第248話 カインの最期
将軍たちが去ったあとでソフィーは、そっとマシュー将軍に声をかけます。
「マシュー将軍、今のは少し焦り過ぎではないでしょうか?」
「ん、どうした、ソフィーよ」
「はい。私たちはもう少し敵について調べ、作戦を練ってから攻撃すべきかと。このままでは効率が悪いです」
その問いにマシュー将軍は首を振って否定します。
「確かに効率も大切だが、ミハナの会盟に間に合わないと元も子もない。これは昨日話したとおりだろう」
「それはそうですが‥‥嫌な予感がするのです」
「根拠のない予想ほどあてになるものはない」
マシュー将軍はそれだけ言って、困惑するソフィーをよそに、幕舎から出ます。
「明日で全部片付けてやる。そして、ミハナの会盟に必ず間に合わせる」
◆ ◆ ◆
翌日、前陣の出口付近に大勢の兵士と将軍が集結します。
前陣のほぼすべての部隊、そして中陣からも一部の部隊が引っ張り出されました。ナトリもいます。私はルナの部隊の副将ですが、ルナは後方支援を中心にやるため、私を前に出して積極的に攻撃させたいマシュー将軍から1万の兵を借り、その部隊の主将に任命されました。
エスティクは四方を広い街道に囲まれ、そしてミハナを通り海へ抜ける大きい河川もあり、交通の便のいいところに位置します。なので王都か・ばさから援軍を送ることも容易です。マシュー将軍はこの援軍が派遣された場合ミハナの会盟に間に合わなくなるのではないかと、何度もソフィーに話していました。便のいいところだからこそ、一刻も早く落とす必要があったのです。
出発のときのマシュー将軍の挨拶からの演説でも、敵に援軍が来た場合のことを何度も触れました。一刻も早く、エスティクに壊滅的なダメージを与えなければいけません。マシュー将軍の演説で、兵士たちは奮い上がり、何度も大きな掛け声を出します。
こうして魔王軍の中から残留勢を除く40万の兵が、次々と陣から繰り出していきます。
「おい、テスペルク」
私がふわふわ浮遊しながら移動していると、横から馬に乗ったナトリが寄ってきます。
「今更だが、今度こそニナを倒せるか?」
「うーん、前回はニナちゃんは地雷を仕掛けてきたから、そのせいで失敗したんだよね。まず、地雷のある場所を探さなくちゃいけないから、倒せるにしても時間はかかっちゃうかな」
「なるほどなのだ。地雷か‥そういえば、マシュー将軍からそんな指示は出ていなかったな。地雷は踏めということか」
「そんな乱暴な指示をマシュー将軍が出すとは思えないけど‥」
私は少し声を弱めて返事します。ナトリは「そうか」とだけ言って、首を傾げながら馬を進めます。
ナトリも違和感を持っているのでしょう。私も少しおかしいと思います。いつものマシュー将軍であれば、敵の情報を調べて、ソフィーと相談して作戦を練っていたはずです。ラジカがいなくても、時間はかかりますが敵の情報は集められるはずです。その情報を集める時間すら惜しいというのでしょうか。
確かに敵がエスティクに援軍を送った場合、ミハナの会盟に間に合わなくなる可能性があることは理解できます。だからといって、いつもと戦い方を変えていきなり総攻撃です。なんとなく嫌な予感がします。
エスティクの砦から次々と敵兵が出てきます。何人もの将軍が次々と繰り出してきて、交戦が始まります。私たちの部隊の近くにも敵兵が迫ってきます。みな、チャリオットに乗って、大きい弩を持って、次々と兵士たちを撃ってきます。
「仕方ないね」
マシュー将軍から遠慮するなと言われていたので、私は短く呪文を唱えます。無詠唱でも魔法は使えるのですが、一言でも唱えたほうが威力が全然違います。
