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第237話 神様に会いました

「スラム街全体に浄化の魔法をかけました。これで衛生もよくなると思いますし、この周辺一帯の大麻依存者だけでなく、何か病気を持っている人もこれで治っているはずです」


空き地の周りを一通り見回した私はそう言って、男女のいるはずの後ろを振り返ります。


「‥‥えっ?」


そこには、みすぼらしい服を着ている男女たちの姿はありませんでした。

さっきの子供たちがまたそろそろと建物から出てきましたので、戸惑った私は聞いてみます。


「えっと、さっき君たちを建物の中に入れた男の人と女の人、どこに行ったか分かる?」

「わからない」

「うーん、あの人達の家って知ってる?もしくは普段どこにいるかとか」

「知らないよ。だってボク、あの人たち、見たことないもん」

「‥えっ?」


私は後ろに気配がしたので、びくっと振り返ります。そこには、きれいな白い服を着た男女が何人か立っていました。

顔はさっきのみすぼらしい服を着ていた男女たちと同じです。服を着替えたのでしょうか、それとも‥‥。

気がつくと、私はその場にひざまずいていました。私が何か言葉を発する暇もなく、男の人が前へ進み出て、私を見下ろして言います。


「私たちは、先程の神父に託宣を授けた‥あなたから見れば神に相当する存在ですね」

「えっ?えっ?」


困惑してうろたえる私をよそに、今度は女の人が前へ進み出て言います。


「私たちはこれまでのあなたの活動を見てきました。あなたは数多くの怪我人を治し、大量の霊を浄化で慰めました。これは並の人ができることを遥かに超えた善なる行いです」

「は、はあ‥」

「あなたには聖女の名がふさわしい」

「はあ‥‥」


違いますよ、と反論したくなりましたが、なぜか脚がすくんで動かせません。金縛りのように固まっています。

次は男の人が言います。


「今日は1つの町を救いました。世界中には、まだこのように困っている人がたくさんいます。聖女としてその人たちを助けてあげて下さい」

「は、は‥」


なんだかうまく返事できません。なぜでしょうか。なぜでしょうか。私はそうやってしばらく焦っていますが、男も女も顔にほほ笑みを浮かべます。


「あなたのご活躍に期待していますよ‥」


気がつくと、私は草むらのど真ん中にいました。さっきの建物も、私が魔法をかけてあげた畑も、浄化したはずの道も、そして子供たちでさえも見当たりません。

自分の体が動かせます。私は立ち上がって、ただ呆然と周りを見つめていました。向こうにホニームの町が見えますが、さっき上空で見たものより規模が小さく、さっきのスラム街が入るスペースがないことは明らかでした。

そしたら、スラム街は何だったのでしょうか。あの子供たちは、何だったのでしょうか。私はしばらく呆然として、ふらふらと歩いていました。


陣に戻って怪我人を治してあげたあと、私は前陣の自分の幕舎に戻って、ベッドに座って、ふうっとため息をつきます。まださっきの出来事が頭を離れません。まるで夢の中にいたみたいです。あれは現実でしょうか、それとも。


