第249話 マシュー将軍の最期
私は前にいる兵士たちを押しのけて、とにかくニナのいるほうへ向かって突進します。
「ニナちゃん!!!」
私は叫びます。
しかし、そこにニナはいませんでした。
私が道を間違えたのでしょうか、それともニナのほうが高速で移動したのでしょうか。と同時に、私はいつの間にか敵に囲まれていました。ニナのことばかり考えすぎて、敵のど真ん中に入ってしまったようです。
周りから次々と矢が放たれ、私はそれを避けるように上空へ浮き上がります。
「ニナちゃん!ニナちゃんはどこ?」
上から戦場全体を見下ろしますが、上から見ると兵士たちはみんな小さくて、どれがどれだか区別できません。
「聖女様、今は敵兵を減らすことに集中しろ!」
遠くの方からマシュー将軍の怒鳴り声が聞こえてきます。私、正直そんなことに構っていられる余裕はありませんでしたが、ここは我慢しかありません。舌を噛んで、手を握りしめて、自分の部隊のある東側へ向かって、ゆっくり高度を下げていきます。
◆ ◆ ◆
「君が敵の総大将、マシュー将軍と見た」
爆発の攻撃をうけて次々と倒れていく兵士たちの背中を馬で踏みつけ、ニナはさっきの声の主のもとへ近づきます。
すでにここはハールメント王国の軍隊の真ん中ですが、ニナは動じずに自分の周りに結界を張って、周囲の敵や将軍を寄せ付けません。
「そうだ。俺がマシュー・レ・ハギジュだ」
「私はウィスタリア王国の将軍、ニナ・デゲ・アメリ。今ここで君を倒す」
「お前が元凶か!俺が倒す!」
マシュー将軍が言いますが、近くにいる将軍たちが次々とマシュー将軍の進む先を塞ぎます。
「お前ら、邪魔だ、どけ」
「マシュー将軍、落ち着いて下さい。今あなたは前陣の大将で、魔王軍の事実上の総指揮役です。今ここであなたにもしものことがあったら、魔王軍がたち行かなくなる可能性もあります。ここは我々に任せて、お逃げ下さい」
「あいつを倒せばエスティクは攻め落とせる。今ここで倒さないで何になるのだろうか?」
「いけない、落ち着いて下さい、敵将はハラスの弟子といいますからどんな力を使うかわかりません、おい、誰かマシュー将軍をお止めしろ!」
ニナは、制止に入った将軍たちを次々と、後ろから氷の針を突き刺して馬から落としていきます。
悲鳴とともに将軍たちは崩れ落ちて、やがてそこに立っているのは、ニナとマシュー将軍の2人だけになりました。
マシュー将軍は剣を構えて、ニナをにらみます。そうして何か言いかけたその時。
「マシュー、覚悟!」
ニナの叫び声と同時に、2本の氷の針が現れます。その針が声も出せない勢いでマシュー将軍を襲い、2つの目玉を突き刺します。
「う、ううっ!?」
目を潰されたマシュー将軍は一度ふらついて、なんとか馬の上に座っているのがやっとでしたが、視力を奪われて馬の上に乗ったままふらふらして安定しません。
「マシュー将軍!」
ハールメント王国側の兵士たちが叫びますが、馬の手綱を不安そうに抱えていたマシュー将軍は、その氷の針を引っこ抜きます。
針にくっついて、目玉が1つ、1つ、マシュー将軍の顔から崩れ落ちて、地面に落ちていきます。
「君は目を潰されても戦うか?」
ニナが冷酷にそう言ってきます。
マシュー将軍はふうっとため息をつきます。そうして、手に持っていた剣を自らの首に押し当てます。
「目を潰されてでも惨めに暴れるつもりは俺にはないよ。戦場に立つ者として、醜い姿を敵味方に曝すわけには行かない。俺の旅もここまでだ」
そう言って、握っていた剣を思いっきり振り切ります。
大きな血がはね、マシュー将軍の首は、胴体から切り離されます。
呆然とする周囲の兵士たち、将軍たちに囲まれて、その首は胴体の上を転がり、落ちて、馬の尻にぶつかり、はねられるように地面にこつんと落ちます。
呆然として震える兵士たちをよそに、ニナはその首を浮遊の魔法で奪い取ると、それをまた高い位置へ浮かび上がらせます。
「敵将マシュー・レ・ハギジュの首は、このニナ・デゲ・アメリが討ち取った!!」
その声は割れんばかりに大きく、戦場全体に響き渡ります。