私の視界にあるチャリオットを率いる馬が次々と催眠の魔法にかかり、ばたばた倒れていきます。チャリオットに乗っていた兵士たちは弩で相手の頭を殴ったりして抵抗を試みましたが、あえなく刺されて倒されていきます。それを見るたびに私は、人の死に自分が関わることについて良心がとがめましたが、これは戦争です。誰のせいでもなく、戦争そのものが悪いのだと無理やり自分に言い聞かせて、そのまま周りのチャリオットを次々と眠らせていきます。
私たちの部隊は、戦場の中央から東側に偏って戦っていました。一方、西側では風の魔法で次々とハールメント王国の魔族の兵士たちの首をとばしていく人がいました。ニナです。
「私の邪魔をすれば、命はないものと思いなさい」
そうやって、ニナは風を操り、次々と目の前の兵士たちの首を胴体から離していきます。
ふと、目の前で馬を止めている男に気づきます。ニナは風の刃を飛ばしますが、男は紫色の立派な装飾がなされた大きな剣で、それを振り切ります。髪の毛の代わりに茎や葉を生やした植物系魔族のようです。
「私はエスティクの大将、ニナ・デゲ・アメリ。君は敵将と見る。名を名乗って」
「カイン・ナハルボだ。ハールメント王国の将軍をやっている」
「ナハルボは伝説の魔法剣士と聞く。そんな血統まで魔王に味方していたとはね、なかなか手強そうね」
ニナはそう言いつつ、心のなかで念じます。
ニナを取り囲むように大きなつむじ風が起きて、結界の代わりにニナを保護します。カインは剣を構えてその中へ突っ込みますが、強い風に阻まれてなかなか前へ進めません。
「アイス」
ニナの魔法で、空気の所々が急速に冷やされて結晶になって、小さい粒になります。
暴風の中でそれは凶器となって、カインの鎧を貫通して、少しずつ傷穴を増やしていきます。
「くうっ!」
カインは巨大な魔剣を振り回し、風をはらおうとしますが、今度は背中から風を受けます。
「ハ・ルデン・デゲ」
ニナがもう一度、呪文を唱えます。その一言で、ニナとカインを包む竜巻がさらに速くなります。
風の速さは音速を超えて、ソニックブームは音の暴力となってカインに襲いかかります。
「うあっ!?」
銃弾ほどに速くなった氷の結晶が、カインの足を貫通します。カインは風の吹いてくる方向へ魔剣を振り回して風を弱めようとしますが、馬が倒れないようにするのがやっとでした。
「うああ、はぁ、はぁっ」
氷の結晶がカインの全身に信じられないスピードでぶつかってきては食い込んで、血を吹き出して、カインの体力を少しずつ奪っていきます。
「それが限界なの?」
煽るように、ニナはカインに声をかけます。音速を超えた速さの風のせいで、その言葉すら吹き飛ばされたのは言うまでもありません。
そうやって、馬を立たせるのに必死なカインに向けて、ニナは手を伸ばします。
「イクスプローション」
嵐のような竜巻はやみました。
代わりにそこに残っていたのは、4つの脚をばらばらにされ、胴体を真っ二つにされた馬。
そして、それを超えるほど手足をばらばらにされ、胴体に大きな穴をいくつもあけられたカインの姿でした。
ニナはそのカインの首を浮遊の魔法で持ち上げて、高く掲げます。
「ウィスタリア王国のニナ・デゲ・アメリ、カイン・ナハルボを討ち取った!!」
音速を超える暴風をうけて敵も味方もみなこの戦いを見守っていましたから、ウィスタリア王国の兵士による喚声はとどまるところを知らず、ハールメント王国の兵士たちは状況を理解するや次々と悲鳴をあげていきます。
「ニナちゃん、そこにいるんだね!これ以上、罪は重ねさせない!」
私はくるりと体の向きを西側に回転させます。そして、そのまま全速力で、ニナのもとへ駆け寄ります。




