第247話 ウヒルの最期
「お前にできるのか?なぜ希望する?」
マシュー将軍はすかさず聞き返します。ウヒルは一歩一歩幕舎の中に入って、マシュー将軍に近づいて、話します。
「‥特にニナの弱点を見つけたわけではありませんが、俺は去年の決闘大会でアリサと対戦しました。そのアリサの友人が殺され、アリサも深く悲しんでいると聞きました。俺がその仇を取りたい」
マシュー将軍はしばらく首をひねってから、そばにいるソフィーに尋ねます。
「ソフィーはどう思う?」
「ええ、ウヒルは標準的な強さを持っています。まずは一人出して、ニナの弱点を探るのもありではないかと」
「分かった。ウヒルよ、敵の弱点を探ることに集中しろ、無理と判断したら必ず戻れ」
「ははっ」
ウヒルは頭を下げて、幕舎を出ます。
◆ ◆ ◆
翌朝。
私が後陣のハギスの幕舎で寝ていると、ふと、幕舎の出口を覆う布の隙間から差し込む日光を誰かが覆い隠しているのに気づきます。
その影立ち止まって、は動こうとしません。
「‥誰かいるの?」
ハギスは王族ですから幕舎の周りを守る兵士がいます。しかし、彼らでもここまでは近づかないはずです。私はねむたい目をこすって、ベッドから降りて入り口の布を開けます。
そこには、青い装束を身に着けたウヒルが立っていました。
「‥ウヒルさん?」
「あ、ああ、アリサか。起こしてしまったか」
ウヒルは若干気まずそうに、私から一歩二歩距離を置きます。
「特に大した用はない」
「大丈夫ですよ、何でもいいからお聞かせできれば」
私がにこっと答えるので、ウヒルはうつむく素振りを見せます。
「‥俺は、これからニナに一騎打ちを申し込む」
「!」
私の顔から笑みは消え、真顔になります。
「ニナちゃんと‥?」
「ああ。俺が戦う」
「それって」
「案するな。必ず俺が勝つ。お前の友人の仇は俺が取る」
「ま、待ってください、そのニナちゃんも私の友達で‥」
私が慌ててウヒルを止めますが、ウヒルは親指を立てます。鼻より下が青い布で隠されているので表情は見えませんが、自信満々な様子が伝わります。
「お前が案することは何もない。俺に任せろ」
「で、でも‥」
私の心配そうな様子を見てウヒルはため息をつくと、ぷいっと私に背中を向けます。
「‥ああ、そうだ。戦争が終わったら俺の妹を見舞ってくれるか」
「はい。病院とお名前はこの前教えていただきました。行きますね」
「そうか」
そう言ってウヒルは行ってしまいます。
「あ、待って、ニナちゃんは殺さないでください‥」
私の呼び止めに、ウヒルは右手を上げて応えるのでした。
◆ ◆ ◆
馬に乗ったウヒルが、1000の兵を引き連れて砦の前へ向かいます。そして、大声で叫びます。
「我が名はウヒル・デン・ダダガドである。敵将ニナに一騎打ちを申し込みたい」
そう言って、手に持つ斧を大きく掲げます。
その様子を、私はハギスと一緒に、前陣にある見晴らしのいい丘から遠巻きに見ていました。やっぱり心配になって、ハギスに無理を言ってここまで来たのです。ちなみにハギスは冷凍くさやを火の魔法で温めながら食べています。
「聖女様、体調はもういいのか」
横からマシュー将軍が声をかけてきます。
「はい、大丈夫ですがもう少し休みたいです」
「そうか、わかった。無理はしないで欲しい」
マシュー将軍はそれだけ言って、私と同じように、砦の敵に呼びかけているウヒルを心配そうな顔をして遠巻きに眺めます。
そういえばラジカがいなくなったので、敵軍の情報を手に入れるのに時間がかかるようになったのでした。それを思い出した私はマシュー将軍に尋ねます。
「うヒルさん、勝てるんですか?」
「分からん。ニナの弱点を探せ、無理なら引き返せとは言ってある」
