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第245話 ラジカの最期

そうやって私が呪文を詠唱しながら目をつむっていると、不意に地響きがしました。

あれ、呪文の詠唱中にこんな音って聞こえてきましたっけ?私がそう思っていると、急に爆発音が響きます。爆風の衝撃を避けるために私はふわりと高くへ浮かび上がりますが、ナトリは「ああっ!」と叫びながら落馬します。


「この術式は、あらかじめ仕掛けられていたものなのだ!」


ナトリが叫びます。おそらく地雷のようなものでしょう。あらかじめ地面に魔法を仕掛けて、術者が任意のタイミングで発動させるのです。私が結界を張った後に発動させることも出来ます。後から張った結界の中にもともとあったのですから、これは結界では防ぎようがありません。


「ラジカちゃんは!?」


そうやって私とナトリは、ラジカのいるほうを向きます。そこにいたはずのラジカは馬ごといなく‥‥よく見ると、向こう側にとばされていました。完全に結界の外です。


「ラジカちゃん、大丈夫?」

「アリサ様、大丈夫です」


私が呼びかけて、ラジカのほうへ向かおうとした時。

砦の上の方から、黒い影がものすごいスピードで落ちてきます。

その影――ニナは、手に持っていた長剣を、素早く振り回します。


血しぶきとともに、ラジカの首がとびました。


「‥えっ?」


私はまだ、目の前の光景が理解できなくて、ぴたりと立ち止まります。

ナトリは慌てて馬を後ろの結界があるほうへ転回させます。


「ラジカ‥ちゃん‥」


そこにあったのは、血で濡れた長剣を右手に握っているニナの後ろ姿。そして、ラジカの馬。そして、ラジカの胴体。

ニナはしゃがんでラジカの特徴的な赤いツインデールの片側を左手で掴んだ後、もう一回立ち上がって、その首を高く掲げます。


「ウィスタリア王国のニナ・デゲ・アメリ、敵将ラジカ・オレ・ナロッサを討ち取った!」


砦にいる兵たちの怒号が聞こえます。

ニナはそれだけ言うと、足で地面を強く蹴ります。

風の魔法のついた高く大きいジャンプで、ニナは砦の上に戻ります。


「結界に入れ!」


ナトリが私の襟を引っ張って、馬の尻を強く叩きます。

私は茫然自失としながら、ひたすらナトリに引きずられます。


気がついた時には、私は前陣の幕舎の前に立っていました。

横にいたナトリは「ナトリはマシュー将軍に報告するからな。テスペルクはベッドで休んでいろ」と言っていなくなってしまいました。

私1人です。1人ぽっちです。

私はふらふらした足取りで、幕舎に入ります。

幕舎の中は、いつも通り、簡単な家具があって、絨毯がしかれていて、少し汚れているベッドが奥に置いてあります。

いつも通りです。ラジカと一緒に陣を出る時と、全く何一つ変わっていません。

幕舎の中にいると、まるでラジカがまだ生きているかのような錯覚にとらわれるのです。


「そんな‥なんで‥」


私は初めて言葉を発しました。絨毯の上に、ひざから崩れ落ちて、地面に手をついていました。


「なんで、こんな‥」


目からぼろぼろと涙が溢れ出ます。

あの時、目の前で血しぶきをあげた人は、紛れもなくラジカでした。

迷彩柄のフートローブ姿だったラジカで間違いありません。

ラジカが、ニナに殺された。

胴体を支える腕が、がくがく震えています。


「あっ‥ああ‥あああああああああああああ!!!!!!」


私は声の尽くす限り叫びます。

叫びながら頭を抱えます。

まだ現実が現実として受け入れられません。

これは夢の中なのでしょうか。

私は悪い夢を見ているのでしょうか。


ラジカとはエスティク魔法学校で出会いました。

一緒にクエストへ行ったりもしました。

亡命の旅で、一緒にいてくれました。

ぶっきらぼうだけど本当は優しくて、メイの扱いが上手でした。

私のことが好きみたいで、私にさわられるとすぐ真っ赤になっていました。

私の水着を見ると興奮していました。

中身がものすごくかわいい女の子です。

