第23話 勇者と戦いました
私たちは、レストランのすぐ近くにあった公園に集まりました。公園といってもそこまで立派なものではなく、噴水などはなく、地面に砂をしいただけの簡素なものでした。まるで運動場です。
親子連れたちが集まって遊んでいたのですが‥勇者の「逃げてください」の一喝でみんな帰ってしまい、私たち以外はほぼ無人です。ほぼというのは、レストランの店員たちが心配になって建物の陰から様子を見ているのです。レストランの中の窓から、ニナとナトリの2人も顔を出しています。
「くく‥いつかこの時が来ると思っていたが、俺達は市民と戦わなければいけないのか‥‥」
勇者は私を凝視して、無念そうに剣を構えています。
「大丈夫です。ここは気を失わせるだけにしましょう、後から私が回復します」
「私たち、やればできるよ!」
僧侶と魔法使いが勇者を励まします。一方、まおーちゃんの方も私に耳打ちします。
「動かずに目をつむったまま倒してみろ、貴様ならできる」
「ええー、できるかな」
「貴様ならできる。それと敬語を使え、敬語を」
「わかりました、魔王様」
最後の「魔王様」のところをわざと声を大きくして言った後、私は直立したまま、ゆっくり目を閉じました。
勇者たちは攻撃の体制が整ったようで、勇者が剣を持って走ってくる足音が伝わってきます。
「強化するよ!ダー・ミズ・ズ・ウィンギル」
勇者の物理攻撃力と瞬発力が大幅に強化されます。
「俺も負けていられねえぜ!」
戦士も横からつっこんできます。
「やああああああああ!!!」
「だああああああああ!!!」
2人は豪快に剣を振り下ろします。‥が、それらの衝撃はすべて、私が一瞬で張った結界に吸収されます。
さらに、吸収だけでなく、攻撃をはね返します。
「うああああっ!?」
全身に大剣で斬られたかのような衝撃を受けた勇者と戦士が弾き飛ばされ、公園の壁に豪快にぶつかる音が聞こえます。ごめんね。
「つ、強い!?」
「こいつ、化け物だ‥‥!」
そんな声が聞こえます。
ふと、僧侶と魔法使いがひそひそ話す声が耳に入ってきます。目をつむっているので、聴覚に敏感になったのです。
「この人がこんなに強いということは、魔王が大量の力を注ぎこんだということでしょうか‥?」
「つまり、今の魔王は弱い?」
「そうです、そこを突けば、もしかしたら‥?」
「分かった、やってみる」
僧侶が魔法使いの魔力を強化します。
魔法使いは魔力を結集し、火の玉をつくります。それはあっという間に膨れ上がり、大きな炎の玉になります。
「魔王、覚悟!!!」
私のすぐ後ろにいるまおーちゃんめがけて、その玉がとんでいきますが‥‥。
私は、自分の周囲の時間の進みを遅くします。炎の球の速度もゆっくりになりました。
私はまだ目をつむっています。そのまま、自分の体に近づき、そして遠のく熱のかたまりの存在を認識します。
そのかたまりのある方向に、念を送ります。
途端にそこに強力な竜巻が生まれ、炎の玉を飲み込みます。
魔法使いと僧侶が慌てだします。
「なっ、風の魔法ですか!?」
「み、見て!火の玉が飲み込まれて、炎の竜巻みたいに‥‥!」
「あ、あれは、火炎竜のようです‥こちらへ向かってきます!」
私は時間の進みを元に戻します。
炎の竜巻は一瞬で勢いをさらに増し、まるで生きている龍のように、2人に襲いかかります。
2人の悲鳴があがって、それからしばらく経って。
「くううう、ううっ‥」
地面に倒れ伏せた勇者一行4人に、まおーちゃんは歩み寄ります。
「どうした、貴様らの力はそんなものか?」
「うう‥っ、よ、よくも無関係の市民を巻き込みやがって、身代わりにしやがって‥‥!」
「まだ減らず口を言うのか。貴様が倒そうとしていた妾の手下をよく見てみろ」
まおーちゃんは、私の方を指差します。勇者たちは私のほうを見て、それから絶句します。
「あやつはさっきから目をつむり、突っ立ったままで貴様らを倒した。それから‥妾があやつに大量の魔力を注ぎ込んだと勘違いした奴もおるようだが、妾があやつに施したのは洗脳だけだ。魔法は、全てあやつがもとから持っていた能力だ」
「う‥そだ‥」
「貴様らはそれまでの存在だったということだ。ほれ、我が手下よ。そろそろ目を開けるがよい。こっちへ来い」
まおーちゃんに言われたので、私はぱちっと目を開けて、まおーちゃんに近づきます。
「やめろ、魔王に近づくな!」
勇者はこんな状況になってもなお、私のことを気にかけてくれるようです。ごめんね。
私は操られたふりをしたまままおーちゃんの隣まで来て、頭を下げます。
「何か御用でしょうか、魔王様」
「うむ。では、こいつらを始末しろ」
「はい」
勇者たちの下に、大きく黒い魔法陣を作ります。といっても、見せかけだけのハリボテの魔法陣ですけどね。
「貴様らは市民に殺されるのだ。どうだ、愉快か?」
「ぬぅぅぅぅうううっ‥‥俺達の旅もここまでか‥‥っ」
まおーちゃんの煽りに、勇者が歯ぎしりをします。あまりにも強すぎて、歯茎から血が滲み出るほどでした。
と、ここでまおーちゃんが私に耳打ちします。
「面白そうだから何かアドリブしてみろ」
とのことなので、私は魔法陣に手をかざし、勇者たちを見下ろしながら、表情を変えないように、小さくつぶやきました。