そう言ってマシュー将軍は首を横に振ります。私は「わかりました」と言って、再びウヒルを見ます。
砦の大きな門が開かれ、中から1人の馬に乗った少女ニナが、空堀にかかった橋をわたります。
ニナは手に何も持っていません。ただ馬の手綱を握っているのみでした。
「武器はないのか」
ウヒルが持っていた斧を振り回しながら言うと、ニナは笑って、ゆっくり返事します。
「私は魔法使いなので」
「そうか」
それだけ言うと、ウヒルは斧を構えて、そのままニナのいるほうへ突進します。が、ニナはぴくりとも動かず、ただ突っ込んで来るウヒルを無防備で待っているかのように見えます。
「ニナちゃん‥」
私が思わず声を上げるのを押しのけて、ソフィーが大きな声で叫びます。
「危険です!今すぐウヒルさんを下がらせて下さい!」
「ソフィー、この距離でニナを鑑定できたのか?」
マシュー将軍が目を丸くしながら質問します。
「いいえ、さすがに鑑定はできませんが、ニナの動きには隙がありません。明らかに何か、ウヒルさんの想像を上回るものを持ち構えているように見えます」
「お前の言うことももっともだが、ここは戦場だ。相手が強いからと言って、そこまで悠長なことはしておれん」
「‥‥それは、そうですが」
ソフィーがマシュー将軍に叱られるのとほぼ同時に。
私は思わず「あっ」と声を上げます。
血しぶきとともに、ウヒルの体がいくつにも輪切りになって、離れていきます。
ウヒルの輪切りになった腕、胴体、足が空中を舞って、次々と地面に落ちていきます。
ニナは不敵な笑みを浮かべて、その部品の1つを指差します。それがふわりと浮遊して、ニナの手の中に入ります。ウヒルの首でした。
その髪の毛を掴んで、高く掲げてニナは叫びます。
「敵将ウヒル・デン・ダダガトは、このニナ・デゲ・アメリが討ち取った!文句のある人は出てきなさい、私が相手する!」
どっと、私たちの周りに衝撃が走ります。
今朝まで、ついさっきまで話していたウヒルが死んでしまったのです。私は体がぶるっと震えていくのを感じます。
「どうしましょう、マシュー将軍‥」
ソフィーが少し焦ったように、マシュー将軍に声をかけます。
「うむ‥」
マシュー将軍は、冬にもかかわらず額に汗を垂らしていました。
「ニナの動きに隙はなかった。圧倒的な力の差があることは少なくとも分かった」
マシュー将軍はあくまでも冷静に振る舞いますが、兵士たちへ一度走った動揺はすぐには治せません。
その日、ニナの軍が砦から打って出たので魔王軍は応戦しましたが、夕方になる頃にはまた大きな被害が出ていました。
◆ ◆ ◆
「さて、これからどうしたものかのう‥」
幕舎で将軍たちを集めたときのマシュー将軍はすっかり弱気になって、うなだれていました。
将軍の1人が言います。
「お気を確かにして下さい、マシュー将軍。敵が強いのならば、我々も全力を上げて攻撃すべきです」
「そうです。敵兵が10万を超えることはなく、対して我々は魔王軍だけでも60万です。数の差は有効に生かすべきです」
口々にそう言うので、マシュー将軍はため息をついて、頭を抱えてから「‥‥うむ」とうなずいて、椅子から立ち上がります。
「お前ら、明日は総攻撃だ。明日に備えてみな、しっかり休め。そうだ、こうなってはなりふり構っていられない。聖女様!」
マシュー将軍が私を指名します。普段はルナを通して間接的に命令してくるのですが、今回は直接の指名です。
「はい」
私が大きい声で返事すると、マシュー将軍はそれに巻けないくらい大きな声で言います。
「聖女様は明日、全力を出して敵を殲滅しろ」
「わかりました」
「他の将軍も、聖女様に頼らずそれぞれ自分の力を振り絞っていけ」
他の将軍たちも口々に「はい」と返事します。




