第244話 敵将の名はニナ
その日の晩、夕食を終えた私はマシュー将軍の幕舎を訪れます。ちょうど、マシュー将軍とラジカとソフィーが3人で会食しているところでしたが、取り次いだ兵士によれば入ってOKとのことでしたので、私は構わず幕舎に入ります。4人掛けのテーブルで空いている1席を案内されたので座ります。ラジカの隣でした。
「いきなりどうしたんだね?いつもはメイ様のところへ行っている時間だろう」
陽気なマシュー将軍が肉を喰らいながら私に尋ねます。
私のマシュー将軍を見る眼差しがどこか真剣なのに気づいたのか、ラジカは私から目をそらします。
「マシュー将軍、敵将はニナということですよね」
「そうだ」
「ニナは私の親友です。私は亡命する前はこのエスティクの魔法学校に通っていて、ニナは同級生でした。明日、砦を攻略する前に、私にニナと話す時間をください」
マシュー将軍は少し考えてから、うなずきます。
「分かった。聖女様なら大丈夫だろう。そうだ、ラジカ」
「はい」
「ラジカも確か、聖女様やニナと同級生だっただろう。行ってやれ」
「でも‥」
ラジカはどこか不安げな様子でした。
「どうしたの、ラジカちゃん?」
私が尋ねると、ラジカはしばらくの間をおいて答えます。
「前も言ったけど、ニナはハラスから力を与えられた上に洗脳されています。アタシやアリサ様を躊躇なく攻撃する可能性もあります」
「聖女様の結界があるだろう、それで守ってもらいなさい」
マシュー将軍が言うと、ラジカは口をつぐみます。
そんな様子を見てマシュー将軍は、念のためにとソフィーに尋ねます。
「投降せずとも、少しは心が揺れ動くでしょう。私はニナを鑑定したわけではありませんが、聖女様なら身の安全は問題ないと思います。これまでに一騎打ちで負けそうになったのはハラスだけだったでしょう。そのハラスの弟子ということですから、少々は力も劣ると思います。油断しなければ大丈夫です」
ソフィーが乗り気でしたので、私は顔に自信をたたえてうなずきます。
「わかりました。ラジカちゃん、明日大丈夫?」
「‥大丈夫」
ラジカは小さくうなずきます。
「そうだ、ついでだからナトリちゃんも誘って‥まおーちゃんはどうかな?まおーちゃんも誘えれば4人で行こう!」
「魔王様はさすがに無理じゃない」
ラジカがそう言うので私は「そういうものなのかな‥」としばらくうなりますが。
「私、この後まおーちゃんと会う予定があるから、その時に誘ってみる!その間、ラジカちゃんはナトリちゃんを誘って!行けたら4人で行こう!洗脳なら、私が解いてあげるから」
「‥分かった」
乗り気になっている私を見て、ラジカは少し安心したのか、顔に微笑を浮かべます。
◆ ◆ ◆
「妾は無理だ」
ヴァルギスに即答されました。
幕舎で2人きりになってヴァルギスにさっきの話を伝えたのですが、首を縦には振りません。
「ええー、何で?友達でしょ?」
「確かに友達だ。だが今の妾の立場はどうだ?60万の魔王軍の総大将だ。ハールメント連邦王国の魔王でもある。妾がむやみに敵前へ行って、万が一にもさらわれるようなことがあれば、魔王軍だけでなく国民たちの身を危険に晒すかもしれないだろう」
「それはそうだけど‥‥」
「それに、妾はニナと数日間交流したにすぎない。魔法学校入学時から3年間交流してきたアリサらだけでも十分効果はあるだろう」
「だ、だよねー‥」
断られました。でも60万人の総大将、一国の王だからというのはもっともです。友情のためにこれだけの巨大な組織を崩落させるわけにはいきません。
私はおやすみのキスを終えた後、あまり浮かない顔をして幕舎を出て、後陣をあとにします。中陣をふわふわ浮きながら移動していると、ラジカがナトリの幕舎から出てくるのが見えました。
「ラジカちゃん、ナトリちゃんはどうだった?」
