法を使って全力で抵抗しますが、ヴァルギスの顔を見ていると、なぜだか少しずつ力が抜けていくのです。
ヴァルギスがぺろりと唇を舌で舐めているのを見ると、催眠か不思議な魔法にかかったかのように私の股間がうずいてきて、体温が少しずつ上がって、全身の力が抜けてしまうのです。
「あ、ああ‥っ」
いつも使っている声帯ではなく、お腹の中から、体の奥底から直接声が出てきた気がします。自分の声のはずなのに、自分で聞いてびっくりするくらい、今まで自分でも聞いたことがなくて、自分の声と認識できないものでした。
そんな声を出した私の口に、ヴァルギスは勢いよく口づけしてきます。当たり前のように、私の口の中は舐め回されていきます。そのたびに私の全身が強く跳ね上がって、痙攣して、私の上に覆いかぶさるように乗っているヴァルギスの体に何度もぶつかります。そのたびにヴァルギスの体温が伝わってきます。とても熱いです。ヴァルギスが人として、獣として、すごく興奮しているのが伝わります。
もうだめだ、と私は本能で悟りました。
目からぼろぼろ涙が溢れ出ます。視界がかすんでいきます。
私は肩の力を抜いて、ゆっくり目を閉じます。
自分の体の全てを、ヴァルギスに任せます。
ヴァルギスのいいように、いじめられていきます。
自分もこれまで知らなかったような感覚をいくつも体に刻み込まれます。
頭の中が真っ白になります。
頭がおかしくなります。
自分の体力が全部奪われて、ひたすら快感に変換されていきます。
触っちゃだめだと強く念じている場所を、ヴァルギスは容赦なく触ってきます。
ヴァルギスはいじわるです。
すごくいじわるで、私のことを少しも気遣ってくれません。
私は何度も、この世のものではない、今まで自分でも聞いたことのないような声を出して、ただヴァルギスに自分の体を捧げていました。
◆ ◆ ◆
「‥はっ!?」
私は目が覚めます。ベッドで横になっていた慌てて上半身を起こします。
「寒っ!?」
私は肩を丸めて腕で胸を隠す仕草をします。そうして初めて、自分が裸になっていることに気づきます。
服は!?と思って慌ててあたりを見回すと、服はベッドの下に乱暴に投げつけられていました。私はベッドから降りてそれを拾い、風邪を引く前にと急いで身につけます。
服を着ているうちに、ゆうべあったことが少しずつ頭の中に蘇ってきます。
私はおそるおそる、後ろにあるベッドを振り向きます。
「‥何だアリサ、起きておったか」
ヴァルギスが目を覚ましたようで、上半身を起こします。はらりと振り落とされたかけ布団から、ヴァルギスの上半身が顔をのぞかせます。やっぱり裸です。
「寒いから服を取ってくれないか」
ヴァルギスは目をこすりながら言ってきます。
私はヴァルギスから目をそむけて「‥‥うん」とだけうなずいて、服と下着をかき集めて渡します。それを受け取ったヴァルギスは袖に腕を通しながら、私を見ます。にやにやといたずらっぽく笑っています。
「おはよう」
「う、うん‥‥」
私はさっきよりもヴァルギスから目をそらす角度が大きくなった気がします。
私の頭はとにかくゆうべあったことを忘れたがっているようで、記憶の隅から隅までがぼかされているようで、それでもヴァルギスから受けた快感は体の奥深くまで刻み込まれていて、ヴァルギスを見ているだけで体が奥からうずいてくる気がするのです。
「こっちに座れ」
ベッドに座るヴァルギスが自分の横を叩いてくるので、私はそこに座ります。ヴァルギスの隣に座るだけで、ヴァルギスの香りが漂ってきて、もうそれだけで頭がふらふらしてきそうです。
「おはようのキスだ、アリサからして欲しい」
「あ‥う、うん」
私は不安になりますが、それでもヴァルギスが目を閉じて唇を差し出してくるので、私はえいっと勢いよく自分の唇を押し付けます。柔らかいヴァルギスの唇に跳ね返されるような感覚がしましたが、それでも自分のそれをこすりつけます。
ぺろぺろと舌も入れます。ヴァルギスの口の中は、いつもと違う味がして、やわらかくて、甘くて、とろとろしていました。
やがて口を離した私は、自分が名残惜しそうにヴァルギスを見つめているのに気づきます。自分の感情はどこか淋しげで、昨夜のことがまだ頭から離れなくて、早く続きをやりたくて、うずいているようでした。
「‥‥おはよう」
私は頬をあからめて、ぷいっとヴァルギスから視線をそらします。自分がヴァルギスを名残惜しそうな目で見ているのが恥ずかしくて、はしたなくて、何か重罪でも犯したような気にさせられるのです。
ヴァルギスは「ふふっ」と笑って、ベッドから立ち上がります。
「そうだ、アリサ。これからはここで妾と一緒に寝ろ」
「え‥え‥ええっ!?」
「アリサは妾の付き人だから、妾と相談することも多い。一緒に寝ても言い訳はできる関係になったということだ。毎晩セックスしろと言ってるのではないからな、念の為だ」
「そ、そういう‥‥」
困惑する私をよそに、ヴァルギスは優雅な足取りで歩き出します。




