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第240話 聖女の抱負を話しました

ホニームを出発する前の最後の夜です。私たちはホニームの領主城に集まって、ヴァルギス、ハギス、ナトリ、メイ、ラジカらと、円いテーブルで食事します。


「みんなでこうやって集まるのも久しぶりだね」


私がちょっと古いサラダを食べながら言います。これまでにも都市占領後は領主城で食事をしていましたが、ホニームの場合は後陣奇襲でメイら後陣の責任者が忙しかったのでなかなか時間が作れなかったのです。


「アタシも大変だった。前陣はなぜ伏兵に気づかなかったんだとか、敵の諜報に漏れがあったのではと言われた」


ラジカもため息をつきます。敵の奇策とは言え、やられたほうはこうして数日も責任をとわれ、再発防止策を講じなければいけないのは、厳しさだけでなくどこか世知辛さを感じます。まあ、普通の仕事とかと違って人命がかかっていますからね。


「ウチは幕舎を焼かれたなの。死ぬかと思ったの」

「くさやが無事なだけよかったでしょ。ハギスは何もせずに寝てるだけなんだから」


メイは苛立つように言い放ちます。ふと見ると、目の下に隈ができているようです。


「大丈夫ですかお姉様、眠そうに見えますが」

「ふん、いろいろ片付いたから今夜からゆっくり寝るわよ。心配しなくてもいいわ」


そう言いつつもメイはかつかつと食べ物を次々に口の中に入れます。


「そういえばハギスはなぜ戦争に参加しているのだ?何か仕事があるのだ?」


ナトリが不審そうにハギスを見ると、ヴァルギスが答えます。


「うむ、戦争を知らずして平和を語ることは出来ぬ。平和もまた、戦争がないと成り立たぬ、相対的なものにすぎないのだ。妾の後継者には、何が何でも戦争を経験してもらわねばと思ってな、まだ幼いが無理して連れてきた」

「い、今、後継者って言ったなの?」


ハギスがびっくりして聞き返します。


「‥うむ。ハギスには言ってなかったな。妾はアリサと結婚を前提に交際している。このままいけば、次の魔王はハギス、貴様だ」


ヴァルギスは可能な限り平静に、澄ました顔で新鮮な肉を口に入れて噛みます。

ハギスは食事そっちのけで少しばかり口をあんくり開けていましたが、やがて水を一口飲みます。


「‥ウチが、魔王」

「戦争が終わったら領土を与えると言っただろう。妾もまだ400歳だ、ハギスに時間は十分ある。向こう200年のうちに政治というものをよく学べ」

「‥分かったなの」


ハギスは元気なさそうです。元気がないというよりも、何か大きな重圧を感じている様子です。

ヴァルギスは魔王に即位してから300年です。あと200年でやめるということは、もう任期の半分を過ぎているということですね。


「まおーちゃんは確か100歳の時に即位したよね。ハギスちゃんは300歳の時に即位するって意味?ずれてるんだね」

「うむ、即位する時期は特に決まっていない。魔族は寿命が長い分、出産のタイミングが大きくぶれるのだ。妾の母は比較的結婚が遅い方だったな。それと、ハクは男で、魔王にはなれないから、国の将来をあまり深く考えず早々に結婚できたという事情もある。それだけハギスの出産が早まったのだ」

「なるほど、魔王にもいろいろあるんだね」

「うむ、そういうところだ」


ヴァルギスが即位したのは比較的早かったんですね。100歳って確か、王族にとっては成人しているかしないかくらいの年齢だったと思います。その時からずっとこうして国を治めているヴァルギスはあらためてすごい人だと思いました。


「アリサ、アリサ」


メイがひじで私の腕をつつきます。


「どうしましたか、お姉様」

「ハギスの話も終わったところで、アリサ、今日から聖女になったんでしょ。何か挨拶しときなさいよ」

「ええ、それいきなり振るんですか?」

「当然よ。100年に1回の素晴らしい出来事が身内で起きたんだから。何かそれらしいこと言いなさいよ。まあ、あたしも聖女に憧れてた時期はあったけどね、まさかアリサなんてね」


どこかいやみっぽいけれど、私になにか挨拶してほしいのは本当でしょう。私は周りを見回します。ナトリも腕を組んでうなずいています。


「今日の儀式では、1つだけ足りないものがあったのだ」

「えっ?」

「聖女になることを神に宣言し、正式に聖女になった後の最初の言葉は初聖言ほどきことばと呼ばれ、教会によって記録されて後世まで語り継がれるものなのだ。テスペルクは儀式の最後に何を言ったか覚えているか?」

「え、ええ、私、何で言ったんだろう」


私が「えーっ」と言いながら頬に手を当てると、隣のメイが呆れたように言います。


「『はい』でしょ。『はい』で終わり。その2文字が記録されちゃったのよ」

「え、ええ、えええっ!?」

「初聖言は、喋っている途中に誰かが口を挟んでもダメ。誰かが言うように促してもダメ。あくまで聖女が自発的に言う言葉なのよ。だから神父も、あたしたちも、誰もその場では初聖言について説明できなかったわ。まあ、アリサの教養不足ね。学校で、魔法以外の授業はずっと寝ていたと聞いたけど」


メイがちくちくと私の傷をえぐってきます。ひどいです。


「アリサがちゃんと授業を聞かないせいで、1000年に1度の伝説の聖女の初めての言葉が『はい』っていう返事1つだったことが、永遠に語り継がれるのよ。姉として恥ずかしいわ、はぁ」

「お、お姉様、儀式の前に言ってください‥‥」

「人に責任を押し付けないで。一般常識だと思ってたんだけど。姉として育て方を間違えたのかしら」


まだ寝不足のいらいらが取れていなさそうに、メイはやたら攻撃的になっています。


「お姉様、お姉様、うううっ‥‥」

「とにかく何でもいいから挨拶してほしいのだ」


姉にいじられる私に、横からナトリが尋ねてきます。


「初聖言って何を言えばいいのかな‥‥」

「抱負でいいのだ」

「抱負?それなら‥」


私はすうっと一呼吸します。

また周りの人たちが、私をじっと見つめてきます。教会で感じたのと同じような視線です。それだけ聖女の言葉には重みがあるのでしょうか、聖女って周りから慕われるぶん期待に応えなければいけない重圧があるのでしょうか。それをひしひしと感じます。何を言おうか、いろいろ頭の中で思考をめぐらします。


「これまで戦争で多くの人が亡くなっていくのを見ました。再びこのような悲劇を繰り返さないように、政治や外交だけではアプローチできない人助け‥慈善活動に精一杯取り組んでいきたい所存です」


ちょっと噛みましたが、おおむねうまく言えたと思います。

みんなが拍手してきます。私、さっき思いついたばかりのことを話しただけなのに、周りは過剰なほどに大きな音を立てて拍手してきます。私は頬を染めて、気まずそうにうつむきながら、拍手の音を聞いていました。


「姉として誇らしいわ。しかし、あたしが憧れていた聖女に、まさか妹がなるなんてね。一般常識は勉強し直すべきだわ」

「感動的なのだ。応援するのだ」

「アタシも応援する」


人間たちが口々に言ってくるのに対し、ハギスはじーっと目を細めて私を見ます。


「ど、どうしたの?」

「注文があるなの」

「えっ?」


少しの間をおいてハギスが言います。


「ウチが魔王になった時に楽できるように、テスペルクは聖女としてせっせと働きやがれなの」

「ハギスも働け」


ヴァルギスからの間髪入れぬ突っ込みに、食卓は和むのでした。

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