兵士たちが次々と動揺して、エスティクのチャリオットに次々と打ち倒されていきます。
まもないうちに軍鼓が鳴らされ、ハールメント王国の兵士たちは次々と前陣に逃げ帰っていきます。
◆ ◆ ◆
マシュー将軍の幕舎の中で、ソフィーはただ1人、手で顔を覆い隠してわんわんと泣き続けていました。
「カイン‥マシュー将軍‥私があの時、お止めしていれば‥‥」
ソフィーに報告した兵はすでに幕舎を去りました。
ソフィーは地面にかがんで、ひたすら絨毯を叩き、叫びます。
「カイン‥カイン、カイン!!あああ‥‥」
私とルナが並んで移動しているとその幕舎の中からソフィーの泣き声が聞こえてきましたので、私はルナとお互いの顔を見合わせて、それからその幕舎の中に入ります。
「失礼します、アリサです‥ソフィーさん!?」
私は幕舎の中央でかがんでいるソフィーに寄ります。
「ソフィーさん、お気を確かに」
ルナも駆け寄って、ソフィーの背中を撫でます。ソフィーはしばらく「うっ、うっ‥」と嗚咽を漏らした後、ゆっくり上半身を起こして正座します。
「‥お見苦しいところをお見せしました」
「ずっとカイン、カインと叫んでいたのですが、仲がいいのですか?」
「はい。カインは私と同郷の人でして‥ううっ‥私の幼馴染で、そして許嫁でもありました」
そう言うとソフィーはハンカチを取り出して、自分の涙を拭きます。そうして、テーブルを掴んでもたれるようによろめき立ちます。
「‥‥カインも残念ですが‥問題はマシュー将軍のほうです‥‥マシュー将軍がいなければ、誰が軍を指揮するのでしょうか‥‥ううっ‥」
「ソフィーさん、無理はしないでください、これからのことはもう少し落ち着いてから考えましょう」
私がなだめますが、ソフィーはテーブルの上に手を置いてしばらく何かをぶつぶつ言っているようです。
「ソフィーさん?」
「私が倒します!」
ソフィーはいきなり首を起こして、叫びます。そして、私の方を向きます。
「えっ?」
「私がニナを倒します」
「ええっ、そんな、無茶ですよ、ソフィーさんは非戦闘員でしたよね?」
「いいえ、私も決闘大会に出てそれなりの成績を収めました。武力に覚えはあります」
そう言って幕舎から出ようとするソフィーの手を、私は掴んで引っ張ります。
「ソフィーさん、無茶なのは自分でもわかってると思います!ニナちゃんは強いです!」
「そのとおりです、鑑定をしても分かると思います」
ルナも助太刀して、ソフィーを止めます。
「い、嫌です、離して下さい!私がカインの仇を取ります‥!」
ソフィーがそう叫んで暴れていると、幕舎の外から足音がしてきます。誰かが来るのでしょうか。
幕舎の入り口の布を開けて入ってきたのは、ヴァルギスでした。
「魔王様!?」
ルナが叫びます。
幕舎から走って出ようとするソフィーを後ろから腕を引っ張って止める私という異様な構図を見て、ヴァルギスは私に向かって尋ねます。
「何をしているところだ?」
「は、はい、魔王様、ソフィーがこれからニナちゃんを倒すと言って聞かないので‥」
ソフィーはまるで獣のように、ギュルルと鳴いてヴァルギスを威嚇します。
「魔王様、お願いします。私を放して下さい。私は、私は、カインがいなくなったら、私は‥‥」
「落ち着け」
ヴァルギスが指を鳴らすと、ソフィーは急に全身の力が抜け、投げ落とされたぬいぐるみのようにその場に崩れ落ちます。
「あ、ああ‥」
「貴様の全身の筋肉を弛緩してやった。しばらくベッドで寝て落ち着け。ほれ、貴様も‥いや、聖女様も運ぶのを手伝え」
「はい」
ルナがベッドの乱れたシーツを敷き直すのを待って、私はソフィーの体を浮かび上がらせて、そのベッドの上に乗せて布団をかけてあげます。
「どこか痛いところとかありますか?あれば私が体を動かしてあげますが」
私が言うとソフィーは首を振ります。目からは涙がこぼれ落ちていたので、私は自分のハンカチでそれを拭い取ります。
そして、後ろを振り向きます。
「魔王様、どうしてここへ来られたのですか?マシュー将軍の件ですか?」
「うむ」
とヴァルギスはうなずきます。




