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第238話 聖女について考えました

聖女に固有の仕事ってあるのでしょうか?多分これも学校で習う常識なのかもしれませんが、私はそんなこと知りませんてへっとはとても言えません。仕事の内容を聞こうか迷っているうちに、ヴァルギスは自分から話してくれました。


「聖女は各地を旅して困窮する人々に手を差しのべたり、教会で神に祈ったり、大きな祭りで神に祈ったり、反対に小さい祭りでは崇拝の対象になることもあるのだ」

「各地を旅って‥それって、結婚してからもヴァルギスと会える日が少なくなるってこと?」

「まあ、そうだろうな。妾は魔王としての責を全うせねばならぬ」


私はただ魔法を使うのが好きなだけで、自分の将来なんて真面目に考えたことがありませんでした。ただヴァルギスの家来になったので、一生ヴァルギスの家臣として働いて終わりだと思っていました。

聖女として各地を旅する。大変そうですが、やりがいのある仕事のようにも思えてきます。もちろん家臣として働くこともそれはそれでやりがいがあるかもしれませんが、私は今までに幾度も戦争を経験しました。そのたびに、自分は次々と捨てられていくように消えてゆく人命に対して無力であることを、肌で感じてきました。もちろん政治でも何とかなるかもしれませんが、政治や外交がこじれてしまった結果、今回の戦争が起きてしまったのです。世の中には、政治だけで解決できないこともたくさんあるかもしれません。ヴァルギスの家臣として働いて、この先また戦争といった理不尽なことが起きてしまったら、どうすればいいのでしょうか。


「考え込んでいるようだが、今すぐ返事できないなら後日でも構わない。早ければ早いほどいいのだがな、アリサの将来のことだ。ゆっくり決めてもいいし、答えなくても構わない」

「う‥うん、考えるね」


そう言って私が席を立ったタイミングで、ヴァルギスは「あ、待て」と言ってばっと立ち上がります。


「どうしたの?」

「今日のキスがまだではないか」


そう言ってヴァルギスは、いつものようにあのぷにっとしてやわらかそうな唇を私の唇に押し付けてきます。いつも通りだけど、ヴァルギスのその時の唇はいつもより暖かくて、なんだかいつもはもらわないような勇気をもらったような気がするのです。

この日の面会はこれで終わりましたが、前陣の自分の幕舎に戻った私は、ベッドで横になって考え込みます。

聖女。聖女。聖女。占領政策にも影響するでしょうから、なるとしたら早いほうがいいですね。でも、私の将来にも大きく影響しますし、特にヴァルギスと1年中ずっと一緒にいられないのは大きいです。でも、人命の軽視を政治で解決するか、自分の膨大な魔力で解決するか。でも、でも、でも、でも‥‥。

そうやって、私は天井をぼんやり眺めながら、頭の中で思考をくるくるループさせていました。


「‥あっ、そうだ」


私は何か思い出して、起き上がります。

そうだ。魔王軍がホニームを出発するのはあさって以降です。もし明日なら、あらかじめお知らせがとんでくるはずです。明日、もう一回教会に行って、神父に相談してみましょう。


◆ ◆ ◆


翌日はあいにくの雨でした。この世界には、なんと雨が降ったら傘をさすという習慣そのものがありません。傘はあるにはあるのですが、高貴な貴族が日傘として使う程度です。じゃあ雨の日はどうやっているのかと言うと、防水の素材を使ったマントのようなものをかぶります。ちなみにそのマントのようなものを合羽と呼んでいるようです。帽子も一緒にかぶることが多いです。

といっても合羽はかさばるから兵士たちは持参していませんが、私は貴族ですから、私の分の合羽はあります。合羽と呼ばれるマントを身に着けて、帽子をかぶって、幕舎から出ます。もう慣れましたけど、子供のときは雨の日に傘をささないという違和感が激しくて、よく日傘をさして母や姉に叱られたものです。

友達に自分は聖女だと見せびらかすことも少し気がとがめましたが、1人だけで行くというのも寂しいです。ちょうどラジカが暇そうだったので、誘ってみました。「昼ごはんまでなら」という約束です。

私とラジカはホニームの教会へ向かいます。


「聖女とは、アリサ様もずいぶん成長したもの。アリサの友人として鼻が高い」


ラジカが感心しながら言います。なんだかむすむすしてきます。


「私はまだ認めたわけじゃないから‥今日、神父に聖女について説明してもらうの、それで決める。私の将来にも深く関わってくることだし」

「分かってる」


ラジカはにっこりほほえみます。私はふと尋ねます。


「‥ねえ、ラジカちゃんは、私に聖女になってほしいと思ってるの?」

「ノーコメント。それはアリサ様が決めること」

「そうだよね‥」


私がまだ迷っていることを見透かされたようです。


「ただ、一般論として、聖女は天下泰平の象徴でもあるから、全世界の人々は聖女の登場を待望しているんじゃないかな」

「ううっ‥」


なんだか、全世界から期待されていると聞くとプレッシャーが掛かります。どこかのギャグ漫画でありがちです。


「ちなみに聖女がどこの誰かって分かるものなの?」

「聖職者が教会で神に聞けば教えてくれる」

「そ、そういうものなんだ‥‥」


この世界の神様は、やたら人と接する機会が多い気がします。気のせいなのでしょうか。


「それと、聖女が現れるのは100年に1回、本人の意志によって聖女にならない場合もあり、存在自体が貴重」

「わ、わかってるよ‥」


どうこう話しているうちにまた昨日の教会に着きました。


◆ ◆ ◆


教会で私はまた祭壇に立たされました。神に近い存在を身廊に座らせることは出来ないということでしたが、正直座っていたかったです。ラジカは身廊の一番前の椅子に座って、私と神父の様子を見ています。

新婦から説明された内容は、ヴァルギスやラジカから言われたこととほぼ同じでした。私は疑問に思っていたことを聞いてみます。


「すみません、1つ聞いてもいいですか?」

「はい、何なりと」

「もし私が聖女になることを拒否した場合、その後はどうなるのですか?何か伝承でもあるのですか?」


私がそう聞くと神父は急に険しい表情に変わります。


「その場合は、向こう100年間聖女は現れないということになります。それだけです」

「えっ、それだけですか?」


表情が変わった割には意外とあっけない返答でした。私がほーっと胸をなでおろしたところで、神父は続けます。


「この世界には、政治だけでは救えないものも多いです。神々も本来であればそういった困った人たちに手を差し伸べたいとお考えです。ですが安易に外界の人間と会うわけには行かないため、代弁者としてわれわれ聖職者がいるわけです」

「はい」

「その中でも聖女は神々と直接対話でき、さらに強大な力も持っているために、地上の民に直接手を差し伸べることができる、神々にとっても我々にとっても大変貴重な存在です。聖女と呼ばれる人たちは、みな相当な人を慈しむ心、そして財力、権力、肉体の力、何らかの形で強い力や何かに長けた力を持っています。あなたの場合、魔王に匹敵するほど強い魔力をお持ちです。これは1000年に1度出るか出ないかの逸材です」

「ううっ‥」


神父がまた、私にプレッシャーを掛けるようなことを言ってきます。


「最後に決めるのはあなた自身ですが、聖職者としてはっきり言いましょう。あなたには何が何でも聖女であってほしいです。もちろんお金の問題もありますが、教会ができる限りバックアップしますし、聖女であれば大抵の貴族は簡単に援助してくれるでしょう。聖女自身の生活に何も問題はないのです」


そうやって少しずつ声を荒げてきます。

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