「‥ケテ‥」
「!?」
「タス‥ケテ‥私、こんなこと‥したくない‥‥」
「‥っ、魔王、貴様ああああああああ!!!!!!!!!」
そのまま、魔法陣がぴかっと光ります。
勇者たち一行は、その場で仲良く眠ってしまいました。おそらく明日まで起きないでしょう。一段落つきました。
まおーちゃんは、よじれるおなかを押さえながら大笑いを始めます。
「あははっはっはっははは!愉快だった!妾はイタズラが好きでな、貴様の最後の演技もよかったぞ!ほれ見てみろ、あの勇者の悔しそうな顔!」
「あはは、私も実はちょっと楽しかった、勇者さんごめんね」
私も思わずもらい笑いをしてしまいます。そこにニナとナトリも駆けつけてきます。
「ほれ、帽子だ」
ナトリから帽子を手渡されたまおーちゃんは、それをかぶります。
「‥さて、後始末をしないとな。この騒ぎで、妾の姿を見たやつも多い。レストランの奴だけでなく、通行人もいたな。そやつらの記憶を、この町ごと操作してやろうではないか」
そう言って、ちらりとレストランの建物を見ます。物陰の後ろでこちらの様子を伺っていた店員たちが、慌てて物陰に隠れます。
「‥そして、貴様」
まおーちゃんは私を振り向きます。
「貴様に課題をやろう。妾はこれからこの町全体に戦略魔法を使うが、全体の一部分だけ‥つまり貴様たちだけに魔法がかからないようにすることはできない。そこで、貴様は妾の魔法を防いで友を守れ」
「ええっ、私が!?で、できるかな‥?」
「高度な時間操作までしたくせに何を言う。では始めるぞ」
そう言って、まおーちゃんはゆっくりと浮き上がっていってしまいます。私がそれをぼーっと眺めていると、ニナに肩を掴まれます。
「ねえ、私たちを守って?わ、私、別に魔王のことは忘れちゃっていいんだよ?でも、これから魔王に魔法をかけられると思うと、怖い‥‥」
半分涙目になっています。一方のナトリは自信ありげに腕を組んで、
「テスペルクの使い魔ごときが使う魔法など、たかがしれている」
「ナトリは黙ってて!」
ナトリはニナに凄まれます。ニナがどんな顔をしていたのか分かりませんでしたが、さすがのナトリも口をつぐみます。
「分かった。学校に入学する前に家で読んだ本に、そういう魔法が描いてあった気がする。うろ覚えだけど、やってみるね」
「うろ覚えでもいいからお願い!ね、ねえ、頼りにしてる‥」
頼りにされました。うーっ、頑張らないと。
時間もありません。私は目をつむって、精神を集中させます。戦略魔法を防ぐのですから、それなりに準備しなければいけません。
まずは自分の記憶の回復からです。3年も昔に読んだあの本に描いてあった内容をひとつひとつ、つまみ出すように自分の記憶の引き出しから抜き取ります。
私の周りが、ぼうっと光りました。パズルのピースが1つ1つつなぎ合わされるたび、頭の中で光っていきます。
「ホ・ゲルモ」
本に記してあった複雑な文句を、少しずつ意識の中に流し込みます。
「ナナ・ダ・グオルモ」
その時、空が少しずつ薄暗くなっているのに、ニナとナトリは気付きました。
局所ではなく、空全体が、少しずつ夜が近付いているかのように、黒くなっていきます。この町全体を、まおーちゃんの魔法が包みつつあるのです。ニナは誰構わず、ナトリの手を掴んで震えます。
空がぴかりと雷のように強く光り始めたその瞬間、私は勢いよく手を空に振り上げます。
「ハル・ロド・ダ・ゲンジェルン」
私たち3人を包む大きな金色の魔法陣があらわれ、黄金の結界を作ります。
その直後に、空の雷鳴のような点滅と、爆音が轟きます。
外側からすごく強い魔力の圧を感じて、結界が縮みそうになります。
「うぐぐ、ぐぐぐっ‥!」
私はありったけの力を腕に集中させ、強力な魔力の嵐に耐えるべく、結界を強化します。
張り裂けそうなほど強い風が、結界を攻撃します。その激しい痛みが私を襲います。
「ぐぐぐっ‥‥」
まおーちゃんを召喚した時もまおーちゃんの攻撃を受けたけど、これほどじゃなかったよ。
まおーちゃんって、すごいんだね。これが戦略魔法なんだ。町全体にまんべんなく強力な魔法がかかるんだ。
学校の授業でも戦略魔法のことを聞いたことはありますが、普通の魔法は広い場所に一気に魔法をかけると通常は威力が弱くなってしまいます。戦略魔法は逆に、範囲がある程度まで広ければ広いほど強くなるらしいです。
そして、戦略魔法には非常に高い魔力が必要で、いまこれを使えるのは世の中でまおーちゃんだけという話です。まおーちゃんって、こんなにすごかったんですね。
少しの間、結界を強化しながら耐えているうちに、嵐は止みました。全身の痛みも薄れてきます。
私は結界を解除すると、「はぁ、はぁ‥」と座り込みます。
「だ、大丈夫‥?」
ニナが声をかけると、私は座ったまま、半笑いしながらうなずきました。
「こんな強い魔法を防ぐの、初めてだったかも‥えへへ。みんなは大丈夫?」
「私は大丈夫だよ、ありがとう。えっと、ナトリは?」
「ナトリも大丈夫‥うわっ!?」
ナトリは何かにつまずいたようで転びそうになります。ニナがそれを支えてやって、下を見下ろします。
「!!」
そこには、いつの間にか赤髪ツインテールの少女‥‥ラジカがうつぶせで横になっていました。