「オッケー。来てくれるって。魔王は?」
「断られちゃった。魔王軍の総大将で一国の王だから、むやみに敵前に姿は見せられないって」
「‥‥それはそうだね」
ラジカは少し思案した後、うなずきます。
「じゃあ、明日3人でニナちゃんのところへ行こう!」
「うん」
「ニナちゃんの洗脳を解いて、説得して、またまおーちゃんも入れて5人で‥あっハギスちゃんも入れて6人かな、みんなで一緒においしいもの食べたり、買い物したり、遊んだりしようよ!」
そう言って私はふあああとあくびします。手で口を隠します。
「ふふ。アリサ様は強い力を持っているから、余裕があってうらやましい」
ラジカが笑う仕草を見せたので、私は満面の笑顔でラジカを振り返ります。
「ね!ね!悲しい戦争は早く終わったほうがいいよね!」
「アタシもそう思う。アタシも人を傷付けるためにカメレオンを使うのは好きじゃない」
「ラジカちゃんも同じ考えなんだ」
そうやって私はラジカといくらか話した後、眠くなってきたので解散して自分の幕舎へ戻ります。
ニナは友達だから、洗脳を解けばきっと分かってくれるはず。また仲直りできるはず。私はそんなことを考えながら、寝ていました。
◆ ◆ ◆
翌朝。まだ軍鼓も鳴らないくらいの時刻に、私達は急いで朝食を終えて、マシュー将軍の幕舎に行って許可をもらいます。
1000人程度の兵を借りて、私は浮きながら、ナトリとラジカは馬に乗って、前陣の門を通ります。攻撃の意思がないことを示すために、わざと隙を見せるかのようにゆっくり進みます。
そうして私達は、砦の門近くまで着きます。砦の屋上にいる兵たちが私達を警戒しているのが見えます。
「アリサ、結界作ったほうがいいのだ」
ナトリが小さい声でこそっと話すので私はうなずいて、私達3人を囲む結界を作ります。それから、私は上にいる兵士たちに呼びかけます。
「私は魔王軍の将軍、アリサ・ハン・テスペルクです。貴軍の将、ニナに用があり、参上いたしました」
兵たちがお互い話し合っているのが見えます。しばらく話していた後、私達に向かって呼びかけるように返事してきます。
「分かった。少し待って欲しい」
そうして兵の1人が奥の方へ姿を消します。しばらく経って出てきたのは、立派な鎧に身を包んだニナでした。あのニナです。見覚えのあるあの金髪が、まだ低い位置にある太陽の鈍い光を反射して紅く見えます。
私はぶんぶん手を振ります。
「ニナちゃん、久しぶりー?」
「何かと思えば君たちか」
ニナはよそよそしく、私達とは赤の他人なのかただの知己なのかと言わんばかりの冷たい返事をします。もちろん、そういうことは想定の範囲内です。
「ニナちゃん、迎えに来たよ」
「君は馴れ馴れしいね。敵同士なのに」
この態度、まるで高圧的で、友達じゃないみたいです。
「私達と一緒にいたこと、忘れちゃったのかな?」
「忘れてないよ。でも、君たちよりも大切なものが、私にはある。このウィスタリア王国だ。この王国のためなら、我が命を捧げても構わないと思っている。魔王軍の軍門に降った君たちとこれ以上話すことはない」
ニナは明らかに不快そうに、眉をひそめて、砦の上から私達を見下ろします。
「ニナちゃん冷たいんだね。でも、私、知ってるよ。ニナちゃんは洗脳されているんだね」
「‥‥洗脳?」
ニナは私の出した単語に反応します。そして、先程までの冷静な態度はどこへやら、砦の上で足踏みして、怒鳴ります。
「私は自分の意思でハラス様とウィスタリア王国にお仕えしている。これは私の意思だ」
「洗脳された人はみんなそう言うよ!私も洗脳されたことあるから気持ちはわかる。安心して、私が解いてあげる」
そう言って、私は呪文の詠唱を始めます。ふわりと、私の下に黄緑色の魔法陣が出現します。
ニナの洗脳、きっと解いてあげるからね。そう決心しました。