◆ ◆ ◆


その夜、ヴァルギスの幕舎へ行った私は、最初にこの話題をぶつけてみます。ちなみに大麻を栽培していたことは一応黙っておきました。


「ふむ、そうか」


ヴァルギスはそれだけ言ってうなずきます。どこか納得したような様子です。


「え、ヴァルギスは疑問に思わないの?」

「あれが人間界に伝わる神であろう。妾も活躍を期待しているぞ、聖女」

「ううー、ヴァルギス、冗談はやめてよー」

「冗談ではない」


ヴァルギスは、それでも笑いながら私の目を見つめてきます。それが私にはむずがゆくて、どこか温かみがあって、体中がむすむすしてくるのです。


「そうだ、さっきナトリが会いに来てな」


ヴァルギスが姿勢を正します。私は「あっ」と声を出して、さっきのナトリとの会話を思い出します。そして、恥ずかしくなってヴァルギスから目をそらします。


「どうした?なぜ目をそらすのだ?」


ヴァルギスが下から目線で声をかけてきますが、いたずらされている感じがします。私の頬をぷにっとつついてきてます。痛いです。


「何って‥」


私はヴァルギスに返事しようと思って、ヴァルギスの顔をちらっと見ます。ヴァルギスの唇が不意に視界に入ってきましたので、また顔をそらします。ヴァルギスの唇、すごくやわらかそうです。このタイミングで見ると、変に意識してしまいます。


「妾はアリサと付き合い始めてから女性同士のセックスについて散々調べていたのでな」


え、調べていたんですか?調べないで下さい、そんなこと。

ヴァルギスは私に寄ってきて、そっと耳元でささやきます。


「妾がいないと生きていけない体にするぞ」

「う、ううっ」


私は体がぶるぶる震えて、思わず椅子から立ち上がります。


「どうした、なぜ立つのだ?もう帰るのか?」

「う、ううっ、ヴァルギスのいじわる‥‥っ」


ヴァルギスがくすくす笑っているのが聞こえます。私は、真っ赤に染まってしまった顔を隠すようにそっぽを向きながら答えます。


「‥冗談は置いておいて、話を戻そう」


そう言ってヴァルギスが椅子に座り直すので、立ってしまった私も、ヴァルギスに促されるままに椅子へ戻ります。


「アリサが神々から聖女と呼ばれた件だ」

「う、うん」

「恋人ではない、聖女アリサとしてお願いしたいのだ」


私はびくっと震えますが、ヴァルギスはじっと私の顔を見つめてきます。先程の冗談のような口ぶりではなく、目が真面目です。じっとこちらを見上げてきますので、私は息を呑みます。


「自らが聖女であることを広く宣伝して欲しい」

「えっ‥ええっ‥」

「聖女は100年に1回出るか出ないかの貴重な存在だ。妾たちの国に聖女がいるとなれば、敵も簡単に降伏してくるだろうし、占領後の施策も何かとやりやすくなるのだ。何より、どんなにいい政策を考えても、民が受け入れてくれるかどうかで随分変わるのだ。聖女がいると何事もスムーズになるのだ」


ヴァルギスが私に食いつくように迫ってくるので、私は思わず「う、うん‥」と声を出します。


「常に妾の政策に賛同しろとは言わない。ただ、妾のそばに聖女がいるだけで人心を掌握できるのだ。いや‥別に民に妾への絶対服従を求めているわけでもなくてな‥‥たいてい、他国の土地を占領した後はどうやってもその住民の中には抵抗を試みる者がいるのだ。そういった人たちはしばしば、テロを起こして関係ない民衆を殺したり、反乱を起こして多くの無駄な血を流したりする。アリサも学校で歴史の授業で教えてもらっただろう?」

「あ‥‥」


まじめな話をしている最中で申し訳ないですが、魔法以外の授業は全然聞いてなかったです。でも、あまりにも真剣に話してくるヴァルギスの話の骨を折りたくないので、適当にごまかします。


「え、えーっと、そんな気がするね」

「アリサの聖女としての活動は、国をあげてバックアップする。だからどうか‥自分が聖女であることを認め、自分の存在を広く宣伝して欲しい」


そう言って、ヴァルギスは私に深く頭を下げます。ヴァルギスの後ろ頭を見下ろして、私はこれはただ事ではないと思いました。

ヴァルギスは言い直すように、声のトーンを変えて、頭を下げたまま言います。


「もちろん、無理にとは言わない。最後はアリサの意思だ。アリサの将来にも深く関わってくることだ」

「え、えっと、将来に深く関わってくるの?」


私が聞き返すとヴァルギスは顔を上げて、話を続けます。


「聖女の仕事を知っているか?」

「えっ?」

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