赤いツインデールとむすっとした顔が特徴的で、私の大切な友達です。


「あああああああああああああああああああ!!!!!!」


絨毯が私の涙で濡れます。

私は頭を薄い汚い絨毯にうずめて、何度も涙をこすりつけます。


「ラジカちゃああああああん!!!!!!」


ニナに殺された。

ニナを説得しようとしたら、逆にラジカが殺された。

私のせいだ。

私がいけないんだ。

私が、ニナを説得しようと考えなければ、こんなことにはならなかった。


◆ ◆ ◆


地面で丸くなっている私の尻を、後ろの人が思いっきり蹴り上げます。

衝撃で私の体はとばされて、幕舎の奥にあるベッドに落下します。

いくらベッドとはいえ、衝撃は衝撃です。首をやられたかもしれません。

私は両手で首を押さえて、涙で真っ赤に腫れた顔を上げます。

そこには、ナトリ、メイと一緒に、ヴァルギスが腕を組んで仁王立ちしていました。


「ま、まおーちゃ‥」


ヴァルギスはつかつかと私の方へ歩み寄ってきます。

そして、呆然としている私の頬を、思いっきり叩きます。

私はベッドの端まで吹き飛ばされて、ベッドから落ちます。また頭を打ったかもしれません。

ヴァルギスはそんな私の襟を掴んで持ち上げてベッドの上に戻してから、今度は反対側の頬を思いっきり叩きます。

私がまたどんと大きな音を立ててベッドから落ちると、ヴァルギスはまた私の方へ歩み寄ってきて、私の襟を掴んで持ち上げます。


「これで木は済んだか?」

「ま‥おーちゃん?」


私の口から、何か液体が滴り落ちているのに気づきます。舌でなめるとしょっぱかったので、これは血だと気づきます。

ヴァルギスは私の襟をベッドにぶん投げます。


「貴様が自分のせいだとうわごとのようにつぶやいておったのでな。だから妾が貴様の罪を罰してやった。罰は終わったから、昨日の朝のことについて二度と自分を責めるな。怪我は自分で治せ」


そう言うとヴァルギスはベッドを揺らすように、ぽすんと勢いよく座ります。

ベッドで横になりながらヴァルギスの背中を見上げて、私はかすれかすれの声で言います。


「まおーちゃん、どうしてここに‥?」

「ああ、もう翌日になったというのに貴様が幕舎から出ないと聞いてな。ナトリに相談を受けたメイからまた相談されて、妾が起こしに来たのだ」

「えっ‥もう、明日‥」


私は腕を支えに、ふらふらと上半身を起こします。


「うむ。貴様は1日中ずっと絨毯で泣いておったのだ。ほれ、食事を持ってこい」


ヴァルギスが命令すると、何人かの兵士たちがナトリとメイの間を割って食事を運んできます。

たちまち、私の部屋にあるテーブルの上は食事でいっぱいになります。

兵士たちが去っていって、幕舎の中はまた4人きりになります。


「さあ、昼食をとろう。貴様は一番食事の多い席に座れ。1日中何も食べていなかっただろう、遠慮なく食え。立てるか?」

「う、うん、立てる‥」


ヴァルギスが立ち上がると、私は力なくゆっくりベッドの下に足をおろして、ふらつくように立ち上がります。

浮遊の魔法なんて使う元気はありません。

ふらふらと自分の席に座ります。

私の隣りに座っているヴァルギスは見かねたように、私の肩を掴んで引っ張って、私の血で汚れた唇に、自分のそれを押し付けます。

血でしょっぱい口の中を、ヴァルギスが舌で舐め回して自分の唾液で埋め尽くしてくれます。


「‥‥人前のキスは10秒以内」


こんな時でもメイは冷酷につぶやきますが、ヴァルギスは私の口から舌を離すと横目でメイを見ます。


「いいではないか、少しは空気を読んでくれ。それより貴様、少しは元気が出たか?」

「‥えっ?」

「貴様には妾がついてやる。どんな困難にあっても、妾が貴様のもとを去ることはない。それが恋人というものだ」


そう言ってヴァルギスは、にこっとほほえみます。

私もつられて顔に微笑を浮かべ、無言で小さくうなずきます